空想mammography
マンモグラフィーって言葉は、造語なんだそうです。ウィキに書いていました。
その日私は健康診断を受ける為に、病院に向かった。
そこは初めて行く病院だった。
「では、まず保険証をもらえますか?」
「あ、はい」
私は受付で鞄をがさごそした。
その病院は何故だか知らないけど、受付が二階にあった。
子供の頃、私のすい臓が駄目になって移植をした際、しばらく入院していた病院は受付が一階にあったので、なんだかとても不思議な思いがした。あとすい臓の際の病院は院内のいたるところに不思議な人間の像が建っていた。裸のとか。でもその日健康診断で行った病院にはそのようなものは無かった。
「・・・」
すこし寂しい気がした。
普段、病院に行かない人間からすると、病院というのはとても不思議な場所であると思う。私もすい臓関連の際に行ったきりで、それ以降は病院にはかからないで大丈夫な生き方をしている。
「●●さ~ん」
「あ、はい」
私だ。呼ばれた。
「ではまず、血圧を測りますねえ」
受付にいた眼鏡で美人な看護師かどうかは分からない人はそう言って私に笑いかけてきた。
「・・・」
キュン死するかと思った。
咄嗟に頭の中で同人誌的なAV的ななんかそういうイメージが花咲いた。まあ、いやらしいイメージだ。
その日の健康診断では、今まで無かったマンモグラフィーという項目が追加された。
「マンモグラフィーご存知でいらっしゃいますか?」
と、いうような説明を採血の際に受けた。
「あ、はい」
とはいえ、その時私は自分の血管から血が抜かれていくところに夢中だったのでまったく聞いていなかった。
だってエロかわナースガールが私の腕に針を刺して、そこから黒赤い赤黒い液がなんか管に溜まっていくんだもの。
「うひょー」
ってなるじゃん。
それにいくら普段病院に行かない、ニュースも見ない、新聞も社説以外読まない、世間の情勢なんて何も知らない私でも、マンモグラフィーの事くらいは知っている。以前ウィキペディアで見た記憶がある。とりあえずポルノグラフィティじゃない。
『mammography』
マンモグラフィーというのは乳癌早期発見のための乳房X線撮影の手法、あるいはそのX線写真を撮影する機械の事を言うのだ。
うん。
ウィキでそんな風に書いてた。
うん。
その後、エロかわナースガールに導かれるまま私は身長体重を測ったり、視力を測ったり、聴力を測ったりした。
身長が伸びていた事に歓喜し、体重が増えていた事に悲観し、視力検査の黒いCみたいな奴を見ていてミスドの『チョコリング』『チョコレート』『ダブルチョコレート』が食べたくなったり、聴力検査の高音のピーを聞いて暗闇の中に一人でいるような気持ちになりなんとなく心細くなったりした。
「じゃあ、後はマンモグラフィーと先生の診断だけですねえ」
エロかわナースちゃんは言った。
「あ、はい」
その時ふと気がついたんだけど、エロかわナースガールちゃんエロかわいい胸の辺りに名札がついていた、そこには『桃井小麦』と書かれていた。
「こっちでえすう」
それから私はそのエロかわナース小麦ちゃんに連れられてその病院の最奥部っぽい場所に連れて行かれた。
そこに、
『マンモグラフィー室』
と書かれたプレートの付いたドアがあった。
「ここでえす」
小麦ちゃんは言った。
「あ、はい」
私はそのドアを見て心の中で『注文の多い料理なんとかみたーい』とはしゃいだ。
中に入ると、マンモグラフィーの機械らしいマシンが部屋の中央にでんと鎮座しており、なかなかふてぶてしいオーラを放っていた。
「じゃあ、上を脱いでくださあい」
小麦ちゃんは言った。
「あ、はい」
私は言われるままに自分の上半身にまとわり付いていた布を全部脱いだ。
「はい、じゃあこちらにきてくださあい」
「あ、はい」
そして小麦ちゃんに言われるまま、機械の前に立ち、そして私はその日人生初のマンモグラフィー検査を受けた。
「以前からかかっていた病気等はありませんか?」
私の前に座っている先生が私の事をを見て言った。
それは最後の検診だった。マンモグラフィーの検査も無事に終わり、この検診さえ終われば、健康診断ももう大団円となる。
「あ、はい。ありません」
私は答えた。
これが終わったらお酒を買いに行こう。
私はそんな事を考えていた。
「マンモグラフィーの検査はどうでしたか?」
先生はニコニコしていた。
「あ、はい。初めて受けました」
本当に初めてて、どうって言われても困る質問だったので、私も私なりに答えになるのかどうかわからない回答をした。病院のお医者様である先生を馬鹿にしているとかそういうのではない。神に誓ってそうだ。
「ちなみに、これが貴女のマンモグラフィーの写真です」
先生は突然そう言うと背後に控えていた小麦ちゃんから大きなA4サイズくらいの写真を受け取り、それをレントゲン写真を貼る光っているあのホワイトボードみたいな奴に貼り付けた。
「え?どうしてですか・・・」
マンモグラフィーってそういうことするの?初めてだから勝手が分からないけど・・・。
「これを見てください」
先生は私の質問には答えず、真面目な顔をして指し棒で、貼り付けられている写真の一部分を指した。
「・・・」
私にはそれを見る勇気が無かった。
だってそうだろう?
私は今、この場の空気感が異常である事を察知したんだから。
きっと普通はこんな事ないんだ。レントゲン写真だろうがマンモグラフィーだろうが、検査したその日、その写真を患者に見せるなんてそんな事普通はありえないんだ。なのにどうしてこの先生は今日、さっき撮影した私のマンモグラフィーの写真をここで、この場で私に見せる必要があるのか?
答えは決まっている。
私は・・・、
・・・、
「●●さん?」
「は、はい!」
気がつくと先生はペンライトを私の目に当てていた。私は多分少しの間気を失っていたんだと思う。
「●●さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい、はい大丈夫です」
大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。一個も大丈夫じゃない。何も大丈夫じゃない。ふと実家の両親の顔が浮かんだ。
「せ、先生・・・」
少しの間に私の声がカラカラになっていた。
「何ですか?」
先生は胸ポケットにペンライトをしまいつつ言った。
「あの、私は・・・あの・・・癌なんでしょうか・・・」
マジで?本当に?死んじゃうかもしれない。あ、やばい、私死んじゃうかもしれない。
「違いますよ?」
・・・、
え?
「え?」
私は先生の顔を見た。先生は本当に心から不思議そうな顔をしていた。「え?なんで?」みたいな顔だった。
「この写真を見る限り、癌はありませんけど・・・」
は?
「は?」
私は写真を見た。
それは私の乳房の写真だった。
で、
そこに何か居た。
「先生、これは・・・」
私は写真と先生を交互に見つつ、声にならない声を発した。
「はい、これはマンモスです」
先生は言った。
「マンモス・・・」
何で?
「マンモグラフィーですから」
先生は言った。
病院っていうのは本当に不思議なところだと思います。