第4話
今回は柊家に友人が訪れます。さてユウとコジロウはどうやってこの危機を乗り越えるのか?是非読んで確かめてみてください。
〈第4話〉
あれから一日が経った。僕は気持ちをそわそわさせながら来客を待っていた。別に友達が遊びに来るというだけなのだが、特に時間の指定はされていなかったが、そろそろ彼が家に来るだろう。
なぜこんなにも僕が落ち着かないのには理由があった。それは現在我が家のヒエラルキーのトップに君臨したコジロウが喋るようになったことだった。猫が喋る姿を他人に見られるのはかなりまずい。
なんといっても今日家に来るのはあの征次郎だ。彼がその光景を見たらどんな行動をとるか予想がつかないことも問題だった。場合によっては彼の記憶から存在まで抹消しなければならない事態に発展する可能性もありえる。もちろん半分は冗談だが、前者に関してはやらざるを得ない時はためらわずにすみやかに遂行しなければならない。
僕だってできるならこんなことをしないで穏便に済ませたい。だから昨日は家に帰ってからすぐにコジロウと打ち合わせというより取引をしたのだが、これがなかなか大変だった。
時は昨日に遡る。
僕は飼い猫と明日のことで打ち合わせをしていた。普通ならば人が猫に話しかけて一方的に喋ることが一般的だと思う。だが我が家の猫は違うのだ。目の前にいる彼は言葉を話すし返事もする。もちろん人間の言葉で。だからこそ面倒なのである。
「お願いコジロー!明日一日だけでいいから普通の猫のふりをしてくれない?」
「ご主人もおかしなことを申されますにゃ。拙者はこれが普通でござるよ」
「コジローにとってはそうかもしれないけどさ、他の人から見ると普通じゃないの!」
「そもそもなぜ拙者が猫のふりなどせねばならないのか疑問でござるよ」
彼の言うことは至極真っ当である。猫に対して猫のふりをしてくれと頼むことの方がおかしいのは理解しているが、それでもこのおかしな願いを聞いてもらわなければ困るのだ。
「もし僕のお願いを聞いてくれるなら、コジローのお願いもなんでも一つ聞くから」
「では、一週間分の缶詰めを」
「えっ?」
「これから一週間の朝食は缶詰めにしてくれるなら考えてもいいですにゃ」
「一週間ってことは7個も用意しろってこと!?ちょっとそれは多いよ」
「では朝昼晩の方がよかったでござるか?」
「わかった、一週間の間朝食は缶詰めを用意するよ」
「さすがご主人!」
買わないという選択肢は存在していないらしい。いや選択肢そのものが最初から無かった。
「その代わり」
「わかってるでござるよ。普通の猫らしく振舞えばよいのでござろう?」
「本当に大丈夫?」
「なめてもらっては困りますにゃ、拙者猫を被ることに関してはかなりの自信があるでござるよ」
「そうだといいけど」
彼は自信があるとそう言ってはいるが、正直不安でしかなかった。必ずどこかでボロが出る予感がしてならない。隠し通すことができるのならもちろんそれに越したことはないのだが、飼い主である僕は彼を信用しきれていなかった。
「ところで明日来るのは誰でござる?」
「征次郎だよ」
「あの無礼な男でござるか」
「無礼な男って、征次郎のことそんな風に思ってたの?」
二人の間になにがあったのだろうか。無礼な男と言うくらいなのだからよほど嫌がることをされたことは想像がつくが、それすらも把握していない自分が飼い主としてすこし情けなく思う。
「あの男はなんの断りもなく拙者の急所である腹に手を当て、必要以上に撫で回してきたのでござる」
「そんなことされてたんだ」
これまで何度か征次郎が家に来たことはあったが、そんな場面を目撃したことがなかったのでやっぱり思い出そうにも思い出せなかった。
「あれは万死に値するでござるよ。いさぎよく切腹させねば」
「まあまあ、征次郎も悪気があってやったわけじゃないと思うよ」
怒りがヒートアップし思いっきり毛を逆立てた彼をなだめる。その後、落ち着いたのか毛づくろいを始める。
「じゃあ明日は頼むよ」
「任せるでござる。大船に乗ったつもりでいるといいですにゃ」
こうして僕は缶詰めと引き換えにコジローとの話し合いもとい取引をして明日を迎えることになったのである。
そして時間は現在に戻る。
到着を知らせるベルが室内に響く。どうやら征次郎が家に来たようだ。
「いらっしゃい征次郎と、あれ?」
扉を開けて客人を迎え入れる。僕の勘違いでなければ今日来るのは彼一人だったと思うのだが、なぜかその隣には招かれざる客が同席していた。
「おはようユウ君!」
「お、おはよう。あれ?どうして小春ちゃんがここに?」
「ここに来る途中偶然こいつに会ってな」
彼は頭を掻きながら答える。
怪しい、本当に偶然なのだろうか。僕は探りを入れてみることにした。
「偶然ねぇ。征次郎来るときになんかあったの?」
「な、なにもねぇよ」
彼は目を逸らしながら答えるも動揺は隠せないでいた。間違いなく何か言われたにちがいない。大方魔女様に『私も連れていってくれないとまた薬を飲ませるよ』なんて脅されたところだろう。しかしここまで来てしまった以上いまさら追い返すことなんてできるはずがない。
「もしかして私が来たら迷惑だった?」
「ううん!全然そんなことないよ!むしろ大歓迎なくらいさ!どうぞ入って入って」
首を思いっきり左右に振って歓迎の意を示す。本当のことを言えば最悪死に直結するこの状況で彼女に帰ってくれと言えるはずもなく。とにかく二人には家に入ってもらった。
「お邪魔します」
「邪魔するぜ」
もう僕のバカバカ!意気地なし!心の中で自分を責めるが反省するのは全部終わってからだ。いまは目の前の問題と向き合い、そして生きて帰ることが最優先事項である。犠牲を出さずに済むのならそれが一番であるが、もしものときは彼を切り捨てるつもりでいこう。
「征次郎が来ることは知ってたけど、まさか小春ちゃんまで来るから驚いたよ」
「何の連絡もせずに来てしまってごめんね。どうしても今日ユウ君に会っておきたくて」
それはいったいどういう意味なんだろう。少なくとも甘くてピンク色な展開になることはないと断言できる。
「そうなの?」
「うん。実はね昨日何か考え事をしているユウ君を見かけて気になってたの」
嫌な予感がした。僕は急ぎ昨日の記憶を漁る。彼女は僕が考え事をしていたと言っていた。つまり征次郎と別れたあとしかない、ってことはもしかしてあれを聞かれた!?
僕は青ざめた。もし聞かれていたなら記憶を消さなければいけない相手が征次郎ではなくもっと厄介な小春ちゃんになるかもしれないからだ。
「あ、あはは。そうなんだよ、最近なんだが気持ちがそわそわして落ち着かないんだ」
「やっぱりそうだと思った!なのでそんなユウ君のために精神安定剤を作ってきたの」
彼女は満面の笑みを浮かべながら小瓶に入れられた液体型の精神安定剤を差し出す。言うまでもないが拒否権はなかったのでここは大人しく受け取るしかない。
「あ、ありがとう。あとで飲ませてもらうよ」
彼女には悪いがもちろんこれを飲むつもりは毛頭ない。なぜなら服用後になにが起こるかわからないからだ。
前回も征次郎に飲ませた薬の時に関しては本人が自白剤だと思っていたものが下剤だったことがあった。これも精神安定剤と書かれたラベルが貼られてはいるものの、今回も中身が記述通りではない可能性を否定できないのである。僕は受け取ったそれを棚にしまった。それもなるべく目の届かない奥の方に。
「それよりもさ、コジロウはどこにいるんだ?」
「リビングにいなかった?」
「探したけどいなかったぞ」
「そっか。どこに行ったんだろうね」
そういえば二人が来てからやけに静かだなとは思っていたが、あの猫はどこに身を潜めているのだろう。別に隠れろとまでは言ったつもりはないはずだが。
「なぁご主人〜?この缶詰開けてもいいでござるか?」
突然台所から現れたそれに全員の視線が向けられる。なんというタイミングで登場してくれたんだこのお猫様は。あれほど喋らないでくれとお願いして、さらに取引まで交わしておいてこれか。なにが大船に乗ったつもりでいるといいだよ。あぁ終わった、最悪の結末だ。
「い、いまそいつ喋ったよな!?」
「私も聞こえたよ!!」
二人は猫が喋ったことで驚き落ち着かないようだ。そして、うっかり喋ってしまったことのまずさに気がついたのか、コジローは硬直して置物のようになっていた。
さてどうしたものか。僕は頭をフル回転させて対処法を考える。
やはり当初の予定通り二人の記憶を抹消させるか、それともコジローを抱えて逃亡生活を送るべきか。いやいやどっちも無理だろ、リスクが大きすぎる。だったらここでとるべき対処法は、
「偉いねコジロー!缶詰が食べたいから自分で持ってきたんだね」
どうにか誤魔化してこの場を乗り切るしかない。だがコジローは気がついていないのか依然として固まったままである。そこは気づいてくれよ!声を大にして叫びたかったがここは抑えて我慢する。声がダメならと僕はウインクして合図を送る。やっと理解したのか彼は、
「にゃ、にゃぁー」
緊張していたせいかなんともいえぬ鳴き声が室内に響いた。これで上手く誤魔化せたと思えないが二人の反応はどうだろうか。僕はとりあえず様子を窺う。
「なんだ俺の勘違いか、猫が喋るわけないよな」
「そうかなぁ、私は絶対にこの子が喋ったと思うんだけどなぁ」
「空耳だって」
やはり征次郎は誤魔化せたが、小春ちゃんはそう容易くはいかないか。まだ疑い続けている彼女はじっとコジローを観察している。見つめられている彼の方はピクリとも動かずに佇んでいた。その姿はまるで蛇に睨まれたカエルのようだ。
両者ともに見つめ合いしばらく動かない時間が続いたが、先に動いたのは彼女の方だった。
「あのね、君にあげたいものがあるんだけど」
そう言って彼女が差し出したのは薄茶色の粉末だった。まさかそれも自作の薬ではないのかと思い止めようとしたが時すでに遅しであった。すでに封は切られていた。そしてそれはキャットフードの上にまんべんなくまぶされる。
あぁ、コジロー。君まで彼女の被害者になってしまうのか。飼い主として守ってあげられなくてすまない。
彼はおそるおそる近づき匂いを嗅ぐ。やはり警戒は怠らないのは動物らしいというかなんというか。その様子を見て僕も少し安心したのだが、
「ん?この匂いはまたたびか!これはかたじけない。うむ、やはり美味いな!なかなか気がきく娘ではないか、なぁご主人?」
目を輝かせながら嬉しそうに話しかけてくる。
さっきまでの警戒心はどこに消えたんだよ!次こそ本当に終わった。もう無理だ、大人しく白旗をあげよう。
「やっぱりこの子喋ったよ!」
「マジかよ!こんなことってありえるのか!?」
「ニャッ!?」
相手の策にはまったことにやっと気がついたのか猫のふりをしようとするも、無意味だった。
お前と言うやつはまったくもう!せっかく人がなんとかして誤魔化そうとしていたのに、なぜまたやらかしてくれたんだ。どうしてこうも上手くいかないのか。二度も喋る姿を見られてしまってはこれ以上隠し通すのは不可能だ。
「なぁ、ユウ。なにか俺たちに隠してることがあるよな?」
「お友達に隠し事するような悪い子にはお薬を飲ませてあげないとね」
二人は不気味な笑みを浮かべながらジリジリと僕の方へと近づいてくる。こういう時に結託されるとかなり厄介な存在だと思った。
「わかった!わかったから落ち着いてよ!あと、小春ちゃんはその手に持ってるものを下ろして」
それから僕とコジロウは二人が納得のいくまで質問攻めにあった。コジロウが人間と同じように言葉を話せる秘密も他言無用という条件付きで明かした。特に征次郎には絶対に他の人に話さないでと強く念を押した。
そして二人が帰ったあと、コジローがしょんぼりしていた。昨日あれほど大口を叩いておいて失敗したのだから無理もない。しかし、らしくない姿を見るのはあまり気分がよくなかった。
だから僕は、『バレたのがあの二人でよかったよ、他の人だともっと騒ぎになってただろうしさ。それに僕以外に人間の話し相手が増えてよかったじゃん』と言って慰めてはみたが、彼は『そうで、ござるか?』と言って尻尾を垂らしたまま寝室へと消えていった。
心の傷はそう単純には癒えないようだ。マタタビには簡単に釣られたくせに。やめよう、彼を責めても何も始まらない。それにしばらくはあの状態が続くと思うとこっちまで憂鬱な気分になってしまう。
もし明日も落ち込んでいたら普段よりももっと優しく接してあげよう。今の彼では張り合いがないし楽しくない。けどあいつのことだ、今日のことなんてすっかり忘れて朝食の缶詰めに舌鼓を打っている気がする。
僕はひとまず彼についてはそっとしておくことに決め、それぞれの時間を過ごしてその日は終わったのである。
そろそろほのぼのとした話も一旦お預けにしようかと考えています。次回からやっとストーリーが大きく動きだすのではないかと思います。
それではまた次回で