分かれた道のその先で
グイド視点/恵理視点
掃除洗濯なんて、簡単だ。男の自分にだって出来る。
……かつて、そう嘯いていたグイドだったが。
まさかあの時は、依頼の合間にほぼ毎日やる羽目になるとは思わなかった。
エリ達に押しつけていた依頼を一週間かけて何とか終わらせ、パーティーハウスに戻ったところでグイドは青い瞳を大きく見開いた。
「何じゃこりゃあっ!?」
「「「リーダー、お帰りー」」」
ゴミや荷物が散乱する床。更に、そんな床に脱ぎ散らかした防具や服。そんな中、パーティーメンバーは椅子に腰掛けたり、寝転がったりしてだらけている。
潔癖症という訳ではないが、一週間でこんな汚部屋になるなんてあんまりだ。
思わず絶叫したグイドだったが、一方のメンバー達はまるで気にしていない。いや、むしろ戻ってきた彼に信じられないことを言ってくる。
「「「リーダー、お金ちょうだーい」」」
「は!?」
「着るもの、無くなっちゃったー。買ってくるから、お金ー」
「俺もー」
「何着か買わないとなー」
「って、服ならあるだろ!?」
「「「洗濯してないから、着たくないー」」」
数々の依頼をこなし、帰ってきたグイドこそ着替えたいし、風呂にも入りたい。更に服自体はあるのだから、せっかく稼いできた報酬を減らしたくはない。
(つまりは、洗えばいいんだよな。それだったら)
この時のグイドは、疲れていた。そして面倒臭さのあまり、彼は言ってしまったのである。
「……洗濯する」
「「「えっ?」」」
「俺が洗う。洗濯さえすれば、文句ないんだろう?」
そんな訳で、グイドは自分の着ていた服とパーティーメンバー達の服を洗濯機に入れた。
ティエーラに電気は無い。手洗いでこそないが、洗濯槽に入れた洗濯物を洗い、脱水槽で水を絞るのはそれぞれハンドルでする。つまりは手作業だ。
以前、思った通り作業自体は簡単だが、何しろ数が多い。肉体強化の魔法を使い、グルグルとハンドルを回しながらグイドは思った。
(何、やってんだ? 俺……いや、今日はたまたま洗濯物が溜まってただけだ。毎日少しずつすれば、問題ない)
無駄金を使うよりは、マシだ――グイドはそう、自分に言い聞かせた。
※
ルーベルが馬鹿認定をしたグイドが、そんなことになっているとは知らない恵理はロッコに到着したアマリア、そして夫のマテオと再会していた。
「よく来てくれたわね、アマリア!」
「エリさんっ」
榛色の瞳を感激に潤ませて、アマリアが抱きついてくる。ふわふわした柔らかい抱き心地を、恵理は笑って受け止めた。
そんな妻を、夫であるマテオは微笑ましく見守っている。
短く刈った黒髪と灰色の瞳。三十代半ばの彼は大柄で、熊を連想させる強面だが性格は温和だ。アマリアと共に、恵理の癒し担当である。
「マテオさんも、ありがとう。ただ、今回は迷惑をかけてしまって……」
「いや。アマリアの幸福が、俺の幸福だ」
「あなた……」
ロッコの街興しに協力して貰うにしろ、結果的に帝都の店を閉めさせたことを謝ろうとした恵理だった。しかし、穏やかにだがキッパリとマテオに言い返される。
そんな頼もしい夫を、アマリアはうっとりと見上げていた。相変わらず、お互いにベタ惚れしている夫婦である。
「いや~ん、相変わらず男前ねぇ~」
「……あんたも、相変わらずだな」
恵理と共に二人を出迎えたルーベルが、男前な返事に身悶える。
一方、帝都で顔見知りだったマテオは動じず流した。そんな(穏やかな彼にしてはの)塩対応にめげることなく、ルーベルが笑顔で話を続ける。
「田舎だから、医者も薬屋もなくてねぇ~。だから、マテオが来てくれてすっごい助かるわぁ。あ、店もだけど別口で仕事、頼みたいのよ~」
「別口?」
「ええ、畑は用意するから季節の香草を定期的に売って欲しいのぉ。大浴場で、使うのよ~」
「……家の風呂みたいに、か?」
マテオが、聞き返したのも無理はない。寒い日に香草を風呂に入れる習慣こそあるが、それは彼が言った通りに家で楽しむものだ。まあ、帝国では公衆浴場自体がないのだが。
「家と違って大人数で入るから、近隣の町村の交流場になると思うのよね~。だから普通のお風呂の他に、香草湯と蒸し風呂を用意するのと……あと、湯浴み着も提供するのよぉ」
「いいですね! 大きいお風呂に香草湯とか、蒸し風呂って気持ち良さそうですけど……他の人がいるのなら、家みたいに裸になる訳にはいきませんものね」
ルーベルの話に、アマリアが目を輝かせる。その横で頷くマテオも、妻の裸を(同性とは言え)他人に見せなくて済むのに安心したようだ。
「本場のルベルでも、湯浴み着自体はあるらしいけどぉ。木綿だと毎日、新しいものを提供するには高価でねぇ。甥っ子の提案で、麻で作ることにしたのよ~」
そう、ルベルでは綿が作られているので木綿が手に入りやすいが、隣国とは言え綿を植えていないアスファル帝国では難しい。ちなみに木綿の肌着は、帝国では富裕層以上の贅沢である。
それ故、グルナが浴衣の元である湯帷子が木綿や麻で作られていたことを覚えていたのと、麻なら普通に栽培されていて平民の服に使われる生地なので採用したのである。
(まずはお風呂を楽しんで貰って、風呂上がりには冷たい飲み物で一杯……で、サッパリしたところで食事を楽しんで貰うと)
今まで通り、新しく生み出すのではなくあるものを最大限に利用して。
形になってきた街興しに、恵理は我知らず口の端を上げた。




