第十四話閑話
「なーノーナ」
自室でストレッチしながらノーナに尋ねる。
ノーナはベッドの上で漫画を読み、
ワンワンオは俺のパソコンで熱心にドラファ7をしている。
クーラーは27度設定だ。
「なによ」
「もっさんってさー本名マクシミリアンなんだろ?」
「そうだけど何?」
「もっさんじゃなくてまっさんじゃねえの?」
「……」
ノーナの漫画を読む手が止まる。
「……まっ……さ……ん」
不穏な気配を察したワンワンオの耳が立つ、
俺はストレッチを終え、筋トレに入った。
「リーファーさんはりーちゃんで違和感無いけど、
マクシミリアンでもっさんは……」
「最初のMしかあってねぇ」
その言葉に心底驚いたらしいノーナは目を見開き、口をあけた。
気付いてなかったんかい。
「うー……もっさんに言ってモデリアーニに改名してもらうかな……」
「まてまて。使い魔になる前からの名前だろ?」
「うーどうだろ……使い魔にして言葉喋れるようにしたら
まず、みんなに名前を聞くんだけど……」
ノーナは漫画を放り出して頭を抱えだした。
「じゃあ、獣のころは名前は無いのかな」
「あるはず……いや、ないのかなぁ……わかんない」
ワンワンオは聞こえないふりをしてドラファ7を続ける。
俺は筋トレメニューを進めるべく、腕立てを開始した。
「えっ?ああ、分かった。聞いてみる」
急にノーナが宙を向き会話しだした。
使い魔の誰かから報告がきたらしい。
「ねーねー、サタニスト教会ジャパンって何?」
……?なんだその某エックスなんとかみたい名称は……。
余談だがベーシストの端くれとして
タ○ジさんのプレイは凄いと思う。
一生真似できないだろう……。
「しらんな。やっぱり悪魔関係?」
「うん。もっさんがあげてた心霊動画あるでしょ?」
「あれ見て、もっさんとこに連絡してきたんだって。りーちゃんから今報告きた」
「あー。もしかしてお前が暴れまわってたやつか……」
こないだのもっさん恋愛事件のときに
ノーナが暴れまわったネット配信を
録画したユーザーに動画としてあげられて
とんでもないヒット数を記録したのだ。
もっさんもノーナに許可を取り、別に公式として同じ内容の動画をあげたのだが、
それもかなり再生数が伸びている。
「それはどうだろー。他にも心霊動画百数十本つくったからねー」
いや、どう考えてもあれがダメ押しだろうな。
「で、その何とかジャパンをどうかしたいの?」
「いや特には」
「ふーん」
腕立てを終えた俺は、背筋を開始した。
「地球に悪魔教ってのは元々あってね。古くは秘密結社として
今は正式に活動してる人たちもいるみたいね」
「ふーむ。検索して調べてみるか」
ワンワンオにどいてもらって
俺はパソコンのネットブラウザを立ち上げた。
まずは悪魔教からささっと検索だ。
カチャカチャッ、ターンッ。
よし、今日もエンターキー押す音は絶好調だわー。惚れるわー。
「ふむふむ。アントン・ラヴェイって人が宗教として始めて
マリリンマンソンとかも牧師なんだな。初めて知ったわ」
そこが悪魔教本流なのかまではしらない。
「マリリンちゃんはかわいいわよ。
悪魔の子供たちに甘いポップスとして大人気ね☆」
「うん……。その辺りは知っちゃうとめんどくさそうだから
そこまででな」
「えー。ぶーぶー」
あまり踏み込むとやばそうである。
「で。"サタニスト教会ジャパン"を検索っと。お、公式サイトあるな」
「見せて見せてー」
ノーナが寄ってきて、パソコンを覗き込む。
「へー。なんだかふつうね」
「うん。教義としてはしごくまっとうだわ。
要するに個人としてふつうに生きよう。って言ってるだけだな」
現代の悪魔教とは、生き辛さを抱えるマイノリティに対して
人間として賢く真っ当に生きようと教えるものらしい。
「つまんなーい。もっとこう狂気と破壊に恨みと血と殺戮がー」
「いや、そんなん必要ないんだろうな。
サイトを読み込むと現代をまともに生きるだけで
ある意味、アンチキリスト的になるって言いたいぽいわ」
「うー。もしかして私の考えって古いのかなー」
「どうだろな。現実に破壊や殺戮はあるし
紛争地帯をお前の先輩も飛び回ってるらしいからな」
「そうだよねっ☆」
「いや、励ましたつもりはない……」
目を輝かしたノーナに見つめられてうんざりしながら
俺はサイト内をさらに調べる。
「ふむふむ。サタニスト教会の日本支部なのね。
それでジャパンか」
「サタニスト教会タンザニアとか
サタニスト教会モザンビークとかもあるのかな」
「ん?なんでアフリカ東部の国?」
「いや、勤務地に近くて休暇でよく行ってたから。景色が綺麗で☆」
「そうかー」
海外旅行は一回しか言ったことない俺は
ノーナの旅行自慢話を華麗にスルーしつつ、サイト内の調べを進める。
「支部長は山田茂太郎さんね。
丸坊主に禿げ上がった強そうな強面の爺さんだな」
「んー。まあまあかな。
おっさんの方が遥かに人間的に空っぽね」
山田さんの顔を覗き込んだノーナがさらっと失礼なことを言う。
33年間の人生を振り返ると死にたくなるような
濃い黒歴史しかない俺だけは舐めるな。
「あとは信者さんが、にっこりして写ってる集合写真もあるけど
みんなイケてるリア充っぽくて、どこが悪魔教やねんって感じだな」
とはいえリア充を目指していた悲愴な黒歴史もある俺としては
リア充はリア充なりに大変であるということも
多少は知っているつもりだ。
「ふーん。興味なくなった☆」
「うん。だろうな。普通だもん」
ノーナは再びベッドにあがり、丸まっていたワンワンオに腰掛けて
横に積んである漫画を読み始めた。
最近は真人間の弟(結婚済み。子供あり)が実家に置いていった
数百冊の漫画を読み漁っている。
……しかし、その表面上は普通なサタニスト教会が
リアル悪魔のノーナが映った動画に反応して連絡してくるとは……。
何かありそうだな。
ま、いいか。俺には関係ないし、
もっさんたちが上手く捌くだろう。
数時間後に、再びリーファーさんから連絡が来た。
また接触があったらしい。
「是非、悪魔のわたしと会いたいんだって」
「ん?なんでお前と会いたいの?」
つまりあの動画だけ見て、ノーナが悪魔だと気付いたということだよな。
「わかんない。悪魔に詳しい人がいるのかな」
「あー、もうめんどくさい。ちょっと会員全員の記憶かえてくるわ」
言うが早いが、ノーナは座っていたワンワンオの上から消えた。
「ふう、めんどくさかった」
十秒で帰ってきたノーナは、首をコキコキ鳴らしながらのたまう。
「迷惑かけてないだろうな」
「うん。あの動画関連の記憶だけ封印してきた」
「ならいい。ところでさ、まっさん問題はどうなったのよ」
「……まっ……さ……ん」
ノーナの動きが不意に止まり、
不穏な気配を察したワンワンオが顔を上げてシャキッとなる。
しまった、いらんこと言うた。
「うーモクシミリアンにするーモリッシーとかでもいいー」
「ノーナ的には本名であるマクシミリアンより
愛称のもっさんの方が大事なんかい」
「うん☆」
「……じゃあさ。もう見なかったことにしよう」
納得はいかないが、白黒つけない方がいいこともあるよな。
「そうねっ☆」
ノーナは嬉しそうに漫画を読み出して
空気が緩まったのを感じたワンワンオは
再び丸まって寝始めた。




