目指すは始まりの場所
日本での恵理の最後の記憶は、目に痛いくらいに焼きつく車のライトと耳障りなブレーキ音だ。
あの日は、両親と三人でドライブに出かけた。
そして海を見た帰り道、父の運転していた車に大型トラックが突っ込んできて――慌てて避けようとした車は、ガードレールを突き破り落下したのだ。
母に抱きしめられながら、恐怖にギュッと目を閉じた恵理は、気づけばこの国――アスファル帝国の国境沿いにある森の中で倒れていた。
そんな恵理が、冒険者であるアレンに拾われたのは色んな意味で幸運だった。
まず、アレンは馬鹿が付くくらいお人好しだった。
そして、依頼の報酬を受け取ったばかりで彼の懐には余裕があった。
あと、これは恵理にとってありがたかったのだが――アレンの故郷である隣国・ルベル公国には、じゃがいものように米を食べる習慣があったのだ。
「……ライスコロッケ!?」
「ん? 何だって?」
「何でもない……おいしいっ」
神様とは会っていないが、トリップ効果なのか幸い、恵理はこの世界・ティエーラの言葉の読み書きが出来た。
とは言え、アレンは恵理の目から見ると金髪碧眼の外人以外の何者でもなく。そんな彼が、日本語(後に、この世界の言葉を話しているが自分には日本語に聞こえると気づいた)を話しているだけでも不思議だったのに、洋風ではあるが米を食べるのには本当に驚いた。
「俺の地元だと、こういう揚げ物にしたり炒めて煮たりして食うぜ? パンもいいけど、この野菜は本当に腹持ちが良くてな」
「へぇ……」
「人里まで、もうちょっとあるからさ。これ食って何とか辛抱してくれよ、坊主?」
黒髪をショートヘアにし(今でも、女性としては珍しいが髪は短いままにしている)Tシャツとキュロット姿の恵理は、会ってしばらくのうちは男の子だと思われていた。
とは言え、恵理はその勘違いを訂正せず――笑ってアレンが頭を撫でてくるのに対し、大人しくされるがままになっていた。
……見た目も年齢も全然、違うけれど。
アレンの大きな手は、離れ離れになった父親と同じだったからだ。
「……やめやめ。さー、歩くぞー」
しんみりするのを振り払うように昔、見たアニメの曲を声に出さずに(流石に、アラサーとしてはガチ歌ははばかられる)歌いながら歩く恵理はあの後、すぐ泊まっていた宿を引き払った。そしてそのまま荷物を手に帝都を後にした。
十年以上暮らした帝都だが、恵理は自分で稼ぐようになっても家を借りたり買ったりはせず、宿で世話になっていた。その為、本当にあっという間に旅立つことが出来たのだ。
ちなみにギルドカードは返したが、そこに預けていたお金は手続きさえすれば下ろすことは出来る。銀行のカードを紛失しても、手続きをすれば再発行をしたりお金を下ろせるのと同じだ。
出来る、のだが――勢いに乗る為にも、お金を下ろすのは少しでも帝都から離れたところにして、それから『目的地』に向かおうと思ったのである。
「これからは、好きなことをやろう……そう、この世界に米食を広めるとか!」
その為には、まず米を手に入れる必要がある。
そんな訳で恵理は、アレンと出会った場所――食としては定着していないが、隣国から米を手に入れやすいアスファル帝国の国境沿いを目指すことにしたのである。