消えましょうあなたから
アマリア視点
「皆、事件よ」
……エリの解雇から、話は十日ほど前に遡る。
その日、リウッツィ商会が経営する居酒屋の個室には話を切り出したアマリアと、彼女に呼び出されたティートとサムエル、そしてミリアムとデファンスがいた。
「このメンバーということは……女神に、何か?」
「エリさんってより、馬鹿リーダーね。あいつ、エリさんを解雇するってパーティーハウスで取り巻きたちと話してたの」
「「「何だっ(ですっ)て!?」」」
アマリアの言葉に一同が、そうギルドマスターであるデファンスまでが驚愕の声を上げる。
しかし、それも当然だ。ここにいるのはかつてエリから恩を受けたティートと、それぞれ冒険者登録をしてからずっとエリに面倒を見て貰ったサムエルとミリアム、そして前リーダーと共に冒険者になったエリのことを、実の娘のように目をかけていたデファンスである。
(勿論、わたしも)
元々は冒険者だったアマリアだが、二年前に薬屋の主人に見初められて結婚することになった。エリほどではないが彼女も二十五歳、つまりは結婚適齢期をとうに過ぎていたので本人は勿論、エリも喜んでくれて。普通ならそこで円満退職、めでたしめでたしなのだが――薬草を取りに行った相手の男性が骨折してしまったのだ。
ちなみに魔法の中に治癒属性はあるが、まずその魔法を使える人間が少ない(王族や貴族で数十人に一人、生まれるレベルだ)。更に命にかかわるような緊急性の高い場合はともかく、魔法で治すと抵抗力や免疫が落ちるので怪我や熱くらいでは魔法は使わない。
何が言いたいかというと、骨折は自然治癒となるので完治まで一~二ヶ月くらいかかる。結婚式が延期になったり薬屋を閉めるのは勿論だが、問題になったのは収入が途切れないようにアマリアがパーティーに復帰するというのを、当時リーダーになったばかりのグイドが許さなかったのだ。
「どうせ辞めるんなら、未練がましくしがみついてないで旦那の世話に専念しろよな!」
グイドの言い分も解らなくはないがアマリアも、結婚相手であるマテオも天涯孤独だ。そしてマテオは杖をつけば家の中くらいは何とか歩けるが、お金は働かないと手に入らない。
少し考えれば解ることだと思うが、グイドはアマリアの冒険者復帰を認めようとしなかったのである。そんな中、エリが二人の話に割り込んできて言ったのだ。
「冒険者じゃなければいい? アマリアには、私がやってる雑務を引き受けて貰う。そうすれば、私ももっと依頼を引き受けられるしね」
「エリさん!?」
「……お前が楽する為なんだから、金はお前が出せよ」
そう言うのは予想の範囲内だったのか、エリはグイドに言い返そうとしたアマリアを目線で制し、パーティーハウス(グイドを始め、パーティーの面々が住む家)のグイドの部屋を後にした。そんなエリに、彼に聞こえないように声を落としてだがアマリアは訴えた。
「エリさん、駄目ですよ……雑務が嫌とかじゃなくて! エリさんの負担が減るならむしろ喜んでやりますけど、それだったらお金は」
「貰えないって言うのは無しね? 携帯食や武器、薬草の補充とか依頼の振り分けは立派な仕事なんだから。雑務なんて言っちゃったけど、補給は立派な仕事だもの」
「でも、エリさんは別に手当てを貰ってないじゃないですかっ」
「リーダーは、仕事だって認めてないからね」
アレンがいた時は、補給係を別に頼んでいたし給金も払っていたのだ。しかしグイドがリーダーになった時、彼は誰でも出来る雑用に金は払えないからと辞めさせてしまった。それ故、エリが自分の仕事の合間に無給で行なっていたのである。
「でも、私は立派な仕事だと思うからアマリアが手伝ってくれると嬉しい……マテオさんの怪我が治るまででいいから、お願い出来ないかな?」
「……はいっ」
エリの頼みに、アマリアは丸い頬を引き締めて大きく頷いた。
最初は臨時のつもりだったが、エリにばかり働かせるグイドを見かねて、マテオの怪我が治った後もアマリアは補給係を続けた。依頼に専念出来たからと、エリはむしろ喜んだが――そんなエリに、アマリアは事あるごとに注意した。
「エリさん、働きすぎですよ!? リーダー達、安請け合いするくせに遠方の村の依頼とか、低級ランクの魔物退治を全部エリさんに押し付けて!」
「あー、まあ、リーダーはAランクで私より上だしね」
「それは、そもそもエリさんが昇級試験を受けてないからですよね!?」
「パーティーで動く時は、上のランクの依頼も受けられるしね……心配してくれて、ありがとう」
アマリアには言えないが、準貴族になる代わりに調査が入る為、異世界人であるエリには昇級試験を受けるつもりはなかった。
更に子供の頃に異世界から来たエリではあるが、仕事の基本がフルタイムなので毎日朝から晩まで働くことに抵抗は無い。もっとも店舗ならともかく冒険者となると週に一日~二日、更に半日や数刻だけ働く者も珍しくない。それ故、アマリアからすると毎日毎日、黙々と働くエリは心配を通り越して不安しかなかった。
(そりゃあ、わたしより年上なんて信じられないくらい若々しくて、綺麗だけど……だからって、あんなにこき使っていい訳が無いっ)
そう思っていたアマリアの耳に、彼女が在庫確認の為に倉庫にいると気づかなかったのだろう。グイド達が馬鹿みたいな大声で、エリの解雇について話していたのだ。
もっとも本気ではなく、その言葉を聞いたエリを傷つけた上で恩着せがましく拾い上げ、更に無理難題を押し付けて酷使しようと考えたようだが。
「聞いた時は悔しくて、腸煮えくり返ったけど……よく考えると、好機だなって。これで、エリさんがあの馬鹿リーダーを見限ってくれるって」
「「「「確かに」」」」
アマリアの言葉に、ティート達はそう言って頷いた。
そう、エリは前リーダーへの恩義の為、新リーダーの為に働いていたのだが――年下の若造に解雇されてまで、今のパーティーにしがみつくとは思えない。むしろ、昔から時折話していた「田舎で小さな店を出して隠居」に一気に心が傾くだろう。
「……女神が思っているような、国境近くではないですが。実は僕、ロッコの復興を任されまして。今、大浴場を建設中なんです」
「まあ、そうなんですの?」
「そう言えば支部長から、そんな報告受けてたな」
ティートの言葉に、ミリアムとデファンスが声を上げる。そしてそれを聞いていたサムエルが、キラキラと新緑の瞳を輝かせて言った。
「じゃあさ!? 師匠と俺達がそこに行けば馬鹿リーダーの相手もしなくていいし、何より師匠と一緒に楽しく過ごせるよなっ!?」
「サム……でも、そうよね。名案だわ」
「……あの坊主にはお前さん方の分まで働いて貰うし、支部長は馴染みなんで話は通しとく。しばらくしたら顔出すから、せいぜい労ってくれ」
笑顔のサムエルとミリアムを後押しするように、デファンスが言う。それに勿論、と頷いてアマリアは拳を握って訴えた。
「エリさんには、解雇について黙ってることになるけど……皆、一蓮托生よ! 明るい未来の為に、頑張りましょう!」




