第5話
今回はこれまでの日常的な話からは離れてシリアスな展開となっています。やっとこのキャラを登場させることができた!とひとり喜んでいます。
〈第5話〉
あれから一周間が経った。僕らは特に何事もなく平穏な日々を過ごせていた。これは二人がちゃんと約束を守っているからだろう。そのおかげで僕の家にマスコミや野次馬が押しかけてくることは一度もない。
しかし、そんな平穏な日々も突然壊れることとなる。
それはコジロウの毎朝の日課になっている猫谷の銀次郎を視聴している時であった。いつものように彼はテレビを独占して時代劇に釘付けになっていた。そして物語の終盤に差し掛かり銀次郎が悪役を追い詰め、お決まりの台詞を言いかけたところでいきなり映像が途切れる。
「にゃあ!?銀次郎が消えたでござる!これから盛り上がっていいところだというのに、ご主人!早く直してくだされ」
「はいはい、わかったよ」
彼はご立腹のようだ。早く映るようにしなければまた何を言い出すかわかったものではなかった。ひとまずテレビに近づき原因を調べてみる。
「そんなに古いやつではないから故障とは思えないけど、どこかが接触不良を起こしてるのかな」
僕は手当たり次第にプラグを差し込んだり抜いたりしてみた。
「どうコジロー?直った?」
「映らないで、ござる」
悲しげなトーンで返事が返ってきた。そろそろ番組の終了時間が迫っているからだろうか。僕はてっきりもっと怒って『早くやるでござるよ』と急かされると思っていた。
とにかく直ってもらわなければ困る。もし映らなくなれば彼がどんな行動に出るかわからないからだ。新しいものを買えとねだられるか、それともスマホで見るからよこせと言われるかもしれない。それは困る。だからこうやって必死になっているわけだが、素人ではさすがに限界があった。
どうしよう、まったく直りそうにないぞ。しかしこの状況で駄目でしたなんて口が裂けても言えないし、でも他にもう打つ手はない。やるだけのことはやったのだから素直に謝ろう。
僕は作業の手を止め諦めようとしたその時だった。
「映ったでござる!!」
「えっ!?本当に!!」
僕は慌てて彼の元に戻り確認する。
確かに画面には映像が映されていた。しかしそこに映し出されていたのは時代劇とは似ても似つかないものだった。
ただ僕はいつも見ているわけではないので、ひょっとしたらこういうこともあるのかもしれないと思い一応彼に聞いて確かめてみる。
「ねぇコジロー。これも猫谷の銀次郎に出てくるの?」
「違うと、思うでござる」
毎日欠かさず視聴している彼が言うのなら間違いないだろう。それよりも彼の表情がいつにも増して真剣に見えた。また野生の勘というやつだろうか。僕もなんだか胸騒ぎがしていた。
いま僕らが見ているのはどこかのお城にあり玉座の間だった。しかし日本では海外に現存しているような洋風の城は存在していなかったはずだ。だから今映されているものは即席で作られたセットだと思っていた。
そして、さきほどまで誰もいなかったはずの玉座に一匹の白い猫が座っていた。その両隣には黒と白の二色でスーツを着ているような猫が白い猫を守るかのように静かに佇んでいる。さらに本来ならば猫は座る時には地に四つの足をつけているはずだが、黒白の猫は後ろ足だけで立っている。
最初に見た時、これは何かの演出だろうかと思っていた。じっと動かないこの猫たちは何者かによって訓練されていなければ同じ姿勢を続けるのは難しいはずだ。
「これからなにが始まるんだ?」
何の説明もなく無言を貫く猫を見つめることしかできなかった。そろそろ司会者が出てきて番組の説明があってもいいはずである。どう考えてもこの状況はおかしい。猫好きには問題ないと言う人もいるかもしれないが、僕もそれには同意できなくもない。
それよりもだ。問題なのは映像が切り替わってからここまで人の姿を一度も見ていないことである。まさかとは思うが番組を猫に丸投げして、自由気ままで気まぐれな彼らの様子を垂れ流し続けるつもりだというのか。確かに猫派にとってこれほど嬉しいことはないだろうが、猫が癒しを与える存在とはいえ、ずっと見るのもなにか精神的に来るものがありそうだ。
僕はすでにその状態に片足を突っ込みかけていた。
「ねぇコジロー?」
「なんでござるか?」
「ちょっとチャンネルを変えてみてもいい?」
「いいでござるよ」
彼は素直にリモコンを譲ってくれた。拒否されるのではないかと思ったが、さすがに番組の終了時間がとっくに過ぎていたからだろうか。彼も諦めがついているようだ。僕は受け取ったリモコンを片手にボタンを押してチャンネルを変えてみる。
あることが気になって一つ試してみたいことがあった。もしかすると他の所も同じ状態なのではないかと。
僕の思った通りだった。どのチャンネルにも同じ映像が映されている。いたずらにしては少々おふざけが過ぎるのではないだろうか。もし冗談抜きでこのようなことをしているのだとすれば、非常にまずい事態ということである。
それから数分後のことだった。
胡散臭い見た目の猫が画面に現れる。なにやら文書のようなものを持っている。さすがにこの光景を目の当たりにして驚くことはなかったが、さっきの猫と同じくこの猫も二足歩行をしていた。二本の足で歩き、前足で物を掴むとくれば次はあれしかない。この猫も人の言葉を喋る。
予想通りだった。猫は文書を広げるとそこに書かれているものを読み上げ始めた。ひとまずあの猫のことを大臣猫と呼ぶことにする。
「初めまして愚かにゃるニンゲンどもよ。我々は猫の帝国である。我々はこの国の首都の一部を占領し支配下に置かせてもらった。そしてそこに新たな国として猫の帝国を築かせてもらったにゃ」
僕が住んでいる所は首都の中心部からは少し離れてはいるが、猫の帝国が同じ場所にあることには違いなかった。
「我らが王である始祖様は、貴様らニンゲンの国が帝国の支配下に入ることを望まれている。猶予は三日とする、それ以上は待たない。いい返事が聞けることを期待しているにゃ」
猫が僕ら人間に前代未聞の事態である。あの可愛い生き物が人類に反旗を翻すなど誰が予想しただろうか。宣戦布告とも取れる帝国側の宣言にこの国はどう対処するつもりだろうか。最悪の場合、猫と人の戦争が始まりかねない雰囲気だ。さすがにそうはならないと思いたい。きっと国のお偉いさんたちが平和的に解決してくれればいいが、向こうは攻撃的な姿勢をとっている。なにごともなく事態が収束するとはとても思えなかった。
これまでずっとだんまりを決め込んでいたコジロウが口を開く。
「母、上?」
「コジローいまなんて言ったの?」
「なんでもないでござるよ」
なぜか彼は誤魔化した。僕の聞き間違いでなければ、彼はいま確かに『母上』と言った。気になってはいたがそろそろ家を出なければ遅刻してしまう。とりあえず学校に行く支度を急いで整え玄関へと向かう。
「じゃあ、学校に行ってくるね」
「・・・」
僕の声が聞こえていないのか彼は返事もせず、ぼんやりとテレビを見つめ続けていた。さっきの始祖と呼ばれていた猫が気になっているのだろうか。それに彼が言った『母上』という言葉。僕はコジローの生みの親を知らない。なぜなら彼は捨て猫だったからである。
もし本当にあの猫が母親だとしたらやっぱり彼は帰りたいのかな。僕は一人モヤモヤしながら登校することになった。
物語はやっと半分ぐらいだと思います。最終話でどんな終わり方にしようか考えながら進めています。
それではまた次回で。