第十一話おさんぽ 後
一時間ほど車で走り、我が、山だらけの田舎県のさらにド田舎スポットに近づいてきた。
賀寿明によれば、どうやら数十年前に打ち捨てられた廃寺のようだ。
車の中でやつが語った内容によれば
「百数十段の石階段をのぼったら、腐り落ちた門がありまして
その先に広い境内があります。能内さんが(ノーナが作った自分の偽名w能内里奈てwww)
霊感があるのなら入った瞬間に面白いものがたくさん見られると思いますよ」
「へーどんなですか?楽しみだなあ☆」
ノーナ改め、能内女史が目を輝かす。
「それは見てのおたのしみっす。先輩は零感でしょ。見えるかなあ」
バックミラー越しに後部座席の俺をいじる賀寿明に苦笑いで返す。
先日のもっさんの住む幽霊マンションに行ったあたりから
俺もそういう場所へ行くと、時々変なものが見えるようになってきているのだ。
とはいえ無職で霊感持ちとか何かダサいので、
できるだけ、マテリアルワールドの住人であろうと心がけている俺だ。
「さ、つきましたよ」
広い駐車場に到着する。見回すと
汚らしいコンクリート建て便所の
電灯の周りをでかい蛾が数匹飛んでいるのが見える。
それを見て賀寿明が皆に予めのトイレを勧め、
「あそこのトイレは、何も居ないからだいじょぶっすよ」
などと早くも能内に霊能者ぽく助言したりしている。
全員トイレも行き終わり、懐中電灯を手に持ち
水やカロリーメ○トなどが入ったナップザックを何故か俺が背負い
賀寿明は能内の手を取って
駐車場の近くにある小さな林道に入る。
ふくろうが遠くで「ホーッ」と鳴き、
蛙や鈴虫の声などもそこら中から聞こえる。
あまり整備されていなさそうな林道を
十数分登っていくと、例の石段が見えてきた。
電灯で照らすと所々石段が崩れているのが見える。
錆びていそうだが、鉄製の手すりは左右にあるようだ。
「さあ、みなさん軍手をつけたら登りますよ」
賀寿明が俺のナップザックから軍手を取り出すように指示して
俺はガイドに素直に従い、みんなに軍手を渡す。
軍手で錆びた手すりを掴んで長い石段を恐々と登っていく。
一歩間違ったら滑って落ちそうだ。
「みなさーん。足元に注意してくださーい」
賀寿明の言う"みなさん"に俺は含まれていないような気がしたが
俺も足元を注意することにして慎重に登っていく。
神経をすり減らしながら、
百数十段の石段を登りきると左右に腐り落ちた門の壁が出迎え
その先には、辛うじて形を保っている廃寺と
荒廃した広い境内が広がっていた。
石畳の歩行道は、ところどころ割れ
左右に等間隔に配置された灯篭は一本しかしかまともに形が残っておらず、
奥に見える鐘をついていたであろう大きな鐘楼は屋根が半分以上無い。
「よーし、少し休憩しますー。そこら中に住人が居ますが
気にしないでくださーい。何もしてきません」
賀寿明の言葉で周りを見回すとたしかに
人や獣の形をした黒い影に白い影にと、十数体の"住人"が蠢いていた。
「せんぱーい。すいませんお水ください。飲みながら周囲を調査してきます」
賀寿明は水を受け取ると、廃寺の背後の方に歩いていった。
その隙に能内が近寄っても話しかけてくる。
「まーまーだねー。ジャパニーズ文化としては面白いけど
歩いているのはユーレーとも言えない無害な残思ばかりだし」
「まあな。もっさんやシヴァルザークよりは面白くはないわなw」
文句を言う能内に俺も少し同意した。
というか……無茶苦茶なもんこいつに見せられすぎて麻痺してるだけな気もする。
「廃寺の中はまだ行ってないから、そっちに期待しとくかな」
賀寿明が廃寺の後ろから出てきたのが見えたので
俺と能内は、さっと離れて休憩しているふりをした。
「もうばれてるとは思うんすけど、実は仕事も兼ねてるんすよ……」
賀寿明が後ろ頭をかきながら恥ずかしそうに言う。
……今日、やつが稼いだ金で今度旨いもん食いに連れて行って貰うか。
「ざっと調べてきたんですけど周囲は大したことないですね」
「きちんと環境整備して、明るく綺麗にすれば歩いている
"住人"は皆去るレベルだと思います」
能内もウンウンと頷いている。そんなもんなのか。
「問題は廃寺の中っすね……お釈迦様と言えど神様なんで
神様が抜けた寺社仏閣は大体、同じぐらいの別なものが入っているんです」
能内もウンウンと頷く。俺はへーっと話を聞くだけだ。
「けっこう大きいお寺ですよねここ?以前は沢山の人の信仰心が集まってたのでは?」
「いいとこ突きますねー。能内さんさすがっすよー。
つまりですね。廃寺の中に居るものもそれに比例して"やばい"ってことです」
俺は口を開けてへーっと言うしかなかった。
「ささっ、心の準備ができたら、皆さんいきますよー」
そんなやばい所に素人の俺らを同行させるとは
霊能者としてよほど自信があるんだなーと、
俺は口を開けたまま賀寿明についていきながら思った。
廃寺の正面の縁側についている五段ほどの階段を登り、
本堂の立て付けが悪くなって引っかかっている雨戸を
賀寿明と俺の二人がかりで開ける。
「ギギィ……ゴリゴリゴリ」と嫌な音を立てて戸は開き
中には荒れ果てて、ところどころ穴が空いていると二十枚ほどの畳が敷かれ
奥にある大きな仏壇には、当然だが仏具は何も無かった。
「あれ、何もなくねぇか?」
拍子抜けして奥に入っていこうとする俺を右手で制した賀寿明が
「……いや、います……やばいっすわ」
と普段見ない鋭い目つきで呟く。
後ろに居る能内をふと振り返ると、目が輝いている。
やべぇな……ノーナがワクテカしている時は相当危険だわ。
俺、帰ろうかな……。
グルゥ……
子供のときに動物園で聞いたライオンみたいな鳴き声がする。
ゴラァワウ!!!ヴァオ!!ヴァオ!!
辛うじて獣のものだと分かるおぞましい鳴き声を発しながら、
目の前に巨大な黒犬が姿を現す。
体長数メートルで眼球は真っ赤、首の周りに火で出来た首輪がかけられている。
むき出しの長く尖った黄色い犬歯に噛まれたら一発で絶命しそうだ。
「ヘルハウンド……」
「ヘルハウンド☆」
絶望的な顔をした賀寿明と、嬉しそうな能内の声が被さる。
「こ……これは集団討伐案件でしたか……しまったな……どうしよう」
想定外だったらしい賀寿明のうろたえぶりを無視して
能内が俺達をすり抜けてヘルハウンドの前に出て行く。
「能内さんっ!あぶないっすよ!!」
賀寿明の静止も無視して、
能内は威嚇しているヘルハウンドの前に立って
犬歯の前に手のひらを上に差し出し言う
「お手☆」
その瞬間、威嚇していたヘルハウンドが口を閉じ
媚びるような上目遣いになって、右前足を乗せてきた。
「よーしよしよし、いい子~いい子」
そのまま甘えるように足元に擦り寄ってくるヘルハウンドの
耳の裏や顎の下を能内は撫でてやっている。
俺と賀寿明は、その光景をポカーンと眺めるしかなかった。
一通りヘルハウンドを撫で回し、手なづけた能内は
「この子もらっていい?」
と賀寿明に向かって言う。
「いや……いいっすけど、……え?ヘルハウンドもらうんすか……?」
賀寿明も何がなんだか分からないようだ。
俺は嫌な予感しかしない。
「あ、ごめん。おっさん限界だわ。賀寿明さん、私ノーナなの」
「え……ノーナって、まさか……あの悪魔の?……?」
察しがいい賀寿明は速攻で気付いたようだ。あーあ。俺はしらねえぞ。
「迷惑かけない身体を新しくつくったのよ。
でー、言わないつもりだったけど
あまりにかわいいワンちゃんが居たから、もういいやーって☆」
個人的にはもう少し黙ってて欲しかった……。
ノーナに撫でられて伏せているヘルハウンドは気持ちよさそうである。
「……先輩、あとで話があるっす」
「お、おう……俺はめっちゃ反対したんだぞ……」
実は反対する間もなかったんだよ!!頼む……察してくれ賀寿明……。
能内が実はノーナと聞いてから、微妙に膝や手が震えている賀寿明を支えながら
俺は石段を降り、駐車場にかえった。
お寺に残ったノーナはヘルハウンドに乗って夜空を一周してくるらしい。
かわいいワンちゃんを貰って、悪魔の先輩に自慢できると言って大喜びしていた。
俺は帰りの車内で運転しながら(無職だがミッション免許はあるのである)
後部座席で震える賀寿明にこってり絞られていた。
怒られながら夜道を走っていると、天井がゴンッという音を出して車が沈み
賀寿明が「ひいっ」と悲鳴を上げる。
俺が「ノーナ。上にのんな」と呟くと車は軽くなる。
フロントガラス越しに夜空を見あげると
ノーナとヘルハウンドが炎を吹き上げながら
月を背景に駆けていった。




