第十三話もっさんの恋 前
「ふー暑いわねー。嫌になるわー」
クーラーがガンガンに聞いた部屋でノーナが漫画を読みながら言う。
「ヴァオワウ」
ノーナに座れている丸まったワンワンオが"ほんとそっすよー"と応える。
無職で実家住まいの俺は、かかる電気代が申し訳ないのと
体調管理もかねて暑すぎて死にそうなとき以外は
クーラーなど入れないのだが……。
「なんか面白いことないかなー」
クソオンゲドラファ7をしすぎてエコノミークラス症候群が怖い俺は
血行を良くするストレッチをしながらとりあえず聞き流す。
「ねーねー。せっかくだしもっさんのとこでも遊びに行こうか。
最近もっさん何故か元気なくてねー。生放送も少ないのよ」
「あついからじゃね?」
「ヴァウウワ」
俺とワンワンオはもっさんは多分暑さにやられているだけから
ほっとこうよという意志疎通が一瞬でできたが
ノーナは全然聞いていないようだ。
「よし、おっさん、ワンワンオ!いくわよ☆」
「ワウ……」
「えー……」
ノーナに引っ張られるように俺は車の運転席に乗り込んだ。
ワンワンオはノーナから後部座席にぎゅぎゅうに詰められて苦しそうだ。
助手席のノーナは
「日本の夏の雲ひとつない青空って素敵☆」
とクーラーがガンガンに効いたドライヴに目を輝かせている。
そうこうしているうちに例の幽霊マンションの駐車場についた。
降りてすぐ「きゃはははははっ」という真っ白な数体の子供の人影とすれ違う。
真昼間からまあ、なんというか……ごくろうさまです。
ワンワンオを引っ張り出したノーナが、
「さ!おっさんもワンワンオも九階のもっさんの部屋よ!」
というが早いかワンワンオの背中にのって、九階の外廊下に一気に跳躍して入っていった。
なぁ……これドライブしてきた意味あるんか……。
俺はエントランスからあの不気味な気配を感じるエレベーターに乗って
九階まであがる。
角部屋のもっさんの部屋のドアをあけて
入り込むと、ノーナとワンワンオが呆然としていた。
「何、このゴミ屋敷……」
たしかに部屋に一升瓶やら、ポテチの袋やら
脱ぎ散らかされたジャージやら捨ててない生ゴミやらが散乱していた。
「……もしかしたら生放送用のセットなんじゃねえの?背景ゴミ屋敷ってウケるんじゃない?」
「そうだったらいいけど……」
俺とノーナは放送機材のあるはずのもっさんの部屋のドアをあけてみる。
「うは」
「酒くさ……」
そこには、全身獣の毛が生えたタヌキヘッドの人間型クリーチャーが
トランクス一丁でイビキをかいて仰向けに寝ていた。
部屋中、一升瓶とビールの缶だらけである。
奥の壁にあるパソコン含む放送用機材は辛うじて汚れていないが
他はもう酷いもんだった。
とりあえず俺らは寝ているもっさんはほっといて、
全ての部屋の窓を開け放ち、
酒缶をまとめてリサイクル用ゴミ袋に入れ
数十本の一升瓶とあふれていた生ゴミ袋を玄関にまとめた。
「ワンワンオが居てくれて助かったわ……」
「ヴァウ!」
嬉しそうにワンワンオが吼えて
その大きな鳴き声にもっさんが部屋から起きてくる。
ジャージとTシャツを着こんではいるが、タヌキヘッドのままである。
「ああ、ご主人様でしたが、お友達もどうもこんにちは」
「もっさんー……どうしたのよー……」
本気で心配そうなノーナは涙目である。
「ああ、ご心配をかけてしまいましたか……申し訳ありません」
もっさんも背を丸め、恐縮している。
そのまま二人とも何も言わないので、
俺とワンワンオが二人をリビングまで押すように連れて行く。
座ったまま無言の二人を見ながら
俺がお茶っ葉を台所から探して入れる。
ワンワンオがちゃぶ台に、口を使って器用にティーカップを並べた。
三人と一匹でちゃぶ台を囲む。
「もっさん何があったんですか?」
喋らない二人の代わりにまずは俺が口火を切る。
「ご迷惑をおかけして……申し訳ありません」
下を向いて、もっさんはさっきと同じことを繰り返す。
ノーナも口を結んでいる。
「暑さですか?」
静かに首を振るもっさんに、俺は質問を畳み掛ける。
「仕事のストレスですか?配信とか大変でしょ?」
俺もネット民の端くれなので、匿名の有象無象の底意地の悪さは
それなりに見てきたつもりだ。
なので、ネット専業で仕事として成り立たせている人は素直に凄いと思う。
「いえ、仕事はとても楽しいです。最近放送できなくて心苦しい限りです」
その口調は無理して言っている感じではなかった。
うーむ。だとしたら何だ。
「あれ!りーちゃんは?」
ノーナがいきなり思いだすように言う。
「リ、リーファーさんは私の仕事のために外出している最中です」
あらもっさんが少し動揺したぞ。
「ノーナ、リーファーってだれよ」
「使い魔のウサギのりーちゃんよ。もっさんのサポートにメキシコから私が呼んだ子」
ああ、なんか前にそんなこと言ってたな。すっかり忘れてたわ。
「りーちゃん居たら事情もわかったんだけどなぁ」
それ以上話も進まないようなので、
さきほど分類したゴミをノーナの魔力で
清掃センターのゴミ処理機の中に直接ワープさせて片付け、
俺たちはもっさん家をおいとました。
帰り車の中で(ノーナは日差しが暑いのでワンワンオに乗って帰りたくないらしい)
助手席にチョコンと乗ったノーナは外の景色を見るでもなく
「魔力の欠乏……いや、耐用年数……まさか……」
一人でシリアスな顔をしてよくわからないことを呟いていた。
後部座席に詰め込まれたワンワンオが
「クゥゥン」
とヘルハウンドらしくない鳴き声をあげる。




