第6話
やっと新キャラが登場しました。今後のストーリーでどんな風に絡ませようか考えています。
思ってたよりも文字数がいつもより多めなのでまとめるのが大変でした。
〈第6話〉
教室に入るとなにやら騒がしかった。今朝のあれが原因だろうか。
しかしよく聞いてみると全員が本当だと思っている訳ではないらしく。クラス内で二つの派閥が生まれていた。真実派と虚偽派で議論が繰り広げられている。
虚偽派はあの映像はCGだの精巧に作られた着ぐるみだったとの意見が出され、対して真実派は猫に特殊な訓練を積ませ、秘密裏に製造された薬を投与されていると主張する。よくもまぁそこまで熱くなれるものだと思ったが、どうせそのうち熱が冷めて飽きるに違いない。それまでは自分たちの意見や主張をぶつけ合うことで学校生活を楽しみ青春を謳歌するのだろう。
なんとなく羨ましいとは思うもののだからといって、あんな風になりたいかと問われればそうでもない。僕はただ平穏に過ごせるならそれが一番だと考えている。正直僕はどちらの派閥にも属する気など微塵もない。なにせ家に帰ればその喋る猫がいるのだから。
もしも派閥に属するならば真実派に所属するべきか、それとも新しく第三の派閥を立ち上げるべきか。そうなると名前は存在派というのはどうだろう。なんてくだらないことを考えていると予鈴が鳴った。
いつも通りホームルームが始まり担任が出席を取る。今日は誰も欠席者がいないと思ったが、点呼を取った時に返事をしなかったやつがいる。空席の主は征次郎だ。やけに静かだと思ったが、彼が遅刻するとは珍しい。
その数分後、廊下から誰かの足音が聞こえてくる。ここに向かって走ってきているらしい。それはピタッと教室の前で止まると、勢いよく扉を開いて入って来る。
「遅刻だぞ近衞」
「すいません、ちょっと野暮用があって」
「ほう?理由と内容次第では考えてやってもいいぞ」
「本当ですか!いや〜、実は登校中に変な猫に捕まってなかなか離してくれなかったんですよ。でも話すと結構気が合うやつで、その後俺たちはすっかり意気投合して気がついたらこの時間になってて」
彼は気づいてなかったが、話を聞いていた担任の顔が険しくなっていた。助け舟を出してやりたかったがすでに手遅れだった。
「というわけで今日遅刻してしまいました。先生、俺の遅刻は無かったことにしてもらえますよね?」
「お前、頭でも打ったのか?とにかく却下だ、そんなくだらない理由だとは思わなかった。わかったらさっさと席につけ」
「どこがくだらないのですか?」
「なに?」
彼は認められなかったことが不服だったのか、認めてもらうまで諦めきれないらしい。往生際がわるいやつだ。あれに立ち向かおうとする勇気は認める。けどもうやめるんだ。それ以上抵抗すればお前はまたあの部屋に連れて行かれてもおかしくない。次はもっと長く入る事になるんだぞ。
僕は声を大にして言ってやりたかった。しかし彼を庇えば僕も無事では済まない。
だからここはグッとこらえて見守ることだけしかできない。こんなやつが友達ですまない。本当は言ってあげたいがやはり自分の身がかわいいのだ。
「確かに猫とじゃれあって遅刻したことはくだらないかもしれません」
「あぁ、そうだな。そんな理由では遅刻は取り消せない。そもそも猫が喋るわけがないだろう」
担任の言うことは正論だった。正論ではあるが一部を除いて喋る猫は存在する。コジロウや大臣猫たちのように。
さきほど彼女は存在を認めない考えの発言をした。ならば虚偽派なのか。いや彼女の場合、そもそも興味がなくくだらないの一言で片付けてしまうだろう。
「でも、本当に猫が喋りかけてきたんですよ」
「くどい。それ以上言うなら遅刻だけではすまないからな」
彼女の鋭い眼光にさすがの彼も無理だと理解したらしく大人しくなった。あのまま引き下がらずに続けていれば前回と同じ轍を踏むこととなったであろうが、今回は違ったようだ。どんなやつでも学習するのかもしれない。よほどこの前ので懲りたらしい。
それから担任の話が再開されると、社会科の担当だった暦先生が行方不明になり、急遽代理の先生が代わりを務めることになるとのことだった。
単なる偶然だとは思うがあまりにもタイミングが良すぎる気がして、また嫌な予感がした。
今朝の猫の帝国の声明発表に征次郎が鉢合わせたという猫、そして教師の失踪。憶測でしかないがどれも無関係とは思えない。だが、まだ憶測の域を出ない以上、今はなにも言えないのも事実だった。
とくに征次郎には聞きたいことがあったが、残念ながらこれから授業が始まるため昼休みまでお預けとなった。
午前の授業が始まり、いつもと変わらない日常に安心感を覚える。このままなにも起きなければいいのに。そんなことを考えているといまフラグが立ったのではないかと思った。ダメだ、一度考え出すと止まらない。余計なことは考えまいと我慢していたのに、気になって授業の内容が全く頭に入ってこなくなった。せき止めていたものがなくなりいっきに溢れ出す。
結局、板書はほとんど取れず代わりに意味不明なメモ書きだけがノートいっぱいに埋め尽くされていた。あとで小春ちゃんに頼んで見せてもらおう。
やっと昼休みになり彼に聞きたかったことが聞くことができる、と意気込んでいたのだが教室には征次郎の姿はなかった。肝心な時にいないとは困ったやつである。いつもなら一緒に昼飯を食べようぜと誘ってくるのに、今日はそれすらもなかった。
別に僕と毎日一緒にいる必要があるわけではない。彼もたまには違う人と昼休みを過ごしたい日だってあるはず。でもそれはそれ、これはこれであって僕はどうしても聞かなければならないことがある。
だから探しに行くことにした。彼の居場所についてはあてがないわけでもない。昼休みが始まってから行く場所といえば食堂か売店しかない。
僕は席を立つと教室を出て行こうとすると、誰かに呼び止められる。
「どこに行くのユウくん?」
「ちょっと人探しにね」
話しかけてきたのは小春ちゃんだった。彼女は机に可愛らしいお弁当箱とその横にはなぜか薄紫色の液体が入ったフラスコが置かれている。それは組み合わせとしてはどうなんだ。それにまた薬を調合したのだろうか。気になるところではあったが触れると飲まされかねないのでそっとしておくことにした。
「人探し?もしかして征次郎くんを探してるとか?」
「うん、そうなんだ。昼休みになってからすぐ出て行ったみたいでさ」
「私、どこに行ったかわかるよ」
「本当に!?よかったら教えてくれない?」
「いいよ。でもその代わりはい、これ」
彼女は机に置かれていたあのフラスコを僕に差し出す。それもとてもいい笑顔を浮かべている。
「飲まないとダメかな?」
「彼の居場所、知りたいんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ飲まないとね」
「今回は何を作ったの?それに飲んだ後の効果は?」
「・・・」
彼女は笑顔を崩すことなく無言で見つめてくる。飲まなければ教えてくれる気はないようだ。ここは覚悟を決めるしかない。
僕はフラスコに注がれた何かを一気に飲み干す。謎の液体が喉を通過し、ひんやりとした感覚とほのかに苦味が舌に残った。いつもならこの後に薬が作用するはずなのだが、運が良かったのか何も起こらない。
「あれっ、なんともない?」
「どうだった?私が試作した野菜ジュースのお味は?」
「野菜、ジュース?」
「そう、野菜ジュース」
「薬じゃなかったの!?」
「私は薬だなんて一言も言ってないよ」
彼女の言うとおりだ。僕はただ飲めと言われて薬だと思い込んだまま飲みほした。中身が野菜ジュースだとは知らずに。
「そんなものに入れてるから僕はてっきり薬かと」
「見た目に惑わされすぎだよー」
「だって小春ちゃんが飲ませてくれるものって基本的に薬ばかりだから」
「ひどいなぁ、たまには違うときだってあるよ」
頬を膨らませて否定してみせるが、たまにしか違わないならばつまりそれ以外は薬であることを認めているようなものである。
「それに、目に見えるものだけが真実とは限らないんだよ?」
「誰かの名言?」
「この前読んだ小説に出てきたセリフだったかな」
「小春ちゃん言いたかっただけでしょ」
「まぁね!でも使いどころとしてはバッチリだったと思うよ」
親指をグッと立ててさらにドヤ顔を決める。言ってやりたいことはあったが彼女の楽しそうな様子に言葉を飲み込んだ。そんなことよりも彼の居場所を聞かなければならないことに気がつく。
「ところで征次郎はどこにいるか教えてくれない?」
「覚えてたんだ。残念、うまくごまかせると思ったんだけどなぁ」
「忘れるわけないよ。そのためにあれを飲んだんだからね」
「冗談だって、ちゃんと約束通り教えてあげるから安心して。彼が行ったのはね」
やっと居場所が判明しかけたその時だった。ちょうど探し人が教室に帰ってきた。彼の手には焼きそばパンらしきものが握られている。
「なんだなんだお前ら、俺抜きでずいぶんと楽しそうじゃないか」
「征次郎いままでどこにいたのさ」
「どこってそりゃ」
「売店だよね!」
「おっ、よくわかったな小春」
「まぁね〜。だって今日は焼きそばパンの日だからね」
「もしかして曜日ごとに違うの?」
「そうか、お前は売店に行かないから知らなかったのも無理ないか。うちの学校の売店にはな、専属のパン職人がいるんだよ。もちろん味の良さも折り紙つきさ」
うちの学校にパン職人がいたなんて初耳なのだが。そうと知っていれば僕も売店に通っていたかもしれない。そんなに美味いのなら今度試しに行ってみようかな。
「そういえばユウくんが話があるって言ってたよ」
「そうなのか?それは待たせて悪かったな。それで話ってなんだ?」
「今朝のことなんだけど」
「おう」
「あれって本当なの?」
「あぁ、嘘なんかじゃないぜ。担任はまともに取り合ってくれなかったけどな」
作り話のような話を信じる方がおかしいが、第一教師がそれを認めてしまったら後々面倒なのだろう。
「それで、どんな猫だったの?」
「どんな猫か。そうだなー、強いて言うなら王様みたいな猫、というか自分のことを王だって言ってたぞ」
まさか、彼はあの猫に会ったんじゃ。もしそうなら無事で済むとは思えない。
「その猫の色って綺麗な白色だったりする?」
「いいや、俺が会ったやつの毛並みは茶トラだったぜ」
「そっか、違ったならいいんだ」
少しほっとした。他にも喋る猫が存在する可能性は否定できないが、今わかっている猫の中でもあの白い猫が一番危険な存在だと思う。
「いいなー、私も喋る猫に会ってみたい」
「会ってどうすんだよ?」
「どうするって、もちろん実験に決まってるよ」
「まさかコジローにもそんな目で見てたの!?」
「さて、それはどうでしょう?」
やはり彼女はコジロウを狙っている。しかも貴重な実験体として。あんなやつでもあいつは僕の家族だ、なんとしても守ってあげなくては。
「そんなに恐い顔しないでよ。さっきのは冗談だから」
「本当に?」
「本当に本当」
「わかった、信じるよ」
「小春、あんまりユウをからかってやるな。こいつは猫のことになると冗談が通じないからよ」
「はぁーい。以後気をつけます!」
彼女は気の抜けた返事をして、それからいじってくることはなかった。
彼に聞きたかった話も聞き終わると、昼休みが終わるチャイムが鳴る。午後の授業は集中することができ板書を書き漏らさずに済んだ。
放課後、小春と征次郎は用事があるらしく二人とも先に帰って行った。そのため今日は一人で帰ることに。
廊下を歩いていると向こうから黒服に身を包んだ男性が歩いてくる。うちの学校にあんな教師はいただろうか。
すれ違う際、会釈だけして通り過ぎようとした時だった。
「もしかして君は柊ユウか?」
「そうですけど、あなたは誰ですか?」
「これは失礼、私は黒峰総座だ。今朝連絡があったと思うのだが聞いていないか?」
「名前までは聞かされていません。ただ社会科の暦先生の代理が来るとしか」
「そうか、その代理の人間が私だ」
「そうなんですね。これからよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく」
黒峰と名乗ったその男は今日この学校に来たばかりのはずなのに、なぜか僕の名前を知っていた。教師であれば生徒のことを調べることは難しくはないと思う。しかし、本当に偶然通りかかったのか。それとも何か目的があって接触してきたのだろうか。どうしても疑いの目で見てしまう。
「ところで君は猫を飼っているかい?」
「飼ってますけど」
「そうか、それなら君も気をつけるといい。人の言葉を話す猫は危険だからね」
「もしかして先生は猫が喋ると思っているのですか?」
「彼らは人の言葉を話すよ。今朝のあれも合成で作られたものではなかったしな」
いったい何を根拠にそんなことを。それにこんな話を僕にしたのはひょっとして疑われているのだろうか。あまり余計なことは話さないように気をつけなければ。
「さっき先生は人の言葉を話す猫は危険だとおっしゃいましたが、僕はそうは思いません。猫にだっていいやつはいますよ」
「ほう?なにか知っているような口ぶりだな。まさか、君の飼い猫がそうだというのか?」
まずい、ちょっと熱くなってしまってつい口が滑ってしまった。
「ち、違いますよ。僕はただ全ての猫が悪いと決めつけられることが嫌なだけです!」
「そうか、君は猫が好きなのだな。気を悪くしたなら謝ろう」
「いっ、いえ!別に気にしてないので謝らないでください」
「君はやさしいな。長々と引き止めてしまってすまなかったね。私はこれで失礼するよ」
そう言うと彼は立ち去って行った。
危うくコジロウのことがバレそうになり、一時はどうなることかと肝を冷やしたがなんとか乗り切れた。これからはもっと考えて慎重に発言しなければ、次はないかもしれない。
僕の心臓はさっきまで緊張状態に晒されていたためか、かなり心拍数が高まっていた。それを落ち着かせるために一度深呼吸をして整える。
それから下駄箱に向かい靴を履き替えて学校をあとにした。
まだまだこの作品は終わりませんし、やっと始まったと思っています。あと何話続くかは未定ですがとにかくかけるだけ書いていくつもりです。
それではまた7話で