私はチートでもヒロインでもない
米食が定着していないアスファル帝国で、アレンは何故、ライスコロッケを持っていたのか?
恵理としては、地方の料理を東京で食べられるように、帝都にも米を食べられる店があるのかと思ったが――そうではなく。むしろ昔話に出てくるきび団子のように、故郷から持ってきたと言うのだ。
「……えっ? 賞味期限とか……そもそも、何であったかいの?」
「? 坊主、アイテムボックスを知らないのか?」
そう言うとアレンは、肩から下ろしていた背負い袋(恵理の感覚だと地味なリュック)を開けて、そこから毛布と弓、それから鍋を取り出した。
「容量がおかしい!」
「そういう『魔法』がかかってんだよ。見た目より物が入るし、入れた時のままだからあったかくもある。まあ、それなりの値段はするし、ある程度大きな街じゃないと買えないけどな」
「魔法……」
「んっ?」
漫画などでしか聞かない単語が出てくるのに、呆然としていると――不意にアレンは笑みを消し、真剣な表情で恵理の顔を覗き込んでペタペタと顔や首、肩に触ってきた。
突然のことに驚いたが、続けられた言葉に恵理は固まることになる。
「何で……魔力が、全くないんだ? 放出が出来なくても、この世界全体に魔力が流れてるから魔力自体はある筈なのに……」
※
大小の規模の違いはあるが、基本的には人が住む街や村というような集落があり、畑や草原、森を通過して、また集落というのがティエーラの風景だ。
恵理は冒険者であり、他の街や村に行くことも多かったのでそれ程、不審に思われることなく(まあ、帰ってきたばかりとは言われたが)帝都を出ることが出来た。
そして恵理は足を止めることなく、次の街までを繋ぐ公道を進んでいき――ふと、空を飛んでいるうずらに気づいた。
……近くに、人がいないことを確認して指先をうずらへと向ける。
「空気弾」
そして指で撃つ動きをすると――刹那、恵理の指先から詠唱通り、空気弾が放たれてうずらを撃ち落とした。
「よっし、夕飯のおかずゲット」
それから地面に落下したうずらを拾い上げると、無造作にアイテムボックスであるリュックへと突っ込んだ。
「これは、本当に便利よね……昔、異世界から召還された『勇者様』が広めたらしいけど……それって絶対、地球人だよね?」
ある意味、逆輸入になるんだろうか――そんなことを考えながら、恵理はリュックを背負い直して再び歩き出した。
……アレンのあの時の疑問は当然であり、だからこそ今の恵理がある。
嘘をつくことが出来ず、自分が異世界から来たことを打ち明けた恵理を、アレンは笑って受け入れてくれた。そして、最初は帝都に連れていこうかと提案されたのだ。
「なあ、魔力がないとしても帝都に名乗り出れば異世界人ってことで、保護して貰えると思うぞ?」
「……駄目。だって私、チートとかすごい知識とかないもの」
漫画などで異世界や過去にトリップした主人公が活躍出来るのは、そういう『特殊技能』を持っているからだと思う。
けれど、ただの小学生だった恵理にはそんな能力も知識もなく――そんな自分では、周囲の期待を裏切るだけだ。善意で保護してくれたとしても、返せるものがないのは申し訳ない。
そう主張する恵理に対して、魔力自体がないことを不審がられないように(魔力がないと、そもそも照明や台所で使う『魔石』も使えないからだ)アレンは恵理を依頼に連れ出してくれた。
「そうか……じゃあ、俺に付いてこい。どうせなら、その間に『訓練』して貰うぞ」
「……えっ?」
「ティエーラ(この世界)では、魔力が流れてるって言ったろ? だから今はなくても、ここで暮らしてれば多少は魔力が『溜まる』かもしれない……その『魔力』を感じる『訓練』だ」
……魔力を放出する『魔法』を使う練習として、己の『魔力』を感じて循環させるというものがある。
アレンから、この世界や冒険者としての常識を学びつつ(まあ、基本脳筋なので単純明快だったが、むしろ子供の恵理としては助かった)朝晩にその『訓練』をしていると――半年くらい、経ってからだろうか? 僅かだが、自分の内に今まで感じたことのないものが『在る』ことを感じたのだ。
その『魔力』を恵理はアレンに言われるまま感じ、量が増えてきたところで体の中を循環させた。ただ、魔法の詠唱についてはどうもうまくいかなかったのと、逆に恵理にだけある『銃』の知識が結びつき、それっぽい名前を唱えることで使えるようになったのだ。
(『魔法』は元々あるし、全属性とかじゃないからチートじゃないものね)
そう恵理が結論付けたのと、彼女が異世界人と名乗り出るのを嫌がっているのを知っていて黙ってくれていたアレンのおかげで、恵理はこうして『ただの冒険者』としていられるのである。