香辛料、ゲットだぜ!
水を張ったのは人力かと思ったが、アジュール国にも魔法使いはいるそうだ。その魔法使いが水属性の魔法で水を張り、今は舟を片付けた後、闘技場に張られた水を一瞬で蒸発させた。
そんな訳で、元の地面に戻ったところで今まで座っていた王族達が立ち上がる。対して恵理とアルゴは片膝をつき、頭を下げて相手の言葉を待った。
「勝者エリよ。見事であった。褒美として、そなたの望みを一つ叶えよう。顔を上げ、遠慮なく申すと良い」
少年らしく高い、澄んだボーイソプラノでそう言われる。
試合中、遠目には見ていたが流石に、いきなりまじまじと見る訳にはいかない。だが声からすると、ガータから聞いていた第三王子だろう。
アルゴの後援者と聞いていたので、怒られたり褒美に難癖つけられるかと心配もあったが、そういう心の狭い相手ではなかったらしい。
「私は、アスファル帝国で飲食店をやっています。そんな私の望みはアジュールの香辛料を今後、関税無しで定期的に購入することです」
「……何だと?」
「とは言え、関税はアジュールが砂糖を買う為の費用ですよね……私の友人である商人は、ルベルとは別の砂糖を扱っています。その砂糖を売ることで、少しでも無くした関税の足しになりませんか?」
「ちょっと待て」
「はい」
「飲食……と言うことは、そなたは料理人なのか? 料理人が、僕の剣士を倒したのか?」
「……はい」
ハンデを貰ったので、とはあえて口にはしなかった。日本人としては謙遜したいが、異世界では逆に嫌味に取られる場合がある。だから、恵理はただ短く答えてサイードからの返答を待った。
「アハハ……世界は広い! なぁ、アルゴ?」
「……は」
朗らかに笑うサイードに、アルゴもまたそれだけ答える。
内心は解らないが怒られなくて良かった、と恵理は心の中で安堵の息をついた。そんな恵理の前で、サイードが少し後ろに立っていた二人の男性を振り返って声をかける。
「兄上達、良いだろうか?」
「ああ」
「我が国にも、利があるからな」
そう言って小首を傾げるように見上げるサイードに、二十代半ばの精悍な男性と二十代前半の理知的な男性がそれぞれ頷いた。呼びかけからすると兄にあたるのだろうが、見た目通りなら十歳は離れている。もっともらしく言っているが、これだけ可愛いショタならばさぞ可愛がられていることだろう。
そんなことを考えていた恵理に、クルリとサイードが向き直った。
「そなたの望みを、叶えよう! もっとも僕に出来るのは、そなたに関税を無くす権利を与えるだけだ。砂糖の買い取りや香辛料の販売については、我が国の商人に任せる。そなたも、実際の商いはその友人とやらに任せるのだろう?」
「ええ」
「そうか、安心したぞ! 剣術や体術だけではなく、商いの才もあったら完璧すぎる!」
「私は、チー……万能ではないので」
「ハハッ」
チートと言いかけたのを、恵理は慌てて言い換えた。
それには気づかなかったのか、サイードが楽し気に笑う。するとそこでサイードは、ふと思いついたように声をかけた。
「料理人なら、褒美とは別に頼みがある……我が剣士に、異国の珍しい料理を食べさせて貰えないだろうか?」
「……私で、よければ」
「おお、頼んだぞ! 国には、いつ帰るのだ?」
「武闘会が終わったので、明日にでもと思ってましたが……」
「そうか……ならばこの後、頼めないだろうか? 王宮に来て、僕とアルゴの分を用意してほしい。商いの件はその時、商人達に詰めて貰うことにしよう」
「はい、喜んで」
急展開に戸惑うが、料理を求められるのは嬉しい。ついつい、居酒屋のような返事をしてしまうくらいに。
(王子様だし、それこそカレーにしようかな)
グルナにしか伝わらないことを考えながら、恵理は微笑んで頷いた。
……そんなサイードがアルゴの願いを叶える為だけではなく、兄達の企みを引き受けたアルゴへの、謝罪のつもりで頼んだことを恵理は知らない。
 




