心配と安心と
エリとレアンの試合が終わった後、ガータはぽつりと呟いた。
「……レアンが、負けた」
「ええ、女神が勝ちましたね」
同じことではあるがわざわざ言い直す辺り、隣に座る眼鏡の青年はなかなか性格が悪いと思う。
……とは言え、ガータの今までの態度も褒められたものではなかった。
そう考えるとむしろ、変に隠さずに口に出してくれた方が、ガータとしても助かる。本音を隠して取り繕われると、自他共に単純なガータは簡単に誤魔化されてしまうからだ。
(だから、と副官は目端が利く者をつけて貰えたが)
そこまで考えて、ガータは気持ちを切り替えるように息をついた。
負けたのは残念だが、レアンの悪癖が出なかったことは喜ばしい。周囲を守る時は問題ないが、自分自身に対してはその意識が働かず、相手に遠慮して負けたり怪我をしてしまうことがあったのだ。
それ故、エリとの闘いも心配していたのだが――精一杯闘い、それでもエリに負けた。そのことは、幼なじみであるガータにとっては複雑ではあるが、同時に安心も出来た。
そんな彼女の隣、反対側ではミリアムが次の試合に向けて祈るように手を組んでいる。冒険者の相棒の闘いと言うのもあるだろうが、相手があのアルゴだというのも原因だろう。
「心配するな」
「……でも、サムが切り刻まれたら」
「大丈夫だ。アルゴ『は』流血が代名詞だが、アルゴ『が』相手を必要以上に斬りつけることはない。今までも、そうだっただろう?」
そう、その戦闘スタイル――と言うか、血の流れ具合から誤解されやすいが、アルゴと闘う時は相手も派手に血を流すイメージがある。それ故、強さや知名度だけではなくアルゴとの対戦相手を探すのは大変で、最近では成り上がりを目指す剣闘士、あるいは虎などの獣になっていると聞いたことがある。
けれど、実際は違うのだ。そりゃあ、真剣を使っているので多少の怪我はあるが、それこそアルゴがわざと血を流させることはない。現に昨日までの対戦相手も、ほぼ無傷である。
「…………あ」
ガータの言葉で、そのことに思い至ったのか――ミリアムは灰色の目を見張り、小さく声を上げた。そして手は組んだままだったが、深々と安心したように息を吐いた。
「……ん。応援、だけする」
それから、多少は不安の種が消えたのだろう。ポツリと呟くと、ガータを見上げて言葉を続けた。
「ありが、と」
「……いや」
エリへの言動で、ガータに思うところはあるだろう。
だが、こうして素直にお礼を言える辺り――良い子だと思って、ガータは我知らず微笑んだ。




