師匠も弟子も素直でした
「……グルナが、謝ることじゃないわよ」
「えっ……」
「だって、グルナは料理人じゃない。レシピは立派な商品になるし、作成者の権利になる……だからむしろ、無償で味噌の作り方を教われたのが破格なの。そうでしょう?」
後半は、グルナに非難の目を向ける他の面々に聞かせた言葉だ。恵理を大切に思ってくれるのは嬉しいが、それで何の罪の無い他の者を恨むのは筋違いである。
「現に、私がティートに教えたレシピもそれで利益を得てるんだから」
「……その通りです。グルナさん、申し訳ありません」
そう、恵理に権利があり商品になったからこそ『女神義援金』と呼ばれるような利益が出たのだ。
そのことを指摘すると、ティートがグルナへと謝罪した。それを見て、他の者達も複雑そうな表情をしているが、ひとまず睨むのはやめてくれた。
「むしろ、私に教えなかったってことは、新メニューに使うつもりだったんじゃない?」
「あ、あぁ……ひよこ豆の豆腐は、大豆のより豆の味がしっかりしてるんだよ。だから俺はサラダとか、あと固める前の豆乳でグラタンとか」
「わぁっ、美味しそう!」
「……そうやって、素直に喜べるあんただからこそ勝てないって思うんだよな」
やれやれというような言葉と、笑み。それでも、どこか吹っ切れたような表情でグルナが言葉を続ける。
「あんたは、自分の料理のことを『素人料理』って言ったけど……俺は『家庭料理』だと思う。毎日食べても、飽きが来ない料理。しかもそれで満足せずに、更に美味いものを作ろうとする」
「グルナ……」
「俺は、知識こそあるが……いや、だからこそかな? あんたみたいに、他国まで行って美味いものを作ろうっていうフットワークの軽さはない」
「まあ、私は元冒険者だしね」
「それでも、女だてらで……」
「あ、俺の師匠だからそこは大丈夫です」
そこで、何故かサムエルがドヤ顔をする。彼がAランクだとは聞いているが、そう言えば『師匠』という言葉の意味を深く考えていなかった。
「……剣を習ったから師匠、じゃないのか?」
「いやー、剣『だけ』ならまだしも、師匠は魔法も使えますからね。実戦じゃ、全く歯が立ちません」
「そう……エリ様は、剣も魔法もすごい。憧れ、る」
「何で、二人とも嬉しそうなのよ……全く」
「てか、師弟揃って素直かよ!?」
サムエルに続き、ミリアムまで主張するのに恵理としては苦笑するしかない。そんな彼女達に、グルナが笑って突っ込みを入れる。
「何か、色々考えたのが馬鹿みたいだ……とりあえず、豆腐の作り方も教えるよ。にがり使わなくても固まるから、簡単だぞ?」
「本当!? ありがとうっ」
「どう致しまして……たださ? 親子丼をメニューにしたいなら、砂糖も欲しいよな」
「うっ……」
「砂糖は、アジュールのサトウキビで作ってるからどうしても高いんだよな。あと、こんにゃく……そうなると、てんさいとこんにゃく芋を探してとは思うけど。帝国でも見つからないんなら、やっぱニゲルに行くしかないのかね」
そう言うと、グルナはおもむろに紙ナプキン(トマトソース料理を食べるので置いている)を手に取って、持っていたペンで絵を描き出した。
大根のようなカブのような野菜と、大きな里芋のような絵。そして、それをティートに見せると。
「異世界だから、もしかしたら形状自体違うかもしれないけど……こういう野菜、見たことないか?」
「いえ、僕は……」
「……泥カブと、しびれ芋ですか?」
首を横に振るティートに代わり、そう言ったのはレアンだった。




