全ては勝利の為に
本日二話更新です。
舟から落ち、そのまま水に落ちると思われたが――恵理は空中で一回転すると、漕ぎ手が近づけてくれていた舟へと飛び乗った。
そんな恵理にアルゴが一瞬、だが確かに驚いて固まる。
その隙を逃すまいと、恵理は手にしていた剣を舟の縁に近づいていたアルゴに、フリスビーのように回転をつけて思いきり投げつけた!
「っ!?」
「貰った!」
まさか恵理が剣を手放し、しかも顔面に投げつけてくるとは思わなかったのだろう。いつものように一方ではなく、両方の曲刀を咄嗟に顔の前に出して剣を弾いたことで、アルゴの腹はがら空きとなった。
その隙を見逃さず、恵理は再び助走をつけるとアルゴ目掛けてジャンプをし、両足を揃えて足裏で思い切り蹴る。
地球でいうところのドロップキックを当てた後、恵理は後方に一回転した。そして止まることなく、高くジャンプして倒れたアルゴに再び、ドロップキックを放つ。
それから曲刀を奪い取って後方へ投げ、三度アルゴの腹を蹴ろうとした恵理だったが。
「……参っ、た」
アルゴから降参の声が上がったのに一瞬、闘技場が静まり返り――次いで、揺れんばかりの声が上がった。
※
「……無茶苦茶だ」
「勝ちは勝ちです」
「いや、そうだが……まさか、アルゴ相手に肉弾戦とは」
アルゴとくれば、剣などの武器での闘いの印象が強い。それなのに剣を投げつけて手放し、更に蹴りをくり出して勝利するとは。
観終わると、恵理が舟から落ちたのもわざとではないかと思ってしまう。卑怯だとは思わないが、相手のどこまで先を読んで攻撃していたのかと空恐ろしくはなった。
呆然として呟いたガータに、ティートがしれっと言葉を続ける。
「『だから』だと思いますよ」
「えっ?」
「昨日のサムさんの闘いを見て、剣で四つに組むのは得策ではないと思ったんでしょう。あと、無傷とは言いませんけど、剣よりは怪我も軽いですよね……流石、女神です」
「ん、よかった」
「ええ、本当に」
「ああ、やっぱ、師匠はすげぇ」
昨日の今日なのでミリアムとレアン、そしてサムエルはやや緊張した面持ちで応援していた。そして無事、勝利したエリを見て詰めていた息を吐きだし、安心したように呟く。
(確かに、あのアルゴに勝った……人間の、女性が)
そんな彼女達の言葉に、約束が果たされたことを実感したガータ達の前で、恵理が勝利を示すように右手を高く振り上げた。そんな恵理の姿に、再び闘技場に歓声が響き渡る。
……刹那、ガータは心の中にあったわだかまりが、水滴のように弾けて消えたのを感じた。
※
「模擬海戦でも、駄目だったか」
「……えっ?」
兄の呟きは、歓声にかき消されそうになったが――聞き捨てならず、サイードは聞き返した。それに、長兄がばつの悪そうな表情を浮かべる。
「いや……王宮行事でもあるから、いつ開催されても良いように腕利きの剣闘士は、舟でも動けるように訓練しているんだ。だから、アルゴに有利だと思ったんだがな」
「確かに」
「なっ!? 卑怯ではないですか!」
「ああ。だが、奴隷でもない他国の女性を勝たせるのもな……観客は気づいてないだろうが、アルゴには悪いことをした」
次兄まで頷くのに、知らなかったサイードは声を荒げた。
しかし続けられた言葉で、アルゴが兄達の企みを知っていたのだと気づく。だがサイードが何も知らずに喜んでいたので、あえて明かさずに従ったのだと。
「……彼は、僕の剣士です。今後は、勝手に彼を利用しないで下さい」
アルゴが受け入れたことに対して、サイードが泣いたり癇癪を起こすなど冗談ではない。
だから、と頬を引き締めて、サイードは兄達にキッパリと言い切った。




