お嬢様が言うことには
「結局、ミリーの異母妹はそんなに急いで、何しに来たんだ?」
「……私、も聞きたい」
 
そんな中、いつものペースを取り戻したサムエルが疑問を口にする。
それにハッと顔を上げたヴェロニカが、続けられたミリアムの言葉につ、と眉を寄せる。今までのやり取りを見ていなければ、先程のように『キレた』と勘違いしただろう。だが、しかし。
 
「大丈夫、ここだけの話にするから」
「えっ……」
「だから、あなたが思ったままに話して良いわよ」
 
手をミリアムに握らせたまま、座っているヴェロニカを見下ろして怖がらせないように、恵理はその場にしゃがんで優しく話しかけた。昔、初めて冒険者ギルドに来た時に動けなくなり、無言で立ち尽くしていたミリアムにしたのと同じように。
(あの時のミリーも、怖がっていた)
そして、ミリアムが想いを口に出すことを怖がっていたように、ヴェロニカは自分のキャラを崩すのを怖がっているようだ。何かこだわりがあるようなので、無理強いは出来ないが――今、この時だけは大丈夫だと伝えたかった。
そんな恵理に小さく、けれど確かに頷いてヴェロニカが口を開く。
 
「は、い……わたくし、お父様からロッコで作られたというリンスを、分けて貰って」
「もっと、欲しくなったのか?」
「メッ。サム、黙って」
「……ハイ」
 
続くと思われる言葉を先回りしたサムエルを、ミリアムが睨むように見上げて制する。相棒からのそれに、サムエルが大きな体を縮めると。
「クッ……ま、まあ、全くの的外れではないのですが」
そのやり取りに、たまらず噴き出し――けれど、誤魔化すようにヴェロニカが話の先を続ける。
「リンスを使って、皇宮で近いうちに行われるお茶会に出れば、この街の宣伝になるかと……あと、帝都からの無料馬車は危険だから難しいと聞きましたが、逆に護衛がいれば良いってことですよね? 一応、私も火属性の魔法が使えますし。帝都との行き来が出来れば、ますますこの街も栄えるかと」
「「「……え? その為(ですか)?」」」
「えっ? ええ」
語られた内容に、恵理だけではなくルーベルや、戻ってきて話を聞いていたティートも、思わず突っ込みを入れていた。恵理は前言撤回してしまったのに、サムエルのように慌てて口を押さえるが。
「良い物だから、リンスを買い占めたいとか」
「そうねぇ、あと栄えたから、税をもっと上げるとか……婚約者候補の他のライバルには、売らないようにとか?」
「えぇっ……失礼。そんなことをしたら、帝都からそもそも人が呼べませんし。無事に人が来ても、色々と残念なことになりますわ」
ティートとルーベルからの疑問に、声を上げたヴェロニカがはしたないと思ったのか、扇で口元を隠して言う。そうしているとやはりライバルキャラのように見えるが、発言は至極真っ当だ。
「まあ、普通ならそう思うんでしょうが、お嬢は見た目と違って馬鹿がつくお人好しなんで」
「ヘルバ……酷いわ、馬鹿だなんて」
そして糸目の男がしれっと酷いことを言うが、言い返す『だけ』な辺り彼女達なりの信頼の証なのだろう。
すると、今まで黙ってやり取りを見守っていたレアンが口を開く。
「優しいだけじゃなく行動力もある、素晴らしいお嬢様なんですね」
「っ!? イエ、ソンナ」
目を輝かせ、すっかり感動した様子のレアンがそう言った途端、ヴェロニカは耳まで真っ赤になった顔を、扇で隠すように俯いてぎこちなく答える。
(追い討ちかけるから、言わないけど……うん、レアンもだけど先入観取っ払ったらヴェロニカ様、無茶苦茶良い子で可愛いわ)
そう思ったのは、恵理だけではなかったらしく――部屋中にほっこりとした空気が流れ、ミリアムは無表情ながらも満足そうに頷いていた。
短編『人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!』を投稿しました。ひとまず、書きたいところだけ書いた短編です。
 




