皇太子からの申し出
「えっ……」
「元々、あなたは料理のレシピをリウッツィ商会に提供したと聞いています……そうですね?」
「ええ。我が商会の繁栄は、女神のおかげです」
「……ありがとうございます」
ジェラルドが尋ねたのに、ティートは躊躇なく答える。
あまりにもキッパリしていたのと、女神呼びもそのままだったので、ジェラルドの返事に少し間があったが――何せ、相手は皇太子である。恵理からは話しかけられないので、次の言葉を待つことにする。
「確かにそのレシピがあるから、あなたがロッコ(ここ)にいても皇都の料理店は成り立っています……ですが、まだ一年にもならないのに、あなたはその画期的な料理と発想で、小さいとは言え一つの街を盛り立てました」
そこで一旦、言葉を切ってジェラルドは話を続けた。
「逆に、考えられませんか? レシピさえ提供を続ければ、ロッコの街はもう大丈夫なんじゃないですか? 貴族向けの宿泊も……あんなお風呂やもてなしは、私ですら体験したことはありません」
「恐れ入ります」
皇族からのお墨付きに、恐縮しつつも恵理は頭を下げた。そんな彼女に、ジェラルドは言う。
「失礼ですが、あなたが帝都を出た理由を調べさせて頂きました……ですが冒険者としてではなく、料理人としてなら? ここよりもたくさんの人に、あなたの料理を食べて貰えますよ? 言っておきますが、こちらにも利点はあります」
「……どのような?」
「この素晴らしい料理を、それから今後出てくると思われる料理を、好きな時に食べに行けます。本音を言うと、皇宮で腕を振るってほしいくらいですけどね? 独占するべきではありませんから。店を開いてくれたなら、ますます皇都も活気を増すでしょう」
ジェラルドの声音からも眼差しからも、嘘は感じられなかった。口調こそ穏やかだが国のことを、皇都のことを考えていることが伝わってきた。
そして恵理がどんぶり店を開こうと思ったのは、異世界で米食を広めようと思ったからだ。レアンと知り合い、ティートから申し出を受けて場所こそ変わったが、元々の気持ちは変わっていない。
そしてどんぶり店を営む中で、恵理は作った料理を食べて貰い、美味しいと喜んで貰えることが嬉しいと気づいた。もっと喜んでほしくて、カレーを作る為にと昔取った杵柄でアジュールの武闘会に参加し、香辛料の継続した買取の権利を得たくらいだ。
(確かに……たくさんの人に食べてほしいって言うのなら、それこそ皇太子お墨付きの貰えるのってチャンスよね)
そこまで考えて、ルーベルとティートに目をやると――二人とも微笑みながら、恵理を見守ってくれていた。彼らも、そしてここにいないレアン達も、恵理がどんな答えを出しても受け入れてくれるだろう。二人の笑みを見た瞬間、恵理はそう思えた。
だから恵理も彼らに微笑み返し、ジェラルドに向き直って頭を下げた。
「……申し訳ありません。私はこれからも、ロッコでどんぶり店を続けていきたいと思います」
 




