第二話ウンコマン
「悪魔なのっ!!」
抗議するように両手を下に伸ばし、ちっちゃな拳をきつく握り、
机の上で、自称悪魔のトナカイの妖精の幻覚は、もう一度そう言った。
それを聞いて俺の上がりきったテンションは急激に冷えていった。
なんか三流ラノベの始まりみたいじゃないか。
ラノベというかむしろ活字本なんて殆ど読んだことないけどな……。
「よしおねえちゃん。話は分かったから、まずは机の下に下りようか」
「あと、靴も脱いでくれるとうれしいな……」
抑えた俺の言葉に自称悪魔のトナカイの妖精は顔を赤らめて
「ごめっ……そんな、わたし……失礼なことを……」
そそくさと机の下におり、白いスニーカーを脱いだ。
「とりあえず靴は玄関に置いて、一階の応接間いこ。うまい茶出すよ」
今は真昼間なので、二階建てのこの実家には
仕事熱心な我が家族たちは誰も居ないし
例え彼女が幻覚で、俺が一人で喋っていても心配されることはない。
「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとう」
ティーポットから緑茶を彼女の湯飲みに注ぐ。
「本物の悪魔なんだよな?」
あらためて俺は自称悪魔のトナカイの妖精に訊いた。
「そうよっ!何か文句ある!」
おおお、クソみたいな俺の人生にもとうとうサプライズが!
いや……ちょっと待てよ。
「おねえちゃんが、ただの幻覚やトナカイの妖精じゃないという証明が欲しいな」
「どうしたらいいの?」
「うん、ここに"小説家になるお"っていう大人気サイトがある……」
俺は自室からもってきた無線回線のノートパソコンを開いた。
「あ、ネットは分かる?」
「ばっ、馬鹿にしないでよっ。分かるわよ」
よし、ならば使ってもらおうか、悪魔の力とやらを。
「俺が三ヶ月前、そこに投稿した六十五万字で四十五話に及ぶ長編大作の
"ウンコマン"という傑作があるんだが……」
「……なにそれ……キモ……」
ある寒すぎる夜、閃いた俺は、
それから僅か一ヶ月でこの大傑作を一気に書き上げて投稿した。
「軽くランキング一位になって、小説化オファーも数社はくると思っていたが
評価は散々で、ガチ凹みしてさ……」
今では我ながら文才がないと心底感じている。
だがウンコマンはあくまで俺という個人を超えた
アカシックレコードから書かされた的な歴史に残る傑作なのだ。
俺の小説家としての力が足りなかっただけなのだ。
いつかお前らにも完全版を読ませたい。
「それをどうしたらいいの?」
「大人気にしてほしい」
「えっ?それだけ?世界征服とか億万長者とか酒池肉林は?」
自慢じゃないが、俺はそういうのにはあまり興味はない。
小市民というか小無職なのだ。
「そういうのは、まだいいかなぁ……」
「わかったわ。でも叶ったら寿命三ヶ月分もらうね」
「んー。まいいか。どうぞ」
本物の悪魔だとしたら、そういうのもあるよな。
この先も大していいことは無いだろうし、
三ヶ月早く死ねるなら、むしろダブルでお得だ。
彼女がブツブツと短く聞き取れない呪文を唱える。
「よし、いいわ。更新ボタン押してみて」
俺はブラウザの更新ボタンをクリックして驚愕した。
"小説家になるお"トップページの観閲者ランキング一位に
"ウンコマン"があるではないか。
うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
今までのクソみたいな人生で一番楽しい瞬間かもしれない。
俺はそそくさと"小説家になるお"のサイトに、三ヶ月ぶりのログインをした。
「あれ?」
俺のアカウントページの
"ウンコマン"の欄には相変わらず絶望的な評価と
それに吊り合わない様な長大な駄文が横たわっていた。
「……」
パソコンの画面越しに彼女をチラ見すると
テカテカしたドヤ顔で旨そうにお茶を飲んでいる。