ハンデをチャンスに
水が少ない筈の国に、舟がある。それも博物館などではなく、闘技場に。
「水張って、プール状態って……すごい。しかも、一晩で」
数艘の中、大きな舟にアルゴが乗り、小舟に乗る恵理が挑戦する図だ。ちなみに二人の乗る舟には、それぞれ漕ぎ手がいる。闘いに集中出来るのはありがたいが、恵理には一つ気になることがあった。
(昔、学校で読んだ本で『義経の八艘飛び』って言葉があったわね)
違う。これではない。そう自分にツッコミを入れつつ、恵理は用意された舟に乗りながら疑問を口にした。
「あの、舟から水に落ちたら負けですか?」
「えっ? いえ、そういうことは特に」
いきなり話しかけたので、漕ぎ手の男性には驚かれたがそれでも教えてくれた。ただ、舟が浮くくらいの水位なので、落ちたらすぐに舟に戻るのは難しいかもしれない。
(落ちそうになったら何とか他の舟に飛び乗って、落ちたら別の舟にしがみついて……あと)
とりあえず、いくつか対応を頭の中で組み立ててみて、良しと声に出さずに頷く。
他の舟には漕ぎ手が乗っていないのは、足場や浮き輪の意味で浮かべているのだろうか? 身軽で、冒険者時代に足場の悪い場所での戦いを何度か経験している恵理には特に問題ないが、アジュールでは舟は乗り慣れていないだろうから、アルゴには不利だと思われる。
(ハンデ、貰ったのかな。あと、アルゴへの信頼?)
恵理が女性というのもあるが、これくらいしないとアルゴには歯が立たないと思われているのだろう。怒るまではしないが、甘く見られていることには多少、モヤッとした。
(まあ、とにかく勝てばオッケーよね!)
しかし今回の闘いには、香辛料がかかっている。それならば、ここは素直に甘えて勝ちにいくべきだ。
恵理がそう結論付けたところで、開始の声がかかる。そうすると恵理の舟が動き、アルゴの舟へと近づいていった。
「……よっ!」
掛け声と共に恵理は舟を蹴り、アルゴの舟――ではなく、彼の頭上まで跳び上がる。
隙を突くことは出来ず、振り下ろした剣はしっかり受け止められた。しかも両手に持った曲刀の片方だったので、もう一方の曲刀が振り上げられる。
(体幹、すご! 舟の上なのに全然、よろけてない)
その攻撃を、恵理は感心しつつも後方宙返りをして避けた。それから舟の端に着地し、再びアルゴに斬りかかるが同様に阻まれて、斬り返される。
(サムとの時もだけど、隙が無い……舟の上でもなんて、どうすれば)
恵理は自他共に認める体力お化けなので、このペースで戦い続けてもまだまだ戦える。だが、これではキリがない。
(隙が無ければ、作るしかないんだけど)
避けるように後退りながら、さて、どうするかと考える。
もっとも、考えているからと言って相手が攻撃を止めてくれる訳ではない。だから一旦、元の舟――ではなく、別の舟に飛び乗ってから助走をつけて再び、アルゴの舟へと飛び乗った。今度は彼の前ではなく、頭上を飛び越えて背後に降り立つ。
「……ちょこまかと」
そんな恵理にボソリ、と呟くとアルゴは振り返り様に曲刀で斬りかかってきた。
その刃を、飛びのいて避けたところで――恵理は着地でよろけ、そのままアルゴの舟から落ちた。
 




