ゆっくりもびっくりも二人なら
ルーベル視点/ミリアム視点
ロッコも『帝国領』ではあるが、やはり帝都以外は街道沿いの宿泊街でなければ基本、田舎町だ。
サムエル達も依頼で帝都以外に行くことはあったので、頭では理解していたようだったが。
「ロッコでの依頼はぁ、魔物や盗賊退治もだけど猪とか鹿、兎とかの狩りも多いわねぇ」
「……それは、猟師の仕事じゃないんですか?」
「ん」
「普通は、そうなんだけどぉ。元々、ここって鉱山業がメインだったから。基本、坑夫が多くてねぇ。狩りは、アタシ達ギルドに委託されてるのよ~」
恵理とグルナが出会った日の翌日。ギルドに初出勤した二人が戸惑うのに、ルーベルがコロコロと笑った。田舎ではよくある話だが、帝都生まれの彼らの為に説明を続けた。
「野菜と卵は……あぁ、グルナが養鶏も指示してるから、卵も自給出来てるのよ。で、それらはいいんだけど肉がねぇ。下手すると、狩りばっかり依頼が出ている日もある。とは言え正直、アナタ達には物足りない仕事だと思うのよぉ」
「あぁ、気にしないで下さいよ。平和が何よりですし、仕事があること自体はありがたいです。それに」
「……エリ様から聞いてた『スローライフ』に、私達も興味がある」
スローライフ。ルーベルは初めて聞く言葉だが、聞くと『田舎などでゆっくりゆったり過ごすこと』らしい。
(恵理がこき使われた挙句、パーティーを追放されたって聞いたけどぉ……こき使われてたのは、この子達もってことなのね~)
リーダーであるグイドについては、デファンスから届いた手紙でしか知らないが――どうやら、あのアレンの息子とは思えないくらいの馬鹿らしい。そう結論付けて、ルーベルはにっこりと笑った。
「いいじゃない。のんびり、その『スローライフ』とやらを楽しんでちょうだいな♪」
※
そんな訳で早速、狩りの依頼を受けて(ただ、生き物相手の話なので万が一、狩れなくても報酬こそ出ないが違約金は発生しないらしい)谷を歩いていた二人だったが。
「……ギルマスは、ああ言ってたけど。まさか、初の獲物が熊とはな」
「ん、スローライフは明日から」
「だな」
などと傍から見たら呑気な会話を交わすミリアム達の前で、熊が無言で近づいてくる。
唸り声を上げているのなら威嚇し、こちらを追い払おうとしているので逃げられる可能性もある。しかし今回のように声を出さないのは、熊がこちらを食らおうとしている場合だ。
「毛皮とか肉、出来るだけ損ねたくないし……ミリー、任せた」
「ん、任された」
そう言うとサムエルが下がり、代わりに小柄なミリアムが前に出た。それを好機と見たのか、熊が突進してきたところで。
「空気弾」
指を突き出して一言、ミリアムが唱える。
刹那、眉間を恵理直伝の風魔法で貫かれた熊は衝撃に呻き、そのまま横転した。そして二人でしばし待ち、息絶えて動かなくなったところで熊に近づく。
「じゃあ、解体してアイテムバックに入れるな」
「ん、清めるのは任せて」
「おう、任せた」
そう言って大きめの短刀を取り出し、サムエルは手際よく熊の解体を始めた。
流れる血を、ミリアムが水魔法で綺麗に流す――そう、彼女は土・風・水の三属性を持っているのだ。だからこそのSランクである。
もっとも妾腹とは言え、貴族の家で生まれ育ったので解体は不慣れであり苦手だ。別に隠している訳ではないが、サムエルが率先してやってくれるので周囲にはあまり知られていない。
(今でこそ、何も言われないけど……新人だと、解体が苦手だと舐められるのよね)
けれど一方で、サムエルが孤児だから貴族に媚びるのだと揶揄された。
それ故、自分を庇わなくて良いと言ったらキョトンとされて言われたのだ。
「師匠曰く『テキザイテキショ』だろ? 俺は魔法が苦手だから、ミリーに頑張って貰う。でも、剣とか解体とか料理は俺の方が出来るからやる。それだけじゃん」
「……それだけ」
「おう」
その言葉と表情に圧されつつ呟くと、サムエルに当然とばかりに頷かれた。
(エリ様もだけど、こんなに柔軟な考え方が出来る人もいるんだ)
表情が乏しい故、顔には出なかったがミリアムは驚き、そしてひどく感動したのだ。
「収納終わり! とは言え、まだ日は高いし。もう少し歩こうぜ」
「ん」
尊敬しているのは、独自魔法や発想力を持つ恵理だけれど。
……あの日から、ミリアムが誰よりも信頼しているのはサムエルだ。




