彼を引き留めたのは
武器を奪ったところで、諦めてくれたら良かったのに。
そうは思うが、相手は真剣でのやり取り――と言うか、斬るのにも斬られるのにも慣れていた。降参するどころか、逆に血を流しながらも曲刀を奪い返すような相手だった。
(俺も、斬るのは魔物とかで慣れてるつもりだったけど……人相手はやっぱ、命かかってないと怯むし。斬られると痛ぇ)
そう思うし、エリも無理はするなと言っていたので降参すべきなのかもしれない。
……だが、サムエルが負けたら次は、エリが目の前の男と闘うのだ。
(俺は男だけど、師匠は強くても女だし……なら、俺が頑張らないとだよな)
アルゴだって、無傷ではない。勝てないかもしれないが、もう少し頑張れば相打ちは無理でも、少しは戦力を削ぐことが出来るかもしれない。
己の中で結論付けて、サムエルは痛みを振り切るように地面を蹴って走り出した。そして腹の傷を庇う為、振り上げるのではなくアルゴに突きを放とうとした。
そんなサムエルに対し、アルゴもまた駆け出す。そして剣ではなく、それを持つサムエルの腕を狙って曲刀を下から上へと振り上げる。
それでも止まろうとせず、腕が切断されても体当たりしせめて一矢だけでも報いようとしたサムエルだが。
「……サム、メッ!」
「っ!」
そんなサムエルの耳に、相棒であるミリアムの声が飛び込んでくる。
反射的に後退ったサムエルの剣を、アルゴの曲刀が払いのけた。そしてもう一方の曲刀が斬りかかってくるのに、サムエルは慌てて声を上げ両手を挙げた。
「降参! 降参だっ」
「……命拾いしたな」
曲刀を下ろしたアルゴはそう言ったかと思うと、サムエルを止めた声の主――ミリアムの方へと、目をやった。それにサムエルも視線を向けると組んでいた手で拳を握り、灰色の瞳からポロポロ涙を零しているミリアムの姿があった。
周りの様子を見る限り、闘技場中全てが気づいたという程ではなかったようだ。
けれど普段、自分の気持ちを言葉にすることが苦手で、大きな声などもっての外のミリアムである。そんな彼女が、サムエルの耳に届くくらいの声を上げてサムエルを止めたのだ。
とは言え、サムエルにも聞こえるならアルゴにも聞こえる。負けこそしたが、ミリアムの制止のおかげでサムエルは腕を失わずに済んだと言いたかったのだろう。
「ああ。命拾いした」
観客に煽られた訳ではないが、エリからも言われていたのにのめり込み過ぎた。自分らしくなかったと思った途端、全身に冷や汗が噴き出す。
サムエルは反省を込めた言葉を、ため息と共に吐き出した。そんなサムエルから視線を離し、王子からの歓声に手を上げて応えるアルゴの背中に――サムエルは、感謝を込めて頭を下げた。
※
……闘いが終わり、控え室に戻ったらまずエリに怒られた。
「私もミリーも、治癒魔法使えないのよ! 解ってるの!?」
「……大丈夫です、掠り傷ですから」
「傷は傷よ! 大怪我しなかったからって、口答えしないっ」
「あの、店長。サムさん怪我人ですから」
そう、魔法は万能ではない。特に治癒魔法の属性を持つ者は少なく、更に死亡と欠損以外は治せる魔法なので頼むとかなりの高額なのだ。
それでも即座に治るので、エリは治癒師を探して頼もうかと言ってくれたがサムエルが全力で拒否したのである。
エリに叱られ、レアンに庇われはしたがその後はエリがサムエルの服を脱がし、応急処置をした。そして本格的な治療はガータの屋敷に戻ってからとなり、控え室を後にした。
「……サム!」
そんなサムエルに、外で待っていたミリアムが駆け寄ってくる。
今は泣いてこそいないが頬を膨らませ、口をへの字にして睨みつけてくる。いつも無表情な彼女の態度に、嬉しさと申し訳なさを感じながらサムエルはミリアムと目線を合わせた。
「ごめん、ミリー……ありがとな」
「……もう、無理は、メッ」
「ああ」
「…………絶対、よ?」
「ああ」
それから念を押すように言うミリアムの頭を撫でると、膨れていた頬がふにゃっと緩み――そんな彼女につられて、サムエルの頬も緩んだ。




