それぞれの前進
アルゴとサイードがカレーを食べきったのに、エリは安心したように笑って、商人達と共に部屋を後にした。
他の料理があるので、サイードはまだアルゴの部屋で食事をしている。仮にも王子なので今回限りだろうが、王宮に来てからアルゴは一人で食事をとっていたので、サイード一人増えただけでも賑やかだと思った。
(剣闘士の宿舎にいた時は、もっと大所帯だったしな)
一人でも気にならないが、別に好きな訳でもない――そこまで考えて、アルゴは口の中の料理を飲み込んだ後、サイードに話しかけた。
「食客を辞めて、元の宿舎に戻ろうと思う」
「アルゴ?」
「武闘会では完敗だった。しかも、魔法を使われていないのに、だ……俺も、まだまだだ。もっと、精進しなければ」
「王宮にいたら、精進出来ないのか?」
「……敗者がそもそも、王族の食客では駄目だろう?」
言い難いかと思ってアルゴから切り出したが、どうも通じていない気がする。だから、と辞する理由を告げたら、サイードが拗ねたように唇を尖らせた。
「確かに、エリは強い。だが、僕は別に魔法剣士が欲しい訳ではない。魔法は、魔法使いに任せれば良いからな」
「殿下……」
「あと、剣士なら誰でも良い訳じゃない。僕が選んだ剣士は、お前だ……敗者では駄目だと言うのなら、もう二度と負けるな。それで良い」
偉そうに難しいことを言うと思ったが、そもそも王族なので偉いのだと思い直す。そして再び負けた気になりつつも、アルゴは誓いの言葉を口にした。
「ああ、もう二度と負けん」
……四年後の武闘会で、アルゴは優勝し剣闘士を引退する。
その後、サイードの護衛となるのだが――それはまた、別の話である。
※
次の日の朝、ロッコに戻る為に来た時同様、恵理達は馬車に乗って旅立った。
……来た時と少し違うのは、ティートとミリアムが武闘会での賭けの報酬を得たこと。あと揉み療治を教える為の使用人達が乗っていることもだが、何故かガータが馬に乗ってついてきたことである。王都を出るまで、と言われたが、優勝してもまだエリは信用されていないのだろうか。
こっそりため息をついたところで、不意に馬車が止まる。
まだ、王都の門を出て間もない。何事かと思い、恵理が馬車から御者席に出ようとしたところで、ガータの声が凛と響いた。
「アジュールの恥を、晒すんじゃない! 立ち去れ!」
「他国民の、お前が言うなっ」
「その女がいなければ、士官出来る筈だったんだ!」
「私の時も、あったがな……立ち去らんのなら、力づくで追い返すのみっ」
どこかで聞いたような声に対して、ガータが一喝する。
その内容に焦り、ティートが座る御者席に出たところで、声同様に知っている――と言うか、武闘会で恵理達に絡んできて負けた男達だと気づく。優勝した恵理への、逆恨みという訳か。
(この襲撃を心配して、ついて来てくれたの?)
助っ人を頼んだのか、馬車の行く手を十人くらいの男達が阻んでいる。もっとも、ガータの方が強いらしく見る間に剣を弾き飛ばし、馬で蹴散らしていたが――武闘会で恵理に魔法で攻撃するも敗れたカリルが、キッと顔を上げて口を開いた。
「我が手に炎よ、集い来たれ、敵を貫け……炎射矢!」
そうカリルが唱えた刹那、背後に現れた炎が矢となって、目標――ガータへと、放たれる。だが威力を考えてか、呪文をしっかり長々と詠唱してくれたので助かった。
「氷槍!」
カリルの魔法を察知し、恵理が短く唱えると幾数の氷の槍が放たれ、そのうちの一本がガータへの炎の矢とぶつかって消え去った。残りの氷の槍はと言うと、カリルを取り囲むように地面へと突き刺さる。
「あんな短い詠唱で、あれだけの数と精度……武術だけではなく、魔法もこれ程使えるとは」
恵理の魔法に助けられたガータが、感心したように言う。
一方、反撃されたカリルからすれば、しっかり詠唱さえすれば負けないと思っていたのに、全く歯が立たないことに青ざめる。そんなカリルと、次は自分達が魔法で攻撃されるのかと後退る男達を、恵理は冷ややかに一瞥した。
「ひっ!?」
「まだやる?」
「「「ば、化け物だっ」」」
そんな捨て台詞を吐いて、カリル達は逃げ去った。やれやれ、と呆れていると馬から降りてきたガータが、御者席の恵理に向かって深々と頭を下げた。
「すまなかった。お前のことを、見くびっていた」
「そんな……謝らないで下さい」
「いや、人で女性だからと決めつけてしまっていた……アジュールに来る時に、闘えると証明してくれたのにな。武闘会での活躍を見て、考えを改めた」
「……ガータさん」
「さっきのような馬鹿な輩がいるから、ここまでついてきたが……お前は強いし、魔法も使える。だから、ここからお前達を見送ろう。本当に、すまなかった。そして、助けてくれてありがとう」
そこで一旦、言葉を切るとガータは顔を上げて恵理に言った。
「これからもレアンを、よろしく頼む」
認めてくれたからこその言葉に、驚いて目を見張り――次いで笑みに細めると、恵理はキッパリとガータに答えた。
「はい、頑張ります!」
 




