プロローグ
今にも崩れてしまいそうな建物。それは、廃墟という言葉がぴったりな感じがするものであった。
それが、ぬけるような青空の下にある。風は優しくそよぎ、草を揺らしていた。そんな穏やかな光景にまるで似合わない建物。その誰もいないような中を風だけが通りすぎていた。
カツン――。
そうやって風が通りすぎた時に建物の一部が壊れたのだろう。乾いた音をたてて、壁の残骸がコロコロと転がっている。それは、ある一点でピタリと止まってもいた。
「う、うん……」
コロコロと転んだかけらは指先にふれるかふれないか。しかし、それが目覚めるきっかけとでもなったかのように、指先はゆっくりと動いている。しかし、こんな廃墟としかいいようない場所に人が倒れているというのも信じ難いのだが、それは幻ではない。
「う、うん……」
髪をかすかに揺らしていく風。カラカラと落ちてくるかけらが指先にあたる刺激。そして、元は天井であったはずのものがなくなっているために、さんさんと差込んでくる日の光。
それらの力が大きかったのだろう。倒れていた人影はゆっくりと腕を動かし、その瞳をひらいているのだった。
「わ、わたし……生きていたの?」
疲れたような、呆然とした声がその口からもれていた。
その身にまとっているのはあちこちが汚れ、綻びたところもあるが巫女の装束。そして、首からかけられている水晶は祈り紐でもあるロザリオ。この人物が巫女であるのは間違いない。たとえ髪はボサボサになり、顔や手には擦り傷があるとしてもだ。そして彼女は、まるで何かを探すようにあたりをみているのだった。
「どうして、こんなことに……」
力なく呟かれる声。
彼女は自分のいる場所がどうみても廃墟としかいいようがないことに、思わず怯えたような顔をしているのだった。そんな彼女の視線の先にあるものは崩れかけてはいるが、聖壇のようにもみえる。ということは、ここは神殿であったということがいえるのだろうか。だが、神殿という人々の精神的な拠り所がここまで荒れ果てるのも信じがたいことではある。
『シンシア、逃げるんだ!』
自分を気遣うような男の声が聞こえたような気がして、彼女は慌ててあたりを見回していた。だが、その場にいるのは彼女一人だけなのはすぐにわかることだった。そのことがわかった途端、彼女は座り込むと、あたりも憚らず大声をあげて泣いているのだった。