タイ米にオンしました
この世界では、食事は一日三回が基本だ。
ただ勿論、体調や仕事などの都合で食べられないことはあり――恵理の場合も、グイドからの解雇申告とその後の帝都からの旅立ちがあったので、気づけば昼食を食べていなかった。
「さて、夕飯にするか」
ティエーラでは日が暮れれば大きな街なら外壁の門を閉じて、余程のことがなければ通過させないし、小さな村ではそもそも出歩かない。だから、人里に辿り着けなかった商人や冒険者は野宿をするのが一般的だ。
冒険者だった(ギルドカードを返したので、恵理の中では自分は『元冒険者』となっている)ので、野宿には慣れている。そしてアイテムボックスも持っているので、薪や毛布もある。
そんな訳で日が暮れてきた中、まずは夕飯にするかと恵理は焚き火を用意し、次いでアイテムボックスから先程、そしてあの後も数羽撃ち落としたうずらを取り出した。
「流水」
循環の訓練のせいか、恵理は『流れ』る魔法が得意だった。そんな訳で風属性と水属性の魔法が使えるが、二属性なら珍しいがいない訳ではないのでチートではないと思っている。
そして腰に差した短剣で毛を剥ぎ、水魔法で血を洗って切り分け、肉と骨、脚と分けてそれぞれ余分に持っている袋に入れてアイテムボックスに突っ込んだ。今夜は肉を使うが、骨や脚はスープに使うと美味しいからだ。
それから、恵理は蓋付きの鉄鍋と米を取り出した。
ティエーラの米は、長粒種――日本では、タイ米と言えば通じるだろうか?
東にあるニゲルという国(山脈に挟まれているのであまり交流はない)は、聞こえてくる話だと昔の中国のようなので日本で食べたような米があるかもしれないが、少なくともルベル公国から来る米はタイ米である。
そして、その米に合わせた食べ方としてライスコロッケやピラフが(それぞれ、名前は違うけれど)あるが、恵理としては自分の慣れ親しんだ食べ方をしたい訳で。
「さて、炊くか」
厳密に言えば、これから行なうことは『炊く』ではないのだが、ついつい恵理はこう言ってしまう。
まずは鉄鍋に水魔法で出した水を入れ、焚き火にかけて沸騰させる。
それからそのお湯の中に、恵理は米を入れて十分くらい煮た。その後、その蓋を少しずらしてお湯を捨て、焚き火で水気を飛ばした後、煮た時と同様の時間で蒸らす。
これは『湯取り法』というやり方で、恵理が幼稚園児の頃にあった米不足の頃、タイ米が美味しくないと言われた時にとある漫画で美味しく食べられると描かれた方法だ。昔は日本でもこの炊き方だったが、より美味しく日本米を食べる為に今の方法になったらしい。
「食べ物なのに、美味しくないなんて言われたくないわよねぇ」
そう言って母親が教えてくれたこの方法だと、炊飯器のないこの異世界でも再現出来る。ご飯と水の量の比率を、考えずに済むのもありがたい。
そしてタイ米を蒸らしている間に、今度はうずらの調理に取りかかる。
恵理は先程、さばいたうずらの肉とアイテムボックスに常備しているジェノベーゼソースの瓶を取り出した。
これも、料理上手な母に教わったものだ。スプーンで香草を潰している簡単仕様だが、砂糖や胡椒も貴重なので岩塩と香草、そしてにんにくとオリーブオイルで作れるこのソースは、パンにも肉にもサラダにも使えるので重宝している。
(あと、オリーブオイルも入ってるから油代わりにも使えるしね)
そんなことを考えながら、先程よりも浅い鉄鍋を取り出す。これは、フライパン代わりに使っているものだ。
ソースを、それから肉を入れて一気に炒める。そして恵理は完成した炒め物を、炊き上がり深めの皿に盛った米に乗せた。
ちなみに残りの米やおかずは、鍋に入れたまま蓋をしてアイテムボックスに入れる。こうすればあと数回、食べることが出来るからだ。
(タイ米は、味付けしなくてもおかずをこうして乗せちゃえば十分、美味しく頂けるのよね)
恵理は調理実習や母親の手伝いをしていたし、冒険者生活で鳥や獣をさばくことも覚えた。
とは言え、今までは冒険者としての生活を優先していたのと、宿屋でも自分で作ることはしていなかった(何となくだが、宿屋の仕事を邪魔するような気がした)ので――あまり手の込んだものは作ったことがないが、こういうどんぶり飯なら作れるのだ。
(旅の移動の最中には無理だけど、昼とか夜にしっかり食べるのには良いと思うのよ)
そこまで考えて昔、二人だけで旅をしていた時にアレンに披露し、おかわりまで要求されたことを思い出す。
パーティーのメンバーが増え、異世界人とバレない為に作らなくはなったが――あの時のアレンの食べっぷりを思い出し、我知らず頬を緩めながら恵理は面影の中の『恩人』に話しかけた。
「よく考えたら、この世界全土に広めるのは無理よね……アレンの故郷の料理だって、帝都に届いてないんだし。ただ、食堂とか開いたら腹ペコな人の胃袋は、ガッツリ掴めるんじゃないかと思うんだ」
グウ……グウゥ……ッ。
そんな恵理の呟きに応えるように腹の鳴る音が聞こえ、恵理は驚いて振り向いた。
その視線の先では、黄金色の瞳が薄闇の中で光っていて――蛍のようだと、この世界では通じないことを恵理は呑気に考えた。