どんぶり屋プレオープン
恵理は、リウッツィ商会にトマト――ではなくトマテや魚醤を使う料理を教えたが、それはあくまでも洋風(トマテソースや魚醤を絡めるパスタや、ピザ。トマト煮込みやグラタンなど)で。かつて異世界から勇者を召還している帝都で、異世界かつ異国の料理であるどんぶりを作ることは躊躇われた。万が一でも、恵理が異世界から来たとバレては困るからだ。
(でも、帝都から離れたら……思ったよりは近いけど、うん、大丈夫)
ロッコの街は、ティートと再会した街から馬車で一日、徒歩だと二日から三日かかる。つまりは帝都からだとほぼ倍(徒歩だと一週間近く)だ。
しかも、ルベルと繋がる公道から外れたところにある谷の合間にある。当初、考えていたような田舎の村ではないが、主に平民を相手にするので問題ないだろう。
そう思って恵理は翌日、ティートの馬車にレアンと共に乗せて貰って夕方頃、ロッコの街に到着した。魔石が発掘されなくなったとのことで寂れているかと思ったら、屈強な男達があちこちで働いている。
「うちの商会で雇った、大工や工夫です。温泉が湧いていましたが大浴場としてではなく、そのお湯を汲んでいって風呂や飲み水に使っていたので。浴場を造ったり、元からあった建物を改装して宿を用意しているんです」
「そうなんですか」
「……それなら、良いモニターになってくれそうね」
「「えっ?」」
ティートの説明に、レアンが感心する。けれど、次いでの恵理の言葉にはティートと二人して驚きの声を上げた。
「ありがたい話を、断るつもりはないけど……どんな商品を扱うかは、やっぱり知って貰うべきだとも思うのよ。二人だと身内贔屓もあるかもだけど、現場の皆さんに食べて貰うなら忌憚ない意見が聞けるだろうしね」
ありがたいことに、ティートは恵理がトマトソースや魚醤の他に米を食べるのを知っていた(野営用に定期的に買っていた)のでちゃんと用意してくれている。昨日、お金を下ろしてティートに支払っているので、自分の好きなように使えるのだ。
だから道具店で鍋や食器などを用意すると、恵理はティートに工夫達の休憩所へと案内して貰った。そして数十人いるという彼らの為に米を炊き、その上に乗せる具を用意した。
「……女神、これは?」
「ラム……羊肉とコール(キャベツ)を魚醤で煮て、一緒にこ……リーゾ(米)に乗せるの」
つまりは、ラムしゃぶ丼である。ティエーラでは羊も普通に食べられ、恵理も父親が北海道出身だったので馴染み深い。
本来ならお湯にくぐらせ、タレにつけるが魚醤だとそのまま使うと魚独特の臭みが強い。けれどパスタもだが、火を通すことで臭みが消えて旨みだけが味わえる。キャベツを入れたのは食感を楽しむ為で。あと初夏である今時期、日中に野外で仕事をしているなら魚醤で塩分もしっかり取った方が良いと思ったのだ。ちなみにもっと暑くなるようなら、冷やしゃぶにしてレタスを乗せてもいいと思う。
一応、自分達三人の分を避けてから恵理は日暮れにより仕事を終え、休憩所に戻ってきた大工や工夫達に笑顔を向けた。
「お疲れ様です! これからこの街で食堂を開く、恵理と申します! そしてこの子は、従業員のレアンです!」
挨拶をし、あえて耳と尻尾を露にしているレアンの肩に手を置いて続ける。今だけならともかく、ずっと暮らすならカミングアウトは必要だと思ったのだ。
それから、深めの器によそったラムしゃぶ丼を男達に見せて。
「本日はご挨拶代わりに、無料でこの料理を振る舞います。良ければどうぞ、召し上がって下さいね!」
そう言うと、恵理は一番近くにいた男にラムしゃぶ丼とスプーンを差し出した。咄嗟に受け取った男が、無料ということでおそるおそる口に運ぶ。
「……うめぇっ!」
そして一口食べた途端、歓声を上げてラムしゃぶ丼を掻き込んでいく男を見ると、次々と恵理の前に並び出した。途端にレアンはそれぞれの鍋からタイ米とラムしゃぶをよそい、恵理に渡す。
「はい、どうぞ」
「おう……って、本当に美味いなっ」
「肉と野菜だけでも美味いが、この白いのと一緒に食うとまたうめぇ!」
「店は、いつからなんだ!?」
やはり、獣人に抵抗があるのか数人は列に並ばずに離れていった。けれど大部分は、皆の反応を見て恵理の前に並び――口々に、ラムしゃぶ丼を褒め称える。ありがたいことに、開店に対する声も聞かれた。
「流石です、女神」
味見したらしいラムしゃぶ丼を手に、感服したように言うティートはスルーすることにして。
レアンと協力し、ラムしゃぶ丼を提供していると――不意に、聞き覚えのある声をかけられた。
「師匠! 会いたかったっ」
「……エリ様のご飯、久々」
一人は柔らかそうな金髪に、新緑の瞳を笑みに細めたティートと同年代の青年で。
もう一人は、青い髪をツインテールにし。大きな灰色の瞳で恵理を見上げている。成人(つまりは十八歳)はしているのだが、見た目は十代前半にしか見えない合法ロリだ。
「サム……ミリー……?」
パーティーでの元後輩二人(とは言え、ランク的には二人ともAランクとSランクで恵理より上だが)の登場に、恵理は呆然と立ち尽くした。