思い出すのはあの日、間違えた選択のこと
グイド視点
「お父さんは、わたし達の為に隣国に働きに出てくれたのに……あの売女は、そんなお父さんを騙してたらし込んだのよ」
物心ついた頃にはもう、父のアレンは冒険者となる為、アスファル帝国に行っていたので傍にいなくて。
流石に父は年に数回、帰ってきて顔を合わせたが、父を誑かした女――エリについては、母から話を聞くだけだった。
だから直接、会ったのは十五歳の時にずっと故郷を離れたがらなかった母が、ようやく帝都に行くことを承諾したからで。父のパーティーに入ることになったグイドは、そこでエリを紹介された。
「エリ、俺の息子のグイドだ」
「初めまして、エリです」
女なのに、短く切られた黒髪。凛とした眼差しと、声。
幼い頃から、ずっと『売女』だと聞かされていた女は年齢(十歳違いだから二十五歳、年増だ)を聞いていなければ成人したばかりにしか見えず、しかもとても美しかった。
けれど、だからこそグイドは父が誑かされたのだと思ったし、パーティーのリーダーである父の相棒とはとても信じられなかった。実際、ランクもBである。腕利きとは認められるが、帝都に来てすぐAランクになったグイドよりは下だ。それ故、グイドはエリを『女を武器にする能無し』だと決めつけて見下していた。
……だから、パーティーからの解雇を告げれば動揺し、今度はグイドに媚びてすり寄ってくると思ったのだが。
「解ったわ。今まで、お世話になりました」
あっさりとそう言うと、エリは身分証であるギルドカードを置いて冒険者ギルドを後にした。
それはパーティーだけではなく、冒険者自体を辞めるということで――予想外の展開に呆然としていると、パーティーハウス(パーティーが買い取って、メンバーが住むことを許した家)にいた筈のアマリアが冒険者ギルドに駆け込んできた。
「エリさんが辞めるなら、わたしも辞めますっ」
「フン、勝手にしろ」
元冒険者である彼女だが、今は単なる雑用係だ。それをエリが『サボる』為にわざわざ金を払って雇っていたが、雑用は『誰にでも出来る』。だからアマリアからの申し出は、簡単に受け入れたのだが。
「師匠が、辞めたらしいな」
「もう、ここに用はない」
「そんな! あんなババァ、いてもいなくても変わらないだろ!?」
翌日、依頼を終えて戻ったサムエルとミリアムにそう言われたのには焦った。
Aランクの剣士とSランクの魔法使い。自分と同等、あるいはそれ以上のランク持ちである二人には、グイドは冒険者としてもリーダーとしても一目置いていたのだ。
「……本気で、言ってるの?」
「前リーダーの不幸があった後、どれだけ辞めたと思ってんだ? まあ、お前に取り入って入り込んだ奴らがいるから、人数的にはそんなに変わってないけどな」
「それこそ年寄りや無能扱いして、あなたが辞めさせもしたわよね」
「あいつらと、あんた達は違うっ」
「違わねぇよ。今の俺達がいるのは、師匠のおかげだ」
「あなたもあなたの取り巻き達も、仕事の選り好みばかりして……それでも私達がいたのは、率先して働いていたエリ様がいたから。逆に言えば、エリ様がいないならここにいる必要はないの」
「まあ、師匠と違ってお前『ごとき』の為に、冒険者まで辞めるつもりはねぇけどな。義務さえ果たせば、どこに行っても同じだ」
「待っ……」
グイドが引き止めても、サムエルとミリアムは一蹴した。
そして話は済んだとばかりに、パーティーハウスを出て行く二人を追いかけようとしたが――何故かやって来ていた、ギルドマスターのデファンスに止められた。
「今、取り込み中だ!」
「良いのか? 依頼の期限が、迫ってるぞ? 達成しないと、罰金を払って貰うことになるが?」
そう言って、依頼書の束をグイドに見せる。それはグイドが、エリに押し付けていた仕事だ。
「んなの、あの年増に払わせろよ!?」
「お前さんが追い出したのに、何を言ってる? あと、お前さん達は上級ランクの魔物退治しかやらんが……そんな依頼は、年に二回あるかないかだ。お前さんのパーティーの財源は、エリやサム達が引き受けてくれていた『普通』の依頼だぞ。今までのように選り好みしていると、あっという間にのたれ死ぬからな」
「……っ!」
「忠告はしたぞ?」
一見、穏やかで人当たりが良いが、ギルドマスターにはAランク(平民であろうと準貴族扱いになる代わりに、国に所属し上級ランクの魔物退治を義務とする)以上でなければなれない。しかもデファンスに対しては、Sランクだった父すら一目置いていた。その静かな、しかし揺るぎない眼差しに呑まれ、気づけばグイドは依頼書の束を受け取っていた。
(……確かに今、パーティーは二十人近い。上級ランクの魔物退治は、一回の報酬はデカいが……今年初めの、一度だけだ)
冷静に考えれば、その報酬だけでこれだけの人数を半年も養える訳が無い。
無いが面倒なことは全部、エリ達に押し付けていた為、情けないがデファンスに言われるまでまるで気づいていなかった。
「罰金なんて無駄金、払えるか……おい、仕事だ!」
「……えー?」
「ギルマスも言ってたじゃない~、リーダーが追い出したんだから、リーダーが何とかしてよ~」
「お前ら、ふざけるなよっ!?」
散々、グイドと一緒になってエリのことを年増だ、無能だと馬鹿にしていたメンバー達の手のひら返しにたまらず声を荒げる。けれど確かに、チヤホヤされるがままに「楽させてやるから、俺について来い!」とグイドが彼らを受け入れたのは事実で。
(俺は、間違えたのか……?)
今は故郷に戻った母や、こいつらの言葉を鵜呑みにしていたのだろうか?
一瞬、そんな考えが頭を過ぎったが――認めることは出来ず、とにかく依頼を片付けようと頭を切り替えた。
……もっとも、他のメンバー達に断られたせいでグイドは一人、依頼達成の為に駆けずり回る羽目になり。
更に、何とか依頼を片付けた後もまるで働こうとしないパーティーメンバーと、彼らが散らかして(今まではアマリアが補給の他、掃除洗濯も担ってくれていたのだと流石に気づいた)汚部屋と化すパーティーハウスに愕然とすることになる。




