第十三話もっさんの恋 後
「りーちゃん、おっさん、中でまっててね」
ノーナは車から幽霊マンションの駐車場に降り立つと
両手を広げて目を閉じて
「はい、集合ー!」と空を向いて叫んだ。
すると周囲から、影しかない子供や
真っ黒なススの塊のような霊体や
顔が半分無いスーツのリーマンの霊等が集まってくる。
俺はリーファーさんの顔の前をとっさに手で隠した。
「大事な部下が来てるから、しばらくマンションの外に散ってて貰える?」
ノーナのその言葉に全ての霊体が同時にコクンと頷き、
マンションの駐車場外に散っていった。
……まだ昼間だし、ご近所に迷惑をかけてないと思おう……。
三人で乗り込んだエントランスのエレベーターは
いつもの不気味な駆動音ではなく
スムーズな音で九階まで俺らを上げた。
三人で合鍵を使い、もっさんの居る角部屋へと入る。
「もっさーん」
「どうもーおじゃまします」
「……」
もっさんは留守だった。
「あれ?もっさんどこいったんだろ。りーちゃん知ってる?」
「把握していません」
「おいノーナ。"しばらく旅に出ます"って書置きが……」
「もっさーん……」
放送機材にデカデカとテープで貼られたその書置きを見て
ノーナは床にへたりこんでしまった。
よほどもっさんの失踪が堪えたようだ。
「ま、まあ、床に座ってるのもなんだし、リビングに行こう」
ノーナも引っ張ってきて座らせ、
みんなでちゃぶ台を囲む。
お茶を入れながら問う。
「もっさんってか、使い魔って時々失踪するもんなの?」
「……それはない……」
ノーナはちゃぶ台に突っ伏して呟く。。
「私が代弁いたしますと、我々使い間は精神的に強靭です」
「じゃあ、なんでだろう」
「耐用年数による経年劣化……」
「はい。ノーナ様のかけられた魔術の効力が切れて
狂いだすことはありますね」
「そのときはどうするの?魔法をかけなおすの?」
「……廃棄処分……」
ノーナは突っ伏したまま激しく泣き出した。
「もっさ~ん……うわああああああああああああん」
「……」
俺はかける言葉がないので介抱はリーファーさんに任せて
しばらくベランダに出ていた。
泣きつかれて眠っているノーナの肩を撫でている
リーファーさんに質問する。
「本当に耐用年数なんですか?」
「……」
「リーファーさん、本当は何か隠してないですか?」
「……わかりました。ご主人様は
一度こうして寝られると一日は起きません」
「なので今が、話すべきタイミングなのかもしれませんね」
ため息をついたリーファーさんは観念したように話し出した。
「もっさん……本名マクシミリアンは、恋をしています」
お、おう……まさかの恋愛が原因なのか。
「……変な質問かもしれませんが、相手はやはり狸ですか?」
「いえ、人間の女性です」
うーむ。そうか、使い魔も人間に恋をするんだな。
「異種族間ということですよね?」
「ということになります。それで彼は悩んでいるのです」
「ご主人様に話してしまうと、
その女性に様々な迷惑をかけるでしょう?」
俺は力強く頷く。ノーナなら面白がって催眠術でもっさんと
むりやりくっ付けるとかやりかねん。
「なので隠し通すほか無く、相談できる相手も私だけで、
しかも異種族と言う壁もあるわけです。
彼の深い苦悩たるや……ご友人様も想像できると思います」
「そうですね……秘めないといけない恋
というのはきついもんですよね……」
冴えない上に収入の無い男の恋愛のつらさを舐めんな!
……しまった。今のは関係なかった。
いらんこというた。
「今もっさんはどこにいるんですか?」
「私の家でかくまっています」
やはりそうか、リーファーさんが相当サポートしていたんだな。
「とりあえずノーナは、布団敷いてここで寝かせて、
リーファーさんの家まで行きませんか?」
「マクシミリアンも、ご友人様と話がしたいと言っていました」
よし、決まりだな。
俺とリーファーさんは協力して、
放送機材などがあるもっさんの部屋のベッドを整え
エアコンを入れ、ノーナをそこに移動してきて寝かした。
これだけ快適にしたら、寝苦しくて起きることもないだろう。
それから素早く戸締りをし、マンションから出て
駐車場に停めてある車に乗り込む。
「リーファーさんの家は、どのあたりですか?」
「ここから十五分くらい走ったところの河辺にあります」
わが街は北東部の海辺と南側の山に囲まれるようにできている。
大きな三本の河が山から海まで流れている。
そのうちの一本の河の近くがリーファーさん宅みたいだ。
ちなみに人口5、60万人くらいはだった気がするが、今はどうか分からない。
マンションから車で幹線道路を北上していくと
河辺に古い住宅地があった、河のすぐそばにある
ボロボロの二階建ての家の駐車場に停め、玄関から入る。
庭に置かれたでかいバイクは、リーファーさんのものだろうか。
「マクシミリアン!ご主人様のご友人を連れてきたわよ」
「おお、リーファーすまん。ご主人様はどうした?」
「一時間前から、回復睡眠に入られているから大丈夫」
「そうか、しばらくは安心だな」
「こんにちは。もっさん。大変でしたね……」
「はい……ご足労をかけて申し訳ないです……」
「とりあえず、ノーナ起きるまでに何とかしたいんで
さっそく詳しい話を聞かせてもらっていいですか?」
「わかりました。ではこちらに」
80年代風の作りの狭いが機能的なキッチンに通されて
テーブルに座る。
さっきからテンヤワンヤだった身としては、
もっさんが出してくれた冷たい麦茶が旨い。
「で、いきなりなんですが、相手は誰なんですか。
ネットの有名配信者?まさかテレビで知り合った芸能人?」
「いえ、私の住んでいるマンション近くの
コンビニで働いている方です」
「……意外ですね、仕事関係かと思っていました」
「そうですか……」
「女性の年齢は?」
「私が見た推測ですが、たぶん三十代くらいでないかと」
もじもじしているもっさんの代わりにリーファーさんが答えてくれる。
「ふむふむ俺と同世代ですか。
一応聞きますが、既婚者ではないですよね?」
「はい。指輪をしているのは見たことがありません」
「今日は彼女は出勤していますか?」
「ええ、二十二時までのシフトのはずです」
すでに入念に下調べしているらしきリーファーさんの答えだ。
ふーむ……なら話は簡単だ。
「今日、告っちゃいましょう」
リーファーさんともっさんが同時にビックリした顔をする。
「どのくらいもっさんが、その人と親しいか分からないですが、
仕事に支障が出るくらいなら、さくっと結果を出してしまった方がいいです」
「でも……私はタヌキですし……使い魔です……」
「異種族とか使い魔なんて愛には関係ないです。
そういうのは付き合うことになったあと、悩めばいいんですよっ」
俺自身がもしもっさんの立場なら
一生もじもじしている自信があるが、他人の重大事とは言え所詮は人事だ!
ここはノーナが起きて大変なことになるまでに
どちらになるにせよ、結果を出してしまう必要がある。
ノーナは俺の心が読めるから、起きてからだと百%やばいことしかしない。
今は無心で押せ。ひたすら事態を押し切るのだ俺よ!!
「よし、リーファーさん、もっさん。
そうと決まれば作戦を立てましょう」
「は、はい……」
「マクシミリアン……悩んでいる暇はないのよ?
ご主人様が起きたら大変なことになるわ」
「わ、わかったリーファー。がんばってみるよ」
「いくつかアイデアというか、選択肢思いついたんでいいですか?」
まずは告白方法から
1.電話番号を書いたメールアドレスを渡す
2.直接会って告白する
「んー。紙を捨てられたらそこで時間切れでアウトですね。
ご主人様が起きます」
「わかりましたリーファーさん、じゃあ、直接ですね」
つぎは告白場所
1.レジで
2.仕事が終わるのを待って
「レジはお仕事のご迷惑になるので、できれば避けたいです」
「了解です、もっさん。その方の勤務が終わってすぐですね」
そして告白の雰囲気
1.壁ドン等を交えて強引に
2.ナチュラルを装って
「向こうは顔を知っているのですか?
もっさんはそのコンビニの客としては長い?」
「ええ。客としてはよく通っているので、かなり顔見知りだと思います」
「ではそのイメージでナチュラルに切り出してみますか」
「マクシミリアン。いつものジャージではなくて
スリムなジーンズに新品のシャツとサマージャケットとかどう?」
「さすがだ、リーファー。さっそく買いに行こう。
つきあってくれるか?」
「喜んで」
リーファーさんも希望が見えてきて嬉しそうだ。
「よし。話もまとまったみたいだし、俺は一旦家に帰りますね」
二人が真面目な顔で頷く。
「あと留守番しているワンワンオにも事情を話して、
何か起こったときのための救援要請してきます。
あいつはヘルハウンドですが、話がわかるいいやつですから」
「助かります」
俺とリーファーさんが携帯番号を交換したあと、
もっさんの想い人が居るコンビニの場所と
二十一時半にそこの駐車場に集合ということを
みんなで確認しあってからいったん解散となった。
玄関を開け、二階の自室に上がると
ワンワンオが俺のパソコンでドラファ7をやっていたので
俺はいつもノーナに占領されているベッドの上に上がって
漫画を読む。
「なーワンワンオー、ちょっとゲームやりながらでも
聞いて欲しいんだけど」
「ヴァオ」
「事情があって、今ノーナが眠っててな。
何も聞かずに夜にもっさんの手伝いして欲しいんだわ」
「ヴァゥオ?」
「んーとな。とりあえず俺についてきて指定場所に待機してくれればいいわ。
合図出したら、一般人にも見えるように姿を現してくれ」
「もちろんただとは言わない。こないだ血便が落とした
聖神剣ファルナジャル・スマッシャー改・極+255をやるよ」
「ヴァオ!キューン!」
よし。これでワンワンオの約束はとりつけたな。
ワンワンオがやりこんでいる対人コンテンツで、剣は強武器なのである。
俺としてはまったくいらないけど、、天文学的な入手確率を考えると
なんとなく捨てられない微妙武器が処分できて
倉庫も一枠空くし一石二鳥である。
そしていよいよ、決戦の時間が訪れた。
二十一時半かっきりに
俺、リーファーさん、もっさん、ワンワンオは
もっさんの想い人が居るコンビニの駐車場に降り立った。
俺とワンワンオは俺の車で
リーファーさんともっさんはリーファーさんのバイクに二人乗りで来たのだ。
リーファーさんはバイクスーツに身を包み
涼しそうなサマージャケットで颯爽と降り立ったもっさんは
金とセンスありそうな爽やかな中年風になっている。
二枚目風にヘルメットを外しているもっさんを
店内から見えない角度の駐車場のに停めている俺の車の中にまずは誘う。
ワンワンオは一般人には姿が見えないようにして駐車場内に待機させた。
そしてリーファーさんは、
レジにもっさんの想い人が居るかどうか確認しに行く。
10分ほどするとエコバックを
手に下げたリーファーさんが車中に乗り込んでくる。
「彼女レジにいますね。では計画通り作戦決行で」
「了解だ。リーファー」
「ういっす」
まずは買い物客の振りをして俺が人のまばらな店内に入り
さりげなく漫画を立ち読みする。
チラ見したレジには、三十前半くらいの
サラッとした長髪黒髪を後ろに纏めた綺麗な女性が居た。
うーん。彼氏いるかどうかは微妙なとこだな……。
身奇麗にはしているが、それほど華やかではない……。
うー賀寿明なら一発で見分けるんだろうな……。
あいつが居ないのが、こんなに惜しいのは今日が始めてだわ。
「交代の時間でーす」
「はい、おつかれさまですー」
二十二時きっかりに女性が男の店員と入れ替わり、
俺は作戦開始のメールをリーファーさんに送る。
それと同時に適当なものをレジに持っていって
素早く会計を済ませてもらう。
駐車場に出ると、もっさんが車から出て待機していた。
俺はすれ違いざまに腕をグッと握って
もっさんにエールを送る。
もっさんも同じように返してきた。
そして駐車場の隅で待機しているワンワンオに
酒のつまみ用のジャーキーを与え、
いざというときのために少し指示を出しておく。
車に戻ると待機していたリーファーさんが外に向かって指を射す。
コンビニの裏から女性が出てくるところだった。
もっさんがあくまで自然を装いながら
女性に近寄っていく。
そしてしばらく会話したあとに
少し間が空いて、何かを告げたのが見えた。
女性が一瞬固まって、……首を振った。
もっさんが肩を落とすのが見える。
俺の横でリーファーさんも肩を落としている。
……ふー、神様仏様すいません。
これからいいことも沢山するんで、
ちょっと今からすることは目つぶって見逃してくだちい。
俺は車を出でワンワンオの駆けて行き
裏作戦の開始を告げる。
「すまんね。グラニオスヘッド+99(ドラファ7のレア頭装備)もつけるから
パパッやっちゃってな」
「ヴァ!?ヴァオ!!」
予想外の俺の奮発に喜んだワンワンオは、
駐車場内で一般人にも見えるように姿を現す。
どーベルマンの2倍はありそうな身体に
燃え盛る炎でできた首輪がついていて
むき出しの犬歯からは涎が滴っている恐ろしい様は
ふだんのふぬけた様子を知っていると逆に面白い。
「グルルルルルル!!ガウガウ!!」
「おい!なんだありゃ!!」
俺が大げさにワンワンオに指を射して驚くフリをする。
「みんな逃げろ!化け物だ!」
俺が叫ぶのと同時に
ワンワンオはもっさんの想い人に凄い勢いで向かっていく。
反射的にもっさんが女性をかばう。
そのもっさんにヴァオヴァオと恐ろしい鳴き声を発しながら
高速で甘噛みしまくった後に
「キャーイーン!ワンワンワン……」
といきなりワンワンオは逃げていった。
そして俺はわざとらしく駆け寄り
「だいじょうぶでしたか?!怪我は!」
ともっさんに叫ぶ。
「え…ええ。わたしは無いですが、君は?」
「わ、わたしも無いです」
当然だ。ワンワンオは細心の注意を払って甘噛みしていた。
「よかった。この方があの化け物を
追い払っていなかったと思うと!」
「え……」
戸惑うもっさんに俺はウインクをする。
「……はい。あぶなかったですが」
「彼女さんもよかったですね。こんな強い人と居て」
「え、ええ……」
強引に彼女ということにして
もっさんにダメ押しでもう一回化け物討伐の感謝をしたあと
俺は二人に頭をさげて立ち去る。
車に戻ると、リーファーさんが困惑した顔をしていた。
俺は全力で謝りながら
もし告白が失敗したら、今のをやるつもりだったと説明する。
車の外を見ると、さっきまで絶望的だった
もっさんたち二人の雰囲気が、
不意のハプニングでなんとか再び繋がったようだった。
二人でコンビニ駐車場のベンチに座り
何かを話し込んでいる。時折笑い声も聞こえてくる。
もう大丈夫だな。
もっさんのことはリーファーさんに任せ、
合鍵を借り、一人でノーナの様子を見にもっさんのマンションに行くと
ノーナが寝ているはずのベッドには誰も居なかった。
まさか……!?
と思い居間に飛び入ると
ほっぺたを膨らませたノーナが腕とあぐらを組み
ちゃぶ台越しにこっちを見ていた。
隣にはワンワンオがシュンとした表情で小さくなって座っている。
そうか、お前が捕まって全て吐かされたか……。
「すごーく面白そうなことしてたみたいじゃない……」
「……お、おう」
ノーナ……予定よりだいぶ早く目覚めたんだな……。
「なんで言ってくれなかったのよ!!!」
「い、いや。ほらデリケートなことだしな……寝てたしさ」
「何で私を起こさないのよっ!そんな楽しそうなことにっ!!」
「もー!」
「ま、まあ。紅茶とケーキとかどう……?」
「もらうっ!!たくさんね!」
たべるんかいっ。と思いつつ
俺が冷蔵庫から大量に出したケーキを
端から平らげていくノーナを見つめる。
「なに?」
「いや、上手く言ってよかったなと」
「いってなーい!」
「ま、まあ。そこは俺の顔を立てて抑えてよ」
「うー……今度埋め合わせにつきあってもらうからね!」
「ぐぬぬ、しかたない!一回だけだぞ?」
「やったー!!契約成立ね!」
「ヴァオ……」
フォークをもったまま狂喜乱舞するノーナの隣で
兄さん、悪魔に約束したらあきませんぜ……。
という渋い顔のワンワンオが俺に首を振る。
いや、とはいえせっかくのもっさんの幸せが
壊されても困るしな……。
もっさんはその後、その女性と付き合い始めた。
リーファーさんからのメールによると
今のところは上手くいっているようだ。
それと、意外に全て事情を知った後のノーナが
大人しいなと思っていたら、
実はノーナは予定より早めに起きたあとに
コンビニでの一件を終え、
ドラファ7の新装備にワクワクしながら帰ろうとしていた
ワンワンオを無理やり呼び寄せて、
全ての事情を聞き出したらしく、
その直後の怒りが一番凄まじかったようだ。
ワンワンオにそれとなく訊いてみたが、
聞こえないフリをされ、目すら合わせて貰えなかった。
その様子はもう思い出したくもないらしい。
あとで知ったのだが、
その怒りのエネルギーで起きたポルターガイスト現象で
勝手に開始されたもっさんアカウントのネット生放送配信枠で
何かよく分からない真っ黒な人影が
恐ろしい悲鳴と絶叫を発しながら部屋中を高速で飛び、駆け回り
謎言語で怒り狂う様が数十分配信されていたようだ。
その生放送は、その様子をたまたま録画していた
数名の熱心なもっさんリスナーにより
YO!TUBEでいくつかの動画化をされ
今では全てが数千万ヒットした伝説級心霊動画になっている。




