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乙女達の思惑

 浴槽に、侍女や従業員がお湯を運ぶということは貴族の屋敷や、高級宿ではある。

 だが、二階以上の建物で水のようにお湯を使うことは、発想自体がなく――確かに元々は恵理の発想だが、温泉がありそれを汲み上げる技術があってこそ成立したので、彼女としては別に大したことはしていないと思っている。


「そんなことはありません!」

「ですが……」

「発想がないと、何も始まりません! 元々、石鹸も勇者様が広めましたが……そこから先の発想がなかったからこそ! 我々は長年、清潔さを優先してきしみについては我慢するしかなかったのです! しかも、二階でこんな風に好きなだけお湯を使えるなんてっ」

「は、はぁ」


 けれど、そんな彼女に力説してくる人物がいて、湯浴み着(貴族用なので、ルベルから木綿用のものを取り寄せている)を着て、浴槽に入っていた恵理はたじろぐしかなかった。

 そう、浴槽。何故だか恵理は今、ヴェロニカ達令嬢と共に風呂に入っている。

 ヴェロニカの、夜を徹しての移動は例外だ。流石に、皇族や貴族が一泊せずに来ることはない。とは言え、今回の目的は貴族向けとなった大浴場の視察である。それ故、到着した皇太子達は食品サンプルやお品書きを見て出前を頼んだ後、風呂で汗を流すことになったのだ。

 そして恵理は、アレクサンドラとソフィアから「話が聞きたい」と言われてここにいる。ルーベル達は、別にジェラルドと風呂に入ってはいないのに。


(解せぬ)


 内心、首を傾げる恵理に湯浴み着を長椅子に敷き、従業員からの揉み療治を受けながら語っているのは、ヴェロニカ――ではなく、何とソフィアだ。大人しそうだと思っていたが、何と言うか語りが熱い。


「ソフィア様は読書家で博識なのですが、リンスや二階でお湯を使うことは完全に予想外でしたから……ヴェロニカ様から話を聞いて以来、とても会いたがっていたのですよ。まあ、それは私も同様ですが」


 勢いに押されていると、同様にうつ伏せになって揉み療治をされていたアレクサンドラがそう言った。そしてひた、と水色の瞳を恵理に向けてくる。


「エリ様は元冒険者で、とてもお強いとか」

「え? いえ、そんな」

「謙遜なさらなくても……アジュールでの武闘会で、優勝されたとか。女性が、大の男を負かすなんて……おかげで、希望が持てました」

「えっ?」

「我が領地では男女問わず騎士となれますが、皇都では護身としての剣術までが限界で……私が婚約者候補になったのは、女性騎士の登用を増やす為です。まあ、婚約者になれなければ自分で騎士となり、女性だけの騎士団を作ってみせますけど」

「私は微力ですが、己の知識を他国との外交に活用しようと思いまして……もっとも、まだまだ勉強が必要ですけどね!」

「ヴェロニカ様もですが、お二人もそれぞれ目標があるんですね」

「……わたくし、も?」

「ヴェロニカ様?」


 ……皇太子に恋愛感情まではないと聞いていたが、本当に清々しいまでにない。だが一方で、それぞれ己のやりたいことを自分なりに実現しようとしている。

 そんな彼女達に感心して言うと、一緒に浴槽に入っていたヴェロニカが俯きながらもポツリと呟いた。

 もしかしたらだが、アレクサンドラ達と自分を比べて、何か引け目でも感じているのだろうか――だが、と内心、思いつつ恵理は言葉を続けた。


「ええ。ヴェロニカ様も領地を、そしてそこに住む私達の為に奔走してくれているじゃないですか」

「エリ先生……ありがとうございます」


 国単位ではなくても、己の領地の為に動いているヴェロニカも十分、すごい。

 そう思って言った恵理に、顔を上げると――ヴェロニカは、潤んだ紫色の瞳を笑みに細めた。

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