シロとクロ ちょっとだけ省吾
なだらかな地形が続く関東平野 茨城県 東に霞ヶ浦 北に筑波山が
近くに鬼怒川が流れ 冬の晴れた日 空気が澄んだ日
東南に富士を望める風光明媚な場所にその家はあった
家の周りには畑ばかりで 一軒だけポツンと建っている
白い壁と黒い屋根の二階建てで 庭には大きな花桃の木が屋根の上に覆いかぶさるように まるで傘を注しているように立っている
毎年 雪が降ったその後 あるいは次の日の晴れ間が覗いた昼下がりの午後
その家から一人の青年と一匹の年老いた猫が ゆっくり家から出てくる
あたり一面真っ白になった畑の方に ギュッギュッと雪を踏みしめて仲良く並んで歩いていく
そしてある所まで行くと一人と一匹は立ち止まり
ゆっくり空を見わたす 新鮮な空気を静かに吸い 白い息を吐く
全身に冷たい空気が染み渡る
しばらく 眺めていると 青年は年老いた猫に話しかける
「今年も見えないね」
年老いた猫は青年を見上げて 答えるように
「ミャー」と鳴いた
そして 「また来年かな」そう言ってまた歩き出し 家に戻っていく
もう何年も続いている 雪が降った時の平穏な一コマだ
私はクロ 雌猫です 体は茶色と白と黒で全体的に茶色なのにクロ
小顔で瞳が大きく シロとか省吾君とか
あッ省吾君っていうのは 私のご主人様
この家の人たちはみんな可愛いと言ってくれるの
この家に来てもう19年 いろいろあった
もうだいぶボケてきている 自分でもわかるようになってきた
ボケてる時は 分からないけど ボケてない時は 分かるの
雨降りのとき 曇りのとき 憂鬱になり始めたときなど
自分が猫か人間かも分からなくなる
そしていつのまにか大声で省吾君を呼んでいるんの
でも空が晴れたり 空気が澄み渡り桜の花が舞い散るような季節
風薫る新緑の季節とか 雪が降ってその後晴れ間が覗いて
空がどこまでも高いときとかは 昔のことを
そう 楽しったあの頃のことを鮮明に思い出す
シロとの出会い 優しかったシロの瞳
省吾君との出会い お母さんとの出会い
病気になった時のシロ お母さんとシロ シロとの約束 雲のシロ
その頃の省吾君のこと お母さんのこと
覚えていることを 今 話しておきましょう
この家に来て もう19年もお世話になっている
この家に来たときは 大変だった そう あれから もう19年もたったんだわ
あの日も 今日の様な雪の日だった
その家の前には 畑や田んぼがあり 裏山は杉林になっていた
家の脇には納谷があり その間は細いなだらかな坂道になっていた
その坂の途中から ガレキが裏山の入り口まで 無造作に置いてあった
前日に今年初めての 大雪が降った
裏山や畑やガレキを 白い雪が覆いつくし あたり一面銀世界にした
昨日とは違い 今日の空は真っ青でどこまでも高く 通り過ぎる風は
何もかも透き通おらせるほど 冷たい
そんな風の中を 一羽の不気味な黒い影が 屋根の上から 雪に埋もれたガレキの間を 真っ黒な鋭い目で じっと凝視している
視線の先には 雪の上をうごめく 小さな黒い影があった
小さい黒い影は 真っ白な雪の上ではあまりに目立ち過ぎた
小さいそれは 雪に埋もれ 雪の中で溺れそうになりながら 必死に進んでいた
黒い子猫だ
どこから来たのか どこで捨てられたのか
生まれて間もないのか ようやく目が開いたのか
震えながら か細い声で ミャーミャーと 親を兄弟を探して鳴いている
すると 家と納谷の間の細い下り坂の先から 子猫たちの鳴き声が聞こえた
子猫はその声に気づき 必死に〈ミャーッミャーッ〉と鳴いた
[私はここよ タスケテ]とでも言っているように 必死に雪の中をもがいていた
屋根の上の黒い影は [バサッ] 静かにゆっくり大きな羽をひろげ
音もなく屋根を蹴った
羽をひろげた黒い影は 羽ばたきもしないまま
静かに鋭くサーッと子猫の上におりていった
子猫は自分の影を覆いつくす巨大な影に一瞬息が止まった
とっさに見上げた その瞬間 子猫は凍りついた
そこには 翼を大きく広げながら 襲い掛かる鋭い口ばしと 刃物のようなかぎ爪があった
カラスだ ギャーッ 鋭く襲いかかる
子猫は勢い良く振り返ったため 体がよじれバランスを崩した
体が傾き 雪の隙間に転がり落ちた
子猫は必至に転げ落ちた
かぎ爪の足はむなしく空をきり 翼をばたつかせながら 恐ろしい声で鳴いた
ガーッガーッガーッガーッ
執拗に追ったが最初の攻撃で獲物を捕らえることは出来なかった
子猫は自分の身に何が起こったのかも分からず そのまま納谷の前まで転がり落ちた
カラスはもう一度屋根に戻り攻撃態勢をとったが
子猫が転がり落ちたそこは カラスの立ち入れない人の世界だった
子猫は体の震えが止まらず か細い声で鳴いた「ミッミャー」
カラスは執拗に子猫から目を離さない
そこには2~3人の大人の人と子供が自転車の荷台に乗せられたボール箱を囲み
何やら怒りながら話しをしていた 子供は大泣きして 大人の腰にしがみついている
子猫たちの鳴き声は その段ボール箱の中から聞こえてきた
「だから猫なんか 飼いたくなかったんだ」
「こんなに 子を産んじゃって 始末しなきゃならない」
「捨てるしかないな」
「嫌だよー せっかく生まれたのに 何で捨てちゃうんだよー」
「しかたがないだろう おまえには育てられないだろう」
「だからって全部捨てることはないだろう おとうさん」
「いつもいつもおまえが猫なんか拾ってくるから こうなるんだろう」
「世話もできないのに 捨てるしかないんだよ」
一番怒っていた人が 振り返った
そこには さっき転がり落ちた子猫がいた
黒い子猫は 震えながら 鳴いた「ミヤーッ」
「チッこんなとこにも まだいたか」
震えていた子猫は 摘みあげられ ボール箱の中に放り込まれた
そこには たくさんの子猫たちが詰められて「ミャーミャー」と悲しそうに鳴いていた
黒い子猫は 初めてたくさんの子猫をみた
仲間なの? 私のお母さんはどこ? どうしてみんなここに居るの?
そう思う間のなく すぐ段ボールのフタをされてしまい子猫たちの周りは真っ暗になった
子猫はビショビショに濡れながら震えていた
が 周りの猫たちの体温で少しは ぬくもりを感じた
あたたかい 初めて感じたぬくもりだった
箱の外ではまだ 大人の大声と子供の泣き声が響いていた
そして ガタン 揺れが始まった 揺れはしだいに大きくなりだしていった
子供の泣き声が 遠ざかっていった
暗い中少し離れた所に 優しく光る眼差しを感じた
その眼差しは揺れている中を ゆっくり起き上がり ふらつきながら近づいてきた
そして黒い子猫に近づき じっと子猫の眼を覗き込んだ
ミャーっ 黒い子猫は疲れと空腹と恐怖で 体の震えが止まらない
覗きこんだのは 白い子猫だった
やがて白い子猫は優しく 震えている黒い子猫の濡れた体を舐め始めた
黒い子猫は 体の震えが しだいに治まっていくのを感じた
すると さっきまでの恐ろしい体験と
今目の前の 暖かい優しい瞳に包まれているギャップに 黒い子猫は涙が溢れた
初めてのシロとの出会いだった
暗い箱は しばらくガタゴト揺れながら どこまでも進んだ
どこまでも続く闇の中と 激しい揺れとで子猫たちは どうしようもない不安と耐え難い寒さを感じた
クロ どうしたんだ 何思い出しているんだ
あっ省吾君 「ニャー」
省吾君はいつの間にか側にいてくれた
雪に反射した光が クロの体や顔に当たりキラキラしている
「また昔を思い出しているのかい」
といいながら やさしく頭を撫でてくれる
どうして省吾君には私が考えていることが分かるのだらろう
「シロはどこいちゃったのかね」
クロの頭を撫でながら 視線を外に移して
一人と一匹 日差しが入る廊下から
真っ青な 高い高い空の中に またあの雲をさがしてる
どこまで行くんだろう どうなるんだろう
脇の白い子猫は黒い子猫に寄り添いながら
ボール箱の穴からこぼれてくる光の外を見ていた
子猫たちは鳴き声も小さくなっていった
突然揺れが止まった
そして ≪バーン≫ 強い衝撃と供に箱は 地面に叩き付けられた
叩き付けられた拍子にフタがあき 二匹ほど 放り出された
シロとクロも衝撃を受け 箱の壁に叩き付けられた
子猫たちが入っていた箱ごと捨てられた
子猫たちはミャーミャーうるさいほど泣いた
捨てた大人は自転車をUターンさせ 後ろ姿になって去って行ってしまった
そこは土手の上で あたり一面真っ白だった ちょうど小学生の下校時間らしく
子供たちがたくさん通る道端だった
子供達は好奇な目を向けながら それでも通り過ぎた
一人の悪戯そうな男の子が 近づいてきた
「おーい みんなー 仔猫が捨てられているぞー」
「みんな 見ろよー」
「ワー ほんとだ かわいいなあ」
と 今まで遠くで見ていた子供たちも 近づいてきた
子供達はキャッキャッ言いながら 撫でたりつついたりした
子猫の中の一匹が 男の子の指を噛んだ
男の子は驚き泣き出した キャー痛いよー
その子は噛まれた手を振り回して噛んだ子猫を振り落した
噛んだ子猫は地面に叩き付けられた
子供たちがイッセイにパッと後ずさりをし 一人の子が石を投げた
「みんな石投げろー」 その子の声でみんな石を持ち 投げた
「こっちの黒いのは小さいから キャチボールしようぜ」
シロい子猫の側にいたクロい子猫を子供がつかみあげた
さっきとは掴み方がちがった
離れた処まで行った子供に向かって黒い子猫を投げた
他の子猫たちは 石にあったたり逃げ出したりしていた
クロイ子猫は子供にキャッチされたが動かなくなった
そのとき 後ろから一人の男の子が全速で走ってきた
「ヤメロー 子猫が可哀そうだろう いじめるなー」
そういうと子猫をキャッチした子にとびかかった
ヒョイと避けられた 男の子は雪の中に前のめりに落ちた
ひるむことなく ムクッと起き上がりまた飛び掛かった
目に涙をためながら あちこち雪で濡れ汚れながら 立ち向かった
その勢いに押されたのか 男の子の手から子猫が落ちた
黒い子猫は落ちた拍子に 気が付いたらしくムクッと動いた
「もういいから帰ろうか かえろ かえろー」
といいながら一人 又一人帰って行った
気が付くと箱の中のシロい子猫と 雪の中に落ちたクロい子猫しか見当たらなかった
黒い子猫は 今までの衝撃と寒さと空腹で だいぶ衰弱していた
男の子は「大丈夫だからしっかりするんだよ」と二匹を優しくだきあげ
ずぶ濡れの二匹をハンカチでくるみ ジャンパーのジッパーをあけ胸元に入れてくれた
黒い子猫はパニックになり震えながらも 白い子猫の眼差しを見ると安心した
男の子は一生懸命走った
胸に入れた子猫を大事に抱えながら 家まで走った
家に着くと男の子は子猫たちを玄関におき
靴を脱ぐのももどかしく 家の中に飛んで行った
戻ってきたときは 手にタオルと暖かいミルクの入ったお皿をもっていた
湯気とミルクの香りが玄関に立ちこた
震えている二匹をタオルで優しくくるみ 子猫たちの顔をミルクに近づけ 舐める様にうながした
最初はこばんでいた子猫たちも 少しずつ舌を出して 舐め始めた
「よかった 飲んでくれた よかった」
子猫たちは 初めてといってもいいほどのおいしいミルクを味わった
男の子の 後ろから あわてて女の人が2人やってきた そして
「どうしたの? なにその子猫は? どうしたのよ ショウゴ」
「いじめられてたんだ ぼくが助けたんだ 上級生たちが捨て猫たちを
いじめていたんだ ねえおかあさん どうしてそんなかわいそうなことするの」
そう云う男の子の目には 涙が溢れていた
「ねえ お母さん ちゃんとお世話するから この子猫 飼っていい?お願いだから
飼いたいよう」
「こまったわね どうしよう おばあちゃん」
「省吾が飼いたいなら 飼おうかね」
「えーっ飼っていいの ちゃんとお世話するからね」
「じゃあ名前を付けなきゃね 省吾はもう 考えているの?」
「うん 一緒に帰ってくるとき ずっと考えていたんだ」
「じゃあお母さんと おばあちゃんに おしえて」
「黒い方がこクロ 白い方がシロ」
「エーーーっ それでいいの」後ろにいたおばあちゃんが 笑った
「じゃあ 紹介するね きみは今日からシロ きみは今日からクロ
ぼくは省吾 お母さんとおばあちゃんだ よろしくね」
クロとシロに初めて名前がついた
クロはおびえながらそっと省吾君の眼をのぞいた
シロは少し元気が出たように鳴いていた
省吾君に出会えてよかった みんな よろしくね
「クロの眼はあの時のままだね その眼には今なにが写っているんだい」
省吾くんは 私の目を見て言った「ニャー 省吾君に決まっているじゃない」
「さ~クロ ごはんにしよう」立ち上がりゆっくり二階に上がっていった
省吾君と私とシロは省吾君の部屋に住んでいたの
省吾君の部屋は 広くて 若い頃は元気良かったから シロと私は よく跳ね回っていた
「ただいまー」 アッ省吾君が帰ってきた
クロとシロは勢いよく二階から飛んできた
二匹が玄関に着く前にお母さんが省吾君を迎えていた
それを見たクロはシロの後ろに隠れた
それをみたお母さんが省吾君に言った
「クロはなつかないね 省吾が拾う前にそうとう恐い思いをして それがトラウマになっているんでしょうね 省吾ゆっくり優しく優しく一緒に暮らしていけば いつかきっとシロを見る時のような優しい目で私たちを みてくれるかな 」
「そうだね お母さん ゆっくり ゆっくり一緒に暮らしていこうね」
クロはあの時から 人になじめず 家の中では 省吾君だけになついていた
よほど恐かったのか 人が寄ってくると逃げ出してしまう
省吾君の家族たちとも 目も合わせられない
省吾君の家に来てから 半年がたったころ 二匹を外に出す計画が持ち上がった
「お母さん もうそろそろ クロとシロを外に出そうと思うんだ」
「そうね 一度も外に出てないからね もうそろそろ出してもいいんじゃない」
「でも出そうとすると クロは二階にあがちゃうんだよ クロが外にいかないとシロもいかないんだ まだ 恐いのかな 外が」
「そうね でもそろそろ 出さないとね」
「じゃあ 外に抱いて行って離してみようか」
そう言って 省吾君はクロを抱きお母さんはシロを抱いて 外にでていった
外は暖かな光が降り注ぎ 風が優しく頬を撫でる
「外は気持ちいいお天気ね じゃあシロ 冒険の始まりだぞ」そう言いながらお母さんは シロをゆっくり地面に下した
おそるおそる 地面に足をつき 周りを見渡した
そして 一歩一歩確かめるように歩き出し 何度かお母さんを振り返ってから
庭を散策し始めた そして植込みの草の中に消えていった
クロはと云うと 省吾君の腕にしがみついて離れない
爪を立て 省吾君の胸に張りついている
すると シロが植込みの間から顔を覗かせ クロを呼んだ「ミャーッ」
その声を聞いたクロは シロの方をふり返り ミャーっと鳴いた
あんなにしがみついていたのに 今度は省吾君の胸から降りようとしている
省吾君はゆっくり地面に下した が 下したとたん 緊張したか 動かなくなった
固まっているのだ
すると シロが植込みの中から 跳ねるように出てきた
そしてクロに近づき 頭を何度か舐めた クロは体の力が抜け 緊張がほぐれたように
小さい声で鳴いた ミャー シロも鳴き返す
それを見ていたお母さんが省吾君に言った
「いま シロとクロ わらった?」「わらった と思う」
二匹は辺りを警戒しながらも 木漏れ日が挿す植込みの中に消えていった
「さあ家に入りましょう 省吾」「うん ちゃんと帰ってくるかな」
「サッシと玄関を開けておきましょう すぐ帰ってくるから」
「そうだね ミルク用意しとこうね」
新緑の季節 空は澄み渡り 心地よい風が通り過ぎた
「あっ飛行機雲だ お母さん」
「わー本当だ 高いねー」
「おーいクロ なんだ寝てたのか シロの写真あったぞ 見るか」
ミャー あっほんとだ シロだ 懐かしい
写真にはシロと私が仲良く並んで 外を覗いているところを上から撮ったところだ
シロが振り返ってカメラを見ている
私は外を見ている
この写真は いつのだろう アッ思い出した
省吾君のお兄ちゃんモト君が撮ってくれた写真で 省吾君が退院してきたときのだ
「これは僕が退院してきたときだね なつかしい」
あの入院は大変だった そういって省吾君は遠くをみた
省吾君は生まれたとき 息をしていなかった 人口呼吸で空気を送り 息をし始めたんだけど その後肺に異常が見つかり そのまますぐ入院して9か月くらい病院にいたの それで治って帰ってきた それからは高校に入るまで元気だったけど 高校の身体検査で 心臓に穴が開いていたのが見つかったの それからが大変だったの だけどそのお話しはまた今度にしましょう それから省吾君は良くなり帰ってきたの その時私とシロは喜んだ 飛び跳ねて喜んだ その時の写真だ
省吾君が入院してからお母さんはとっても忙しく クロとシロはさびしい思いをした
夜 洗濯物をたたんでいるお母さんの両脇にシロとクロが座っていた
するとお母さんの手が止まり ボーっと遠くを見ている
クロとシロが覗き込むとお母さんの目に涙が滲んでいた そしてこぼれた シロとクロは 涙がこぼれた手の甲を優しく舐めた クロとシロも泣いた お母さんはクロとシロを抱きしめ 声を出して泣いた
入院は半年に及んだ 省吾君は難しい手術にも耐えようやく帰ってきた みんな 喜んだ
お兄ちゃんもお父さん おばあちゃん なによりお母さんが 泣きながら笑っていた
シロクロも省吾君の周りを 飛び跳ねていた
省吾君がいない間 シロとお母さんはすごく仲良くなった
クロはまだ少し人見知りをしていたから お母さんとシロの後を付いて どこでも出かけられるようになった
省吾君は「クロ ずいぶん馴れたね」
「そうなのよ あなたいがなかったから すごくさびしかったみたいよ ずっと鳴いてるのよ その度抱き上げてたわ ねえクロ」
そう言うお母さんにクロは「ニャー」と答えた
「今笑った?」
「そうなの 最近 クロ笑ったように見える時があるのよ」
省吾君が帰ってきてからクロは省吾君に甘えた たくさん甘えた
少しずつ 省吾君は元気になっていった そして前のように穏やかな生活を取り戻していった ように思えた
暑い夏の日差しもようやくおさまり 秋の気配をそろそろ感じてきたころ いつも元気に朝から飛び跳ねていたシロが その日に限って起きてこない クロは 省吾君のところに行き ニャーと鳴いた 「あれクロ シロはどうしたんだ」
そう言いながら省吾君は シロの側まで行き シロを覗き込んだ
なぜか元気がない 丸まっている背中を二三度撫でてみた 目も開けずうなだれていた 少し熱もあるようだ
省吾君は心配しながらも お母さんに容態を伝え学校にいった
夕方 省吾君が帰ってきた 「ただいま シロどうした 変わったこと あったかい」
「朝見に行ったら ちょっと熱があったけど 忙しかったからその後は 見ていないのよ」「なんだよ お願いしたじゃないか 学校でも心配してたのに もう」
省吾君はすぐに二階まで上がり シロの側まで行き声をかけた
「シロ どうした? 大丈夫かい」 布団の上で丸くなっているシロの頭を撫でた 熱い 朝より熱い 目を閉じ コンコン咳をしているシロ 苦しそうだ
やがて喉に詰まったものを吐き出すように 血を吐いた
「おい どうしたんだシロ」脇でクロがニャーニャーすごい声で 鳴いた
「お母さん 大変だ お母さーん」大声で呼んだ
「どうしたのよ 大騒ぎで 何を騒いでいるのよ」
お母さんが急いで二階に上がってきた
いつもシロとクロが寝ている布団の上で シロが赤く染まっていた
「キャーッ どうしたのよ この血は」
「今シロが吐いたんだ どうしたんだろう 何かの病気かな」
「分からないけど 急いで病院に連れて行かないと」
「じゃあお母さんはいろいろ用意して車で待っているから あなたはシロをタオルにくるんで 降りてきなさい」
「シロ 大丈夫か 今病院連れて行くからな 頑張るんだぞ」
この騒ぎに省吾君のお兄さんが駆けつけてきた 「どうした シロ 何? 血吐いたのか」
「今から病院連れて行くから お兄ちゃんクロ見てて」
「分かった 容態わかったら 電話くれ!」
お兄ちゃんはクロを抱き上げようとしたが クロは素早く省吾君の後を追った
省吾君が玄関まで行き ドアーを開けるとお母さんが車のエンジンを掛けて待っていた
「省吾早く乗って モトヒサはクロを見てなさい」
クロはシロを追って 玄関を駆け降り 車に乗ろうとした モト君は ようやくクロに追いついてクロを捕まえた クロは暴れながら (ギャーッ) 今まで聞いたことのない声で 鳴いた
そのクロの声に 車の中で省吾君に抱かれているシロが ビクッと反応し無理に目を少しだけ開けた
「お母さん乗った 早く出して」
車が発車した 「シロ大丈夫だからな すぐ着くからな」そういいながら省吾君は体を擦り続けた
お母さんも運転しながら 左手でシロを撫でた
「あっ」お母さんはシロの頭を触った瞬間 何かを感じた
「お母さん大丈夫だよね シロ 治るよね」
省吾君の質問にお母さんは 答えられなかった
その間シロは静かに横たわっていた 時たま静かに咳をした「コンコン」
その度少しづつ血を吐いた すごく長い時間に感じた
お母さんは不安を払拭するように ハンドルを握りなおした
そして病院に着いた
病院はもう終わっていたが 救急での受け入れはしていた
「すみません うちのシロを見てください さっき血を吐いたんです」
「急患ですか では診察室へ 容態は中で伺います」
そう言われて省吾君とお母さんはシロを抱いて診察室へ入った
いろいろな治療 いろいろな質問をされた 顔や体に着いた血もきれいに拭いてもらえていた きれいになった分シロの体が青白くみえた
そして 先生が「2~3日泊まってもらいます 容態が大分悪いのでいろいろ調べますから 明日またいらしてください」
「えっ一緒に帰れないんですか」とお母さん
「一緒に連れて帰らないと クロが可哀そうだよ」省吾君が言う
「しようがないよ よく見てもらわないと治らないから 」
「明日また来るから 頑張ってね」シロを優しく撫でた
そして「先生よろしくお願いします 明日迎えに来ます」
2人は後髪を引かれながら 病室のドアーを開けようとしたとき
「ニャー」小さな 本当に小さな声で鳴いた
「待って 置いて行かないで」二人にはそう聞こえた
振り返ると もう目を開けるのも辛いシロの目には涙が滲んでいた
そしてもう一度小さく ミャーと鳴いた
連れて帰りたいのと 居たたまれないのとで 二人は何度も振り返りながら診察室を後にした
次の日は朝から雨だった 学校から省吾君が帰ってくるのを お母さんとモト君が玄関で待っていた
クロはその日に限って 静かにモト君に抱かれていた
「クロもシロのお見舞い行きたいんだね お母さん連れていっていい?」
モト君が言うとクロは ミャーっと鳴く
「クロもシロに早く会いたいんだろうね 省吾が帰ったらみんなで行こうか」
「そうだね シロが病院に行ってから クロ大暴れしてすごかったんだから
お母さんと省吾帰ってくる前に 収まったけどすごい声でギャーギャー鳴きながら 爪立てて暴れてたけど寝る時には すっかりおとなしくなって ずっと暗い外見詰てた」
「そうだったんだ やっぱり分かるのかな 昨日省吾と病院行くとき 車の中でシロの頭撫でたんだ そしたら 一瞬縫いぐるみをさわっている感じがした あれは何だったんだろう」
その時電話が鳴った お母さんが慌てて電話の受話器を取った
話し方からするとシロの病院の先生からのようだ
話が終わったと同時に省吾君が帰ってきた
「今のはシロの先生からかい なんだって?」省吾君は家に上がる暇もなく聞いた
お母さんは ちょっと目が泳いだ
「お母さん」省吾君の言い方に力がこもった
「今のはシロの先生からなんだけど 昨日帰る時2~3日の入院って先生言ったわよね 今の電話一刻も早く迎えに来てくださいって言うのよ どうかしたのかな」
「ときかく急いで行こう ぼくもすぐ用意するから待ってて」と言うとすぐに着替えて降りてきた
三人と一匹は車に乗りみ 走り出した
今言葉にしてはいけない言葉をみんな思っていた
クロだけが不安そうに 小さく鳴いていた
雨はしだいに強くなり ボンネットを叩く雨の音も強くなってきた
病院に着くと みんなの足取りが早くなり 受付に殺到した
お母さんが話した
「昨日入院した シロなんですが」対応した受付の看護師さんが戸惑っているように見えた
「あっ 先生がお待ちしております どうぞ 診察室のほうへ」と言う顔に 笑顔がない
その顔を見た三人はお互い顔を見合わせた 不安がつのった
案内されて 診察室に入っていくと 小さなガラスケースが何台か置いてあった
その中の一つにシロがいた 20センチくらいの黒い箱を抱いているように見えた
その黒い箱にはメーターが付いていて少しだけ針が動いていた
その下から何本もチュウブが出ていて そのチュウブの先がシロの胸やお腹や背中なつないであった
胸が少し上下に動いているだけで あとはピクリともしない
お母さんはそれを見たとたん 涙が滲んだ
クロを抱いていたモト君の手に力が入り クロが少し暴れミャーッと鳴いた
シロの耳がピクッと動いた 少しだけ瞼を開けた
先生が話し始めた
「色々手は尽くしたのですが シロちゃんは 急性白血病です この病気は進行が速く残念ながら 今日が山でしょう ここで最期を向かえるよりもの おうちで向かえる方がシロちゃんには幸せかな と思い電話しました その黒い箱は延命器ですから外さないでください」
「もう ダメなんですか」とお母さんが震えながらきいた その眼から 涙が落ちた
「あとは シロちゃんの生きたいと思う気持ちがあれば あるいは」「あるいは?」「あるいは少しは命が持つかもしれません」
省吾君もモト君も肩を落としてシロを見ていた 「一緒に帰ろうシロ きっとシロはうちに帰りたがっているよ」と省吾君が言った シロが小さくニャーと鳴いた
そして 先生にお礼を言いみんなでシロを静かに車に運んだ
病院の玄関から車に行く間雨に濡れた
車に乗せたとたんクロがシロに寄り添い 雨に濡れたシロの体を 目を閉じ舐めていた
「シロ うちに帰ろうね すぐ着くからね 痛い思いさせちゃったね ごめんねシロ」
シロの体に付いている黒い箱が痛々しい
うちに着くと ゆっくりシロを車から下しシロとクロのベットがある二階に上げた
帰ってくる途中から雷が鳴り出し大雨になった うちに着いた頃 近くに雷が落ちた
とたん停電になった みんなは慌てて懐中電灯やら蝋燭を持ってきて
シロの周りに置いた 口ぐちにシロシロと呼びかけた
雷が激しく鳴って土砂降りの雨がテラスを打つ
いつもならとっくに逃げていくクロも 心配そうにニャーニャー言いながら みんなの周りをうごめいている
蝋燭の明かりが怪しく揺れる中 黒い箱についているメーターの針が弱弱しく動いている
またどこか近くに雷が落ちた≪ドッドーン≫
その時隙間風が蝋燭の炎を消した
「モト 早く火をつけて 省吾懐中電灯」お母さんの声が 雷の音に消されそうになりながら叫んだ
「メーターはまだ動いている?」
「少しだけど動いているよ」
「もう駄目なのかな シロシロ 元気だせよ」みんなシロを撫でている
「シロしっかりしなさい」お母さんが頭を撫でる シロは 硬直している
昨日撫でたときより 一層縫いぐるみを撫でているようだ
みんな必死でシロを呼んでいる
クロは動きまわるのをやめ みんなが見守っているシロの頭上を ふと見上げた
その瞬間クロの耳は何も聞こえなくなった
土砂降りの音も 雷の音も周りの音がすべて消え暗い部屋に
シロの頭上に淡い光がぼんやり点くのを見た
その真ん中から一閃 光がゆっくりシロに伸びた
それに吊られ シロの体が淡く光だし透き通ったシロが起き上がった
クロがすごい声で鳴いた ミャ― みんなクロを見た
クロが見ている上の方をみんな見た そしてまたシロに視線を落とした
みんな見えないの? シロが往っちゃうよ
とお母さんだけが上を見ていた その頬に一筋の涙が流れた
クロはお母さんの側に行く
上を見ながら登って行くシロ ワタシを置いて行かないで 振り返って シロ
その時上を見ながら登っていくシロの耳に
みんなの声が届いたのか ゆっくり見下ろした
そこにはお母さんとクロの優しい眼差しが有った
シロが見たのは クロ お母さん 省吾君が両手を広げ
笑顔で迎えてくれている暖かい胸の中だった
ああ あそこが僕の居場所だったんだ そうシロは思った
その時シロの胸元から淡く虹色に光るものがでた
それはクロの胸にゆっくり落ちていった
その瞬間頭上の光が消えシロは真っ逆さまに落ちていった
そして上も下も分からない真っ暗な所に横たわっていた
何も見えない
ただみんなのシロを呼ぶ声だけが聞こえた
シロはゆっくり起き上がり声のする方に さ迷いながら進んだ
クロは シロから出た光が自分の中に消えた瞬間
音が戻った
みんながシロを呼ぶ声 凄まじい雷鳴と土砂降りの音
クロは初めて雷鳴におびえ省吾君に抱きついた
夜が明けた どこかで鶏が鳴いた
シロの側にはお母さん クロ 省吾君 お兄ちゃんが輪になって寝ていた
昨夜の嵐が嘘のように 空は朝焼けに包まれている
窓から朝日が入ってきた
その子はゆっくり震えながら起き上がり お母さんに近づいた そして手を舐めた
「クロやめなさい 何舐めてるの?」 ゆっくり目を開けると
そこには朝日を背にシロが震えながら立っていた
そして小さく ニャーと笑っていた
お母さんは小さく驚き 涙が出た そして 笑った
「クロ 省吾 モトヒサ みんな起きて シロが帰ってきたよ」
「エーっアッ本当だ」
「生き返ってきた」
「すごいなー
」「シロシロよかったなあ」
「ミャーミャーミャー」
最近階段を下りるのも 上がるのも大変になってきたわ
省吾君は優しいけれど 時々私のごはんを忘れるの 省吾君がいない時
階段を下りて行かなくちゃご飯もらえないの 大変なのよ
二階で鳴いてると おばあちゃんが答えてくれるんだけど おばあちゃんも
プチボケてるの ワタシが鳴くでしょう ニャウアウー
すると茨城生まれの茨城育ちの茨城弁で返ってくるの
「おりらんねのがー」 ニャウアウアー
すると「ばあちゃん 足わりいがら上がれねんだ おりでこーな」
やれやれ しょうがない ゆっくり降りていきましょう
「おりてきたのが んじゃあ餌やっか」そう言って お皿にごはんをくれる
「シロはようく 餌もらいに来てたよな それでいっぱいくってたんだっけな」
「でも 病気治ってからあんまり くわなぐなったし すごぐ泣いでだとぎ あったっけな 病気治ってからすぐだったどな 思いきり涙出ででなあ なにあったんだが知らねえけどよ 悲しかったんだべなクロ クロはいっぱいくって 長生きしろよ」
何言ってるのおばあちゃん もう私は19年も生きてるのよ
そうだ あれからシロは あまり食べなくなったんだ
病気前は私のごはんまで食べちゃたくせに
あれからは私に自分のごはんをくれるようになったんだ
「クロは僕の分まで長生きしてね」
病気のあとからそれが口癖になってた
そしてお母さんの後ばかり付いて歩っていた
お母さんもシロに気づくと
「あらシロ また付いて来てくれたの」と嬉しそうに抱き上げた
ある日お父さんとお母さんが言い争いをしてた
お父さんは怒って 家を出た
お母さんが 泣いた
シロは何も言わずに ずっとお母さんをみてた
暫くして お父さんが帰ってきた
「さっきはごめんね」
と言って仲直りしたとき お母さんが 涙を滲ませながら笑った
シロも一緒に笑ってた
ちょっと妬けた
それやこれやが原因でお母さんを避けたりもしたことあったっけ
シロは段々と良くなり あの黒い重い鉄の箱も取れ 少しづつ動けるようになってきた
でもあのころの落ち着かない元気だけが取り柄だったシロは もう居ない
最近は日差しが入る廊下のいつもの決まった場所に
お母さんが敷いてくれた座布団の上でゆっくり背伸びをしながら 日向ぼっこを楽しんでいる
そして 気が付くと 遠く空を見つめてる
ある日の朝 シロの隣で一緒に外を眺めていたクロが
一緒に外に出よう たまに運動しないと元気になれないよ とシロを散歩に誘った
外は 秋晴れでいい天気だ
クロは執拗に誘った
がシロは優しい眼差しでニコニコしているだけだった
クロは 誘うのをあきらめ一匹で出かけることにした
廊下から外にでながら 何度か振返ってシロを見たが 前足の上に顎を乗せ 相変わらずニコニコこちらを 窺っているだけだった
クロはシロと散歩したいつものコースを ゆっくり周ることにした
これから寒い冬を迎えようとしている短い秋が なごり惜しそうに暖かい日差しを降り注いでいた
クロは小さな虫やトンボを追いかけながら散歩を楽しんだ
がいつも側にいてくれるシロがいない やはり足が重い
少し離れた所に さっきからクロをうかがう茶色い大きな影が静かに歩み寄り
項垂れているクロに近づいた
次の瞬間 その影はクロに襲い掛かった
おいシロ クロはでどこ行ったんだ?
縁側で寝ていたシロに省吾君が近づき頭を撫でながら声をかけた
シロは撫でられるが儘小さくミャーッと鳴いた
その時 庭をクロがすごい勢いで逃げて行った
その後を見慣れない大きな茶色い猫が追いかけていった
「なんだあの猫は? おいシロ クロが大変だ」
省吾君はサンダルも履かずに飛び出そうとした
その前をシロが物凄い勢いで跳んで行った
省吾君が庭にでると もうシロの姿も見えなっかた
省吾君は慌てて後を追った
茶色の猫はクロに追いつき今まさに飛び掛かろうとしていた
次の瞬間 シロが茶色い猫の脇腹あたりに突進した
茶色い猫はその突進で態勢を崩し
地面にたたきつけられた が怯むことなくシロに挑んだ
二匹は激しく衝突した
すごい声で鳴きあい 爪を立てお互いを引っ掻いていた
その時省吾君が駆けつけた
「なんだこの猫は シロ今助けるからな」
省吾君は辺りを見回しちょうどよい棒切れを見つけそれを手にした
その瞬間激しく衝突していた二匹が離れた
そして茶色い猫がミャーッと毛を逆立て鳴いたかと思うと一歩二歩ゆっくり下がり
一目散に逃げて行った
シロ毛を逆立て凄い形相で威嚇しミャーオウと鳴いた
そして茶色い猫が逃げていく姿を見届けてから その場に倒れた
「おいシロ 大丈夫か 今手当するからな クロお母さん呼んで来い」
クロは泣きそうになりながら家に走った
そして家に飛び込みお母さんを探しミャーミャーッとすごい声で鳴いた
お母さんはその声に気づき台所から急いで出てきた
「どうしたのクロ?」
そう言うお母さんの周りを飛び跳ね スカートの裾に噛みつき付いてくるようにと引っ張った
お母さんは異変に気づき クロの後を追った
慌てて家を出ようとすると そこにシロを抱いた省吾君がいた
「シロどうしたの 何があったの?」
「とりあえず治療しないと 頭から血が出てるんだ 後は左前脚を噛まれたみたいだ」
「じゃあ早く家に入れて手当しないと」
クロは心配そうに走り回り うるさいほど鳴いていた
「なんかどこの猫か分からないんだけど クロが襲われたんだ 茶色い大きな猫だった
縁側にシロといたら 茶色い猫に追いかけられて逃げているクロが見えた 慌ててシロと追ったんだ」
「だってシロ激しい動きなんて出来ないじゃなかったの?」
とお母さんはシロの傷口をきれいに消毒し包帯を巻いた
「シロ病気からずっと寝たきりみたいになってたけど 僕より飛び出すのが早かった 驚いたよ 僕が行ったときにはシロその茶色い猫をやっつけていた シロ強かったな クロをよく守った 偉いぞ」といいながら優しく撫でるとミャーッと静かに鳴いた
「お母さん病院連れて行かなくて大丈夫かな?」
「これくらいの傷なら大丈夫だと思うわ ちょんと消毒したし心配はなさそうよ ただ病気をしてから 初めて激しく動いたから大分疲れたんでしょう」
「そうだね じゃあいつもの縁側で寝せておこうか」
「そうねクロが見ててくれるだろうし 大丈夫でしょう」
そう言うとシロをいつもの縁側に寝かせた 寄り添うようにクロも側による
「クロに お母さん呼んできてって頼んだとき 言葉が分かったのかな 飛んで行ったよ」
「お母さんも クロの慌てようで シロに何かあったんだ と思ったのよ」
「そんな感じだったね」
2人は振り返って二匹を見た
秋の日の暖かい日差しが入る縁側で 二匹は寄り添うように静かに寝ていた
それから間もなく 短い秋が終わり また寒い冬が来た
あの事件からクロはシロの側を一時も離れようとはしなくなった
シロがお母さんの後ろから その後ろからクロがぞろぞろとついてあるっている
でもあの時から シロは左前足を引きずるようになった
それをクロが見ると申し訳なさそうな顔をするのだ
そして年が明けた 前日に今年初めての大雪が降った
雪は辺り一面を真っ白に覆いつくした
前日とは違い 今日の空は雲一つなく どこまでも高く澄み渡った
行き交う風は 何もかも透き通らせるほど冷たい
その日の朝 クロは朝から嫌な胸騒ぎがしていた
シロは縁側のいつもの場所に座り外を見ていた
クロはなんだろうこの胸騒ぎは そう思いながらもシロに寄り添っていた
太陽の光が外の雪に反射してガラス越しに シロとクロにあたり 二匹はキラキラしていた
しばらくすると シロがクロの顔を覗き込む
クロはシロの視線を感じてゆっくり振り向いた 視線が合う
二匹はしばらく見つめ合うとクロの瞳に涙が滲み始めた
そして項垂れた
シロはクロをそのままにして その場から離れ台所にいるお母さんの側に行った
お母さんは 洗い物をしていたが 後ろにいるシロに気が付き笑顔で振り返った
「あら シロ今日は元気かな どうしたの?」
と声をかけた ミャーと笑顔で答えた
「もう少しで片づけ終わるからね 待っててねシロ」
そう云うとお母さんはまた洗い物を始めた
そんなお母さんをゆっくりみて もう一度小さな声でミャーーと鳴いた
「あら?」何かいつもとは違う感じがしてもう一度振り返った
シロはもう そこにはいなかった
そこに省吾君がやってきて「ねえシロ見なかった?」
「あら省吾 今シロがそこにいたんだけどなんか変だったのよ そこにいたんだけど すごく遠く感じたの」
「僕も二階にいたんだけど 部屋の入口で鳴いていたから 何だシロ どうした?って声かけたんだ 振り返ったら もう居ないんだ クロもいないし 散歩かな」
「縁側のいつもの場所には いないの?」
「それがいないんだ どこいちゃったんだろ?」
そのちょっと前
クロのところにもっどって来たシロは もう一度クロをみて ニャーッと鳴いた
そして静かに縁側のサッシを自分が通れるだけ器用に開け 庭に降りた
引きずっていた左足も今日は大丈夫みたいだ
縁側にはクロが座ってシロを見ていた
シロは 振り返ってクロをみた
クロはシロを見ている
シロは雪の中に足跡を残しながらゆっくり遠ざかっていった
クロも見かねて庭に降りた そして小走りにシロを追った
畑の所まで来たが 辺り一面真っ白でどこから畑か
どこまで道なのか分からなくなっていた
二匹はしばらく雪の中を歩いたが やがてシロが立ち止まった
クロもつられて止まった
シロはクロに寄り添い クロの肩にもたれかかった
クロは涙声で小さく泣いた ニャーー
ああっ胸騒ぎはこれだったのね と思った
するとシロは瞳に涙をためながら微笑みニャーッと泣いた
二匹がいた所からシロだけが進んだ
シロの足跡だけが ポツポツ 雪の中を動いた
クロは 涙で顔がクチャクチャなりながら耐えた
シロは一度振り返ってクロを見た
その途端クロが大声をあげて泣きながらシロを追った
ニャーッニャーッニャー シロー逝っちゃいやだ シロー
でもシロは笑顔だけを残して もう振り返らない
シロの白と雪の白が溶け合い 雪がキラキラしすぎて
涙が溢れて シロの姿が見えない
ただ足跡だけがポツッポツッと見えるだけだった
サーッと何もかも透き通らせそうな風が吹いた
やがてその足跡も段々薄くなり そして 消えた
クロは涙と雪の眩しさの中 キラキラと透き通ったシロが
ゆっくり空に昇って逝く様にみえた
シロはもう見下ろさない
それをクロは見ていた
そして悲しい声で泣いた ニャーーーーッ
高い空に透き通るような猫の声が木霊した ミャーーーーッ
省吾君とお母さんは雪の中 一匹だけポツンと座って 空を眺めている猫に声をかけた
「クロ クロ シロはどうしたの?」
「お母さん シロの足跡」
省吾君はシロの足跡を見つけ 追った
「シロの足跡がどうしたの?」
「シロの足跡がここで 消えてる」
「なに馬鹿なこと言っていっるの そんな訳ないでしょう」
お母さんも駆け寄った
そしてシロの足跡の痕跡を見つけ 途切れているのを見つけた
「どうして?どうして消えているのよ?」
「わからない なんでだ なんで消えているんだ? クロ クロ」
二人はクロをみた クロはシロの足跡が消えた はるか頭上を見ていた
二人は 空を見上げた
そこには 雲のかたまりがふわりと浮いていた
それは猫の シロの形をした雲だった
丁度顔のあたりに風があたったのだろう
雲が動いた
雲は感情を持ったように
まるでシロが笑ったように動いた
クロ ごめんね いつもそばにいてクロを守るって
どんなことがあってもクロを守るって
逢った時から想っていたのに こんな形で終わるなんて
ごめんね
省吾君に拾われたとき 省吾君は僕とクロを一生懸命守ってくれた
省吾君 すごくかっこ良かった
僕も 省吾君にみいに クロを お母さんをずっとずっと守っていたかった
でも病気になっちゃって もう守れないって思ったら
すごく 泣いちゃった
あの時 おばあちゃんに聞かれて恥ずかしかったけど
涙が止まらなかったよ
でも茶色い猫から 私を守ってくれたじゃない
嬉しかったよ すごく すごく嬉しかった
僕が居れる間だけでも クロを守りたっかた
あの嵐の夜 光の中から声がした
≪ シロ シロ まだ早いよ もう少し クロを守りなさい ≫ って聞こえた
そしたら下から シロシロって僕を呼ぶみんなの声がした
僕は見下ろした
お母さんやクロ 省吾君 みんなが 笑顔で両手を広げて待っていた
嬉しかった
ああ あの場所が僕が帰れる ずっと居たい場所なんだ
そう思った途端 真っ暗な所に落ちたんだ
真っ暗な所でみんなの声だけがした
それだけを頼りに僕は起き上がり 暗闇を進んだ
そして 暖かい光を感じた
あの時僕から出てクロに届いた光は 僕の命だよ
まだまだ生きたかったけど 病気になっちゃた
でも僕はクロの中にクロと一緒に居る
たくさんいろんなものを見て
たくさんおいしいものを食べて 僕の分まで生きてください
お母さん 省吾君 家族のみんなと出会えて 良かった
本当に よかった
苦しい時も 楽しい時も いつも一緒にいてくれた
言葉にならないほど感謝してる
そして クロと会える日が来たときは
真っ青な空に白い僕が現れるよ
絶対来てくれる?
絶対来るよ 約束するよ
でも今じゃない 遠い遠い 未来だよ
クロ 省吾君に伝えてほしい
省吾君が探してる雲は 現れないからって
現れたその時は クロの 寿命が尽きる時だよ省吾君
お母さん 省吾君 あなたたちと暮らした人生が
とてもうれしかった
ありがとう 本当にありがとう
ありがとう
そして今年も雪が降りました
「おーいクロ 今日はいい天気だよ」
次の日 空は 透き通るように晴れわたり 真っ白な雪はキラキラ光り眩しいほどだった
クロはシロの言葉を 省吾君に伝えるすべを知らないまま
今年も一人と一匹は 晴れわたった雪の上をゆっくり歩いて行きました
ついていく黒い猫は 「ミャー」ッと笑ったように見えた
2014年4月24日現在 シロの雲はまだ見えてない
End
最近クロは鳴くとき ショーゴショーゴと省吾を呼ぶように鳴く 他の人に云っても誰も信じない これも奇跡と云うのだろう 少しボケてきているがまだまだ元気なのだ 出来れば もっと長生きをしてくれればシロも喜んでくれると思う 家族も晩年を静かに過ごさせたいと思っている もしあの空に雲の現れたら 家族一同笑顔で送りたいと思っています
かけがえのないシロとクロへこの小説を送ります