バグで出来た掲示板
とあるスマホアプリの中にひそむ、奇妙な画面のちらつき。
単なる描画ミスだと思って無視することもできたはずでした。しかし、その小さな異形を指先で追いかけた瞬間から、運命の歯車は狂い始めます。
自分だけが手に入れたと思っていた「抜け道」の先に待っていたのは、得体の知れない優越感と、決して触れてはならなかった過去の記憶。アプリのバグというデジタルな深淵に引きずり込まれていく主人公の、逃げ場のない心理サスペンスをお楽しみください
バグを見つけた。スマホアプリの
そのバグは僕にとって都合が良かった。僕はそのバグの第一発見者だろうか?
利用したい 僕だけの活用法で。
そのバグは、画面の隅で不自然に明滅していた。
最初は単なる描画ミスだと思っていた。しかし、特定の順序でタップを重ねるたび、本来なら表示されるはずのないデータが、ほんの一瞬だけ表層に浮かび上がる。
アプリの仕様をあざ笑うかのような、致命的な抜け道。
胸の奥で、静かな高鳴りを感じた。開発者に報告して感謝状をもらうつもりなんて微塵もない。この穴を突けば、今まで手も足も出なかった「あの領域」へ、誰にも知られずに足を踏み入れることができる。
指先を画面に滑らせる。世界中で自分だけが握っている鍵。
僕は口元を歪め、ゆっくりとそのバグの奥へと潜り込んでいった。
バグの奥地は、まさに未知の空間だった。初めて触れる経験だった。
バグは僕をいつになく興奮させていた。
━━こんなのは……。気を昂ぶらせないワケがない。
「あの領域」にアクセスするための鍵。それは画面の隅に一瞬だけ表示された、見覚えのある11桁の電話番号だった。
ただの数字の羅列ではない。それは一年前、何の理由も告げずに自分の前から姿を消した「あいつ」の番号だった。本来ならサーバーのデータからも削除されているはずの記憶。
なぜ、アプリのバグを経由してこの番号が浮かび上がってくるのか。
アプリ内に残されたあいつの非公開ログ。僕が抱え続けてきた誰にも言えない秘密——あいつの失踪に僕自身が深く関わっていたという真実——が、その数字の向こう側で静かに解き放たれようとしていた。
電話番号に指が触れる。
発信ボタンを押す度合いに合わせて、スマートフォンのバックライトが不吉な赤へと変色していく。スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、呼出音ではない。ノイズに混じった、聞き覚えのあるあいつの息遣いだった。
「……やっと、気づいたんだね」
画面に浮かび上がるメッセージ。それはアプリのログなどではなく、あいつが仕掛けたリアルタイムの監視通知。僕がバグを『発見した』のではない。最初から、この穴に誘い込まれていたのだ。
僕が握りしめていたのは鍵ではなく、自分自身の罪を解き放つトリガーだった。
あの日、君が僕をどうやって消したのか……みんなに教えてあげようか」
スピーカーから響く低く掠れた声に、心臓が跳ね上がる。画面の赤が勢いを増し、液晶のガラス越しに指先へ刺すような熱が伝わってきた。あいつの「息遣い」はノイズではなく、この部屋の空気そのものを振動させているようだった。
慌てて端末の電源ボタンを長押しするが、画面は反応しない。それどころか、真っ赤なディスプレイの中央にプログレスバーが現れ、急速にパーセンテージを伸ばしていく。
データ送信中:15%…… 30%……
送信先は、僕のスマホに入っているすべての連絡先とSNSのアカウント。添付されているファイルのプレビューには、一年前のあの雨の夜、僕があいつの車に乗る姿と、その後に起きたすべての「記録」が映し出されていた。
「やめろ……! 頼む、やめてくれ!」
声になりふり構わず叫び、僕はスマホをフローリングの床へ叩きつけた。画面に蜘蛛の巣状のヒビが走り、バックライトが不規則に明滅する。
だが、声は止まらない。今度はスマホからではない。部屋の隅にあるスマートテレビ、スリープ状態だったパソコンのモニター、果ては電子レンジの液晶画面までが同時に不吉な赤へ染まり、同じプログレスバーを映し出し始めた。
送信完了まで、あと10秒。
「逃げられるわけないだろ。僕の居場所を奪ったのは、君なんだから」
部屋中のスピーカーから、あいつの笑い声が重なり合って響く。僕は耳を塞ぎ、ただその場に崩れ落ちるしかなかった。バグの深淵から抜け出す術は、最初から存在しなかったのだ。
送信完了の電子音が静寂を切り裂き、画面には「送信完了」の四文字が浮かび上がる。直後、僕のスマホに一斉に通知が届き始めた。知人や警察、 SNS のフォロワーからの着信音が絶え間なく響き渡る。
部屋の液晶画面が暗転し、テレビの画面だけが静かに再点灯した。そこに映し出されたのは、リアルタイムの映像。警察車両が僕のアパートの敷地へとなだれ込んでくる様子だった。
あいつは死んでなどいなかった。自分を社会的に殺した僕へ復讐するため、姿を消してこの仕掛けを作り上げていたのだ。
廊下に荒々しい靴音が響き、玄関のドアが激しく叩かれる。
「……あはは」
僕は力なく笑い、赤く点滅し続けるスマホを抱え込んだ。バグの深淵で僕を待っていたのは、完璧にデザインされた僕の人生の終わりだった
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今作は「日常的に使うスマホアプリにひそむ不気味さ」と「過去の罪からの逃亡」をテーマに描いたサイコサスペンスです。自分だけが知っていると思っていた優越感が、一転して完璧に仕組まれた罠だと気づいた瞬間の絶望感を楽しんでいただけていれば幸いです。
主人公を追い詰めた「あいつ」の真意や、このアプリが持つ本当の意味など、まだまだ語りきれていない裏設定もたくさんあります。もし少しでもゾクッとしていただけましたら、ブックマーク登録や評価、感想などで応援していただけると執筆の大きな励みになります!
それでは、また次の物語でお会いしましょう。




