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美味しいのかけ算

 レアンを連れて小屋に戻ると、懐かしい醤油と味噌の匂いが恵理の鼻をくすぐった。


「グルナ、そっち見に行っていい?」

「おー、いいぞー」


 たまらずお伺いを立て、許可を得たところで恵理は嬉々として声のした奥へと向かった。

 そんな彼女の視線の先で、腕まくりをしたグルナがピラフにバターを一片混ぜ込んで皿によそっている。醤油の匂いは、浅い鍋で作られていたオニョン(玉葱)とマイス(とうもろこし)そして豚の塩漬けベーコンとタイ米を、スープで炊き上げたピラフから。味噌の匂いは、深い鍋に入った卵とピソス(えんどう豆)の味噌汁からだ。


「うわぁ……! すごいすごい! 本当に、和風ピラフとお味噌汁っ」

「味噌汁は、魚醤を少し入れることで魚の旨味が加わってるぞ。火を通せば、魚臭さは消えるからな……さて、運ぶの手伝ってくれよ」

「ええ!」


 久々の和風のご飯、しかも人に作って貰ったことで恵理のテンションはすっかり上がっていた。グルナとのやり取りで、満面の笑みを大盤振る舞いするくらいに。


「……くっ!」


 もっとも、そんな恵理の笑顔に悶えるグルナに全く気づかないのは――テンション云々ではなく、彼女の通常運転だった。



 元料理人ということで、ルーベルに料理を振る舞ったことはあるそうだが――恵理がどんぶり飯を控えていたように、グルナも和風の料理は控えていたという。


「とは言え、やっぱ食いたい気持ちは止められなくてな……若旦那のおかげで、魚醤は手に入ったし。味噌は前に、テレビ番組でリーダーが作ってたの観たことがあって。水田作る時も、あの番組には本当に助けられたよ」

「リーダー……って、もしかして! 楽器も農機具も使いこなすアイドルの、あの番組!?」

「そうそう!」


 恵理も観たことのある番組について盛り上がりつつも、味噌汁の匂いには逆らえず。ありがたく頂こうと、恵理は「いただきます」と言ってまずカップに注がれた味噌汁を口にした。


「……美味しい……っ」


 すっかり諦めていた味噌の味と、魚の旨味が良い仕事をしている味噌汁にたまらず声を上げた。


「初めて、口にする味ですが……この塩気と旨味は、リーゾ(米)によく合いますね」

「……美味しいですし、何だかホッとします」

「飯も美味い。麺にこの調味料絡めたのは、食ったことあるけど……師匠の言う通り、リーゾにも合うんだな」

「……悔しいけど、サムの言う通り」

「ミリー!?」

「はいはい、仲良くしなさいねぇ? それにしてもグルナ、この調味料って牛酪バターとも合うのね~」

「おう、バター醤油は正義だからな!」


 他の面々も、それぞれ好感触だ。するとそこで、真顔になったルーベルがグルナに言う。


「グルナ? トマテの栽培については、どうかしらぁ?」

「ん? おお、いいぞ。苗だけじゃなく、魔法で野菜の成長速度早めて貰えるとか得しかないからな」

「……その勢いに乗ってぇ、アナタもラグー飯を作るって言うのはどう?」

「…………」


 ルーベルの問いかけに、それまで屈託なく返事をしていたグルナが黙った。そして、気遣うように見つめる恵理達の前で彼は話し始めた。


「俺、さ。それこそ赤ん坊の時から、前世の記憶はあったんだけど……親父達が生きてる時は、ロッコを離れる気はなかったんだよ。料理とかお菓子は作ってたけど、鉱山で働いてる両親への親孝行くらいの気持ちでさ」

「グルナ……」

「たださ、ネェさん。鉱山の事故で二人が死んで……一人になった時、俺にあったのは料理だけでさ? だからネェさんに頼んで、帝都の結構デカい料理店で働き出したんだけど」


 そこで一旦、言葉を切って――ため息をつきながら、グルナは苦笑した。


「平民で田舎者だと、下働きしかさせて貰えなくて……それでも修行だと思って八年、頑張ったけど。作った賄いに虫、入れられてさ……嫌がらせで食い物粗末にするとか、くだらねぇ。一気にやる気無くして、故郷に戻ってきた」

「……そう、だったの」

「おう。ミートソーススパは、帝都から出る最後の日に食ってさ。勿論、発案者については教えて貰えなかったけど……絶対、俺みたいな元日本人がいると思った。とは言え、帝都には嫌な思い出しか無かったから故郷で美味い野菜とか味噌作って、いつか会うんだって思ってた」

「……こんなんだけど、良かった?」

「おう! ただ、おかげで欲が出た! 恵理もだけど、こうして人に食べて貰うとやっぱ嬉しいよな……という訳で! どんぶり飯は恵理に、それから麺料理は他の店に任せるとしてだ。俺はラグー飯として、タイ米とラグーソースでオムライスを作ろうと思う!」

「神!!」


 味噌汁同様、日本でしか食べられないと思っていた料理名を挙げられて、恵理はティートのように目を輝かせて拳を握った。

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