思わず呟いたのがきっかけでした
ルーベルは、恵理の冒険者としての先輩だった。
そして、言動も今のままだったので初めて会った時、恵理はつい口を滑らせてしまったのだ。
「……オネェ、さん?」
ついつい日本風に言ってしまい、慌てて自分の口を塞いだ。そんな恵理に、鳶色の瞳をパチリと瞬かせて。
「あらぁ、ちょっと、お姉さんだなんて! 嬉しいこと、言ってくれるじゃな~い!」
「っ!?」
幸い、好意的に勘違いされたので(抱きつかれた苦しさに気が遠くなったが)喧嘩にはならなかった。もっとも、オネェと言い続けるのも気が引けたので『ルビィ』という愛称で呼ぶようになったが。
実力はあったので冒険者登録は出来たが、ルーベルを加入させるパーティーはいなかった。心は乙女のルーベルを、周囲が奇異の目で見るのは仕方ないかもしれない。けれど納得いかず、アレンにルーベルを自分達のパーティーに入れるように言ったが、思いがけず本人から辞退された。
「あぁん、ありがとうね、エリ……でもねぇ? アンタ達は良くても、他は? お互い、気まずい思いをするくらいなら、アタシは一人でいいのよぉ」
「……っ、ごめん、なさい」
「あ~、んもう! 謝らないのっ! こっちも、意地みたいなモンだから気にしないでいいのよぉ!」
笑って言われた内容に、恵理は出しゃばったと反省した。
謝って俯く恵理の短い髪を撫でる手は、大きくて――そして、泣きたくなるくらい優しかった。
ソロでありながら、Aランクまでいったルーベルが帝都を去ったのは十年前。依頼こそ達成したが、魔物との戦いで左目を失ったからだ。
「故郷での職を、ちゃ~んと紹介して貰ったから! 心配しなくても、大丈夫よぉ」
田舎、としか聞いていなかったのでそれがロッコだとは、しかもギルドマスターになっているとは思っていなかった。もっとも、一方で受付嬢達の教育が行き届いていたのも納得する。
(ルビィさん、準貴族だからってだけじゃなく、乙女の嗜みって言ってマナーとかダンスとか完璧だったもの)
うんうん、と恵理が当時を思い出して頷いていると、恵理に抱きついたままのルーベルにティートが話しかけた。
「知り合いだったのなら、ちょうど良かったです……実は、彼らの挨拶と。街興しについて、お願いがありまして」
「あらぁ、それなら場所を変えましょうね。アンタ達もいらっしゃ~い……あ、お茶とアタシが焼いたゴーフル(ワッフル)を、お願いするわねぇ」
「「「はい、ギルドマスター」」」
そう言ってサムエル達にも声をかけ、ルーベルはその長身を翻した。その後をついて階段を昇っていくと、奥にある部屋――ギルドマスターの部屋へと、案内された。
※
受付嬢の一人が人数分のお茶と焼き菓子を配り、相変わらず上品な仕種で退室したところで、恵理達はまずサムエル達の挨拶とこれからのことについて相談した。
「Aランクの剣士に、Sランクの魔法使いとは心強いわねぇ。宿も、若旦那の指示で準備中ではあるけど……当面は、ギルド内の部屋を使っていいわよ~。そのまま住んでもいいけど、宿が完成したら移動するかはお任せするわねぇ」
「「ありがとうございます」」
そして、続けて『ラグー飯』についてルーベルに説明したのだが。
「へぇ、複数の店でそのソースを使った料理を出すの。確かに、面白そうねぇ」
「ありがとうございます、ルビィさん」
「……ただ、ごめんなさ~い。他の店にその話を持ち込むのは良いんだけどぉ、畑に関してはアタシの独断では決められないの」
「この街は、ギルドマスターが管理しているのではないのですか?」
そう言って、申し訳なさそうに謝られたのに恵理は戸惑い、ティートが疑問を口にする。それに苦笑しながら頬に手を添え、ルーベルは話の先を続けた。
「畑は、アタシの甥っ子が耕してるのよぉ……まあ、新しい野菜ってことならむしろ飛びつくとは思うんだけどぉ。一応、ね~」
「甥御さん、ですか?」
「そう、アタシと入れ違いに帝都に行って、料理人をしてたんだけど……色々、あってねぇ。今は「こうなったらスローライフだ! 農業王に俺はなる!」とか言って、畑とか……あと、スイデン? 作りに勤しんでるわぁ」
「……えっ?」
サラリ、と告げられた言葉は、この異世界にはない筈のものだった。
すごく聞き覚えのある言葉の数々に、恵理は思わず驚きの声と共に顔を上げた。




