プロローグ〜第1話
お久しぶりな方も初めましての方もいるかもしれませんが、どうも鉢猫です。
前回は『切って、結んで、からまって』という作品を書いていました。未読の方は是非そちらも読んでくださると嬉しいです。
今回新しく書くことになった『お喋りねこ』なんですが、実はこの作品あるアプリで台本として投稿させてもらったものを小説用にリメイクしたものなんです。
リメイクとは言っても初見でもそうでなくてもクスッと笑える作品になっているのではないかと自負しております。
〈プロローグ〉
もしも、飼っているペットが人間の言葉を話せるようになったら僕ら人間の世界にどんな影響を与えるのだろうか。話せるようになることできっといいこともあるだろうし、もちろん悪いこともあると思う。
けど、仮にもしも人間の言葉で彼らと会話を交わすことができるなら僕は実現してほしいなと思っていた。こんなことを考えたのは決して酒に酔って浮かんだものではないと言っておきたい。
ペットを飼ったことがある人なら誰だって一度はそういうことを考えてみたことくらいはあると僕は思う。
でも今思えばどうしてそんなことを考えてあんな願いを叶えてほしいと口に出してしまったのか。
だがこの時の僕はまだ後悔することになるとは思いもよらなかった。
〈第1話〉
「にゃーにゃー」
猫の鳴き声がする。僕が飼ってる猫のコジロウだ。きっと僕に朝ごはんをはやく用意するように要求しているのだろう。でも、眠気に勝てない僕はなかなか布団から出ない。
「あと、五分だけ」
そう言って猫に待てを要求してまた夢の世界へと戻ろうとした。だが、猫にそんなものが通用するはずもなく、
「ご主人、いつまで寝ているつもりでごぞるか?もうお天道様は上っているでござるよ」
人の言葉を話し僕を再び現実世界へと戻そうとする。
「ご主人?」
いま誰が喋ったんだ?今この部屋にいるのは僕とコジロウの二人しか居ないはず。
僕は慌てて体を起き上がらせると猫の方を見る。
「もしかしていま、喋ったのって」
「にゃー?」
僕の問いかけに猫は首をかしげてなんとも気の抜けた返事をしただけだった。
「なんだ気のせいか」
どうやらさっきのは聞き間違いだったらしい。
きっとまだ目覚めたばかりで寝ぼけていたのだろう、そう思いながら寝癖でくしゃくしゃになった髪を直しながら洗面所へと向かう。
鏡の前に立ち眠気が少し残っている自分とにらめっこする。あれは本当に空耳だったのだろうかとどうも気になっていた。
「まさか、ね」
顔を洗い眠気と一緒にモヤモヤした考えも洗い流してリビングへと戻る。
「おまたせコジロー!いまご飯用意する、ね」
一日に二度もそんなに連続して驚かされることがこれまでにあっただろうか。いやきっとない。
ではいったい何に驚いたのかというと、なんと猫が二足立ちしてテレビを見ていたのだ。そんなに驚くことかと言いたくなると思うが僕もそれだけならこうはなかった。
彼はなんとテレビのリモコンを持ち、さらにボタンを器用に肉球で押さえてチャンネルまで変えている。
僕はこの光景をただ呆然と眺めているだけでいいのだろうか。ここはやはり現代日本人らしくスマホを片手にこの一部始終を録画して某動画サイトに投稿したのち広告収入を得るべきではと考えたがやめることにした。
どうせ投稿したところで合成だとか嘘だろと言われるのがオチだとわかっているからだ。それにもしもこのことが世間に知られて有名になったら、政府の怪しげな機関にコジロウが連れて行かれて実験され最後には解剖されるかもしれない。
そんなことは絶対にさせてたまるものか。君は僕が絶対に守ってあげるからね?あぁかわいいいよコジロー、好きだ!愛してる!もう結婚しよう!!
おっといけない、猫を好きすぎるあまりつい暴走してしまった。
猫に対する熱い思いにちょっと気色悪さを覚えつつもしばらく観察を続けて見ることにする。
猫の感情表現には鳴き声や尻尾などでなんとなくわかる。うちのコジローも例外なくそうなのだが、テレビを見ながら長い尻尾を右に左にとゆらゆらさせながら振っている。
なかなか気に入る番組が見つからないのだろうか、いやそもそも人間用に作られているのだから猫向きには作られているわけではないのだしそこは仕方がないと思う。
それよりもだ、リモコンをどうやって持っているのかが気になってしょうがなかった。
多分アレだ、ドラ◯もんの手のような原理で持っているのだと思う。もしくは肉球が進化してタコみたいな吸盤がついていて吸着させているとか。それはそれで興味深いけど、じゃなくて!
僕が一人葛藤していることなど露知らず、コジローは目的の番組が見つかったのかじっと眺めている。ちなみに態勢はそのままでリモコンも話さずに持っていた。
彼が見ている番組はどうやら時代劇らしい。なんとも渋いチョイスだと思ったがここは口に出さないでおくことにした。
番組のタイトルは猫谷の銀次郎というらしい。ちょうど悪役との対峙するシーンだった。
主人公である銀次郎が悪役に向かって台詞を言い始めるのと同時にコジローも合わせて喋りだす。
「この猫じゃらし、散らせるもんなら散らしてみろぃ」
コジローは一言一句間違えることなく決め台詞を完璧に言い切った。
うん、やっぱり喋ったね。今度こそ聞き間違いではないと胸を張って断言できる。
「おはようコジロー。いまご飯用意するね」
「やっと起きられたかご主人。拙者待ちくたびれたでござるよ」
「ごめんごめん」
僕を起こしに来た時もそうだったけど、彼のあの侍口調が気になっていた。きっとさっきまで見ていた時代劇に影響されたのだと思うけど、なんとなく言わない方がいい気がして言えなかった。
「それに拙者カリカリには飽きたでござるよ」
「いつも普通に食べてたじゃん」
「あれは我慢していただけでござる」
「知らなかった」
なんということだ。これまで与えていたものを気に入って食べてくれているとばかり思っていたが、完全に僕の勘違いだったらしい。
「じゃあカリカリがダメならなにがいいの?」
「拙者、缶詰めを所望する」
なんと贅沢な猫だろう。しかし缶詰めを毎日提供できるほど僕の懐に余裕はない。
だから、
「缶詰めは高いからだーめ」
「にゃー」
「こんな時だけ猫っぽくするのは反則でしょ」
「そのようなことを申されても困りますにゃ」
「どうして」
「拙者猫ですから」
「そうだった」
これは一本取られた、というよりそもそも猫に猫っぽくと言ったことがそもそもおかしな話だった。
「別に無理に用意してくれとは言いませぬが、缶詰めをくださらないのであればその時は」
「えっ、なになに?」
彼は可愛らしい表情だがこれから言わんとすることに僕は嫌な予感がした。
「ご主人が拙者に普段していることをご近所さんから町中の人に振りまかせてもらうでござる」
彼はニヤリと笑い勝ち誇ったように見えた。
その言葉を聞き僕はこれまでの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。そして僕の秘密が万が一漏れた場合に起こりうる最悪な状況が頭に浮かび冷や汗をかく。
なんとしてでもあれだけは門外不出でなければならない。
「それでご主人、どうするでござる?」
「どうするってそれは、」
なんと狡猾な子に育ってしまったのだろう。僕はそんな風に育てた覚えはありません。
けど、この取引にNoと言えるはずがなく、
「わ、わかったよ!用意します用意させてください」
これが敗北の味、まさか飼い猫に味あわせられることになるなんて思いもよらなかった。
「わかってくれて嬉しいでござるよ」
尻尾を揺らめかせながら満面の笑みを浮かべて喜ぶ姿を見せたのは言うまでもない。
しかしペットが言葉を話せるようになったことで、普段の行いに気をつけなければならなくなったのが飼い主としては厄介なところではある。
こうして僕はしゃべる猫とのちょっと変わった生活が始まったのだった。
またゆっくりとですが投稿していこうと考えています。よろしければお付き合いくださいませ。
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それではまた次のお話で