大丈夫さ
魔族とのひと悶着から数時間かけてフリーレスへに到着した勇者たちは、まず一番に医院へと向かった。
ここフリーレスの街並みは王都とさほど変わらない。気候風土も大きく変化のないこの世界では地域による特色は生まれにくいのだ。
そんな、王都とさほど変わらない街並みを進む中で、だんだんと足取りが覚束ない様子になっていく勇者が口を開いた。
「この世界の医療機関は教会ではないんだな」
「この世界に医療機関は二つあるのです一つは勇者様の言う教会で、もうひとつが今から向かう医院です」
「違いはあるのか?」
「ええ、教会は魔法での治癒を得意としていますので傷の治癒を、そして医院はポーションなどで病気などの治癒を行っています」
「……そうか」
それからしばらくは無言が続いた。
勇者が傷ついてからというもの王女は感情を失ったかのように無表情になった。
そして、まるで機械のように勇者の質問に答えるだけになっていた。
自分の為に勇者が傷ついたという自責の念なのか、回復魔法で救った魔族から刃を向けられたことにショックだったのか。
次に王女が言葉を発したのは医院についた時。それもたった一言。
「つきました」
医院の中に入るとすぐに勇者は診察をされて処置をされた。
どうやら傷は完治しているのだが、血液が足りていなかったようだ。
造血のポーションを飲んで医院のベットで横になった。
「では、私は今晩の宿を取りに行ってきます」
王女は横になる勇者に一言かけると、足早に病室を出ようとする。
「まて」
勇者の言葉に王女は足を止めた。
「少し、話そう」
「……」
王女は無言で勇者の方に向き直ると、近くの椅子に座った。
王女と勇者はしばらく向き合っているが、一向にどちらも口を開かない。
無言のまま、気まずい雰囲気が続く。
「……勇者様。貴方はどうして魔法を使わないんですか?」
先に口を開いたのは王女。
「使えなかったんだ。俺の魔法は事象を書き換える力なんだ。これがあれば傷も治るし、攻撃も防げた。けど、魔力が回復してなくてな。この世界じゃまだ使えない」
「え?どうして魔力がなくなってるんですか?」
魔力は基本的に意思ある者の体内に時間経過で蓄積される。
そして、蓄積にも上限があり、一度空になると完全にたまりきるまで魔法は使えない。
一般の人ならば魔力は一日そこらでたまる上に、空になるまで使わずに少しだけ残すはずなのだが、勇者は足りていないという。
「勇者召喚はな、魔力の消費が激しいんだ」
「でも、こちらの魔力をつかったはずです」
「お前たちは知らないのかもしれないが、本来なら呼ぶ側に魔力はほとんどいらないんだ。あれは呼ぶ対象とつながるために魔力を消費するだけだ。移動するときの魔力の負担は呼ばれる側持ちだ。だから、呼ぶ対象が知り合いとかだったら魔力はほとんどいらない」
「そうなのですか……」
「ああ、まあ魔力が大きすぎると世界からはじかれるから消費してちょうどいいのはいいんだがな」
「……え?」
急な勇者の話に王女が驚くが、何でもないという風に横になったまま勇者は手を降った。
「ああ、今言ったのは気にしなくていい」
「そう……ですか」
結局勇者が何を話したいのか言わないままに二人の時間は過ぎていく。
「本当はいろいろと言いたいことがあったんだがうまく言葉が出てこなくてな」
「……」
「ただ、なんだ。ありがとうな。回復がなかったら今頃死んでた」
勇者は屈託のない笑顔でいった。
それを聞いて王女は無表情だった表情を崩した。
「どう……して」
「ん?」
「どうしてっ!どうしてそんなこと言うんですか!?私があの魔族を助けようとしなければあなたはそもそも傷ついてなんかいないのにっ!」
怒っているような真剣な面持ちで言った王女。
そんな、王女が必死になって言った言葉は勇者に届いたのか、届かなかったのか。
王女の叫びを聞いて勇者は大きく笑い出した。
「ふはっ。はははっ」
「な、なんで笑ってるんですか!」
勇者の笑いに戸惑いつつも怒った様子の王女。
笑うのを止めて、そんな王女に微笑みかけながら勇者は言った。
「前の世界にもいたよ。度を過ぎて優しい奴が」
「……え?」
「どんな奴にでも助けを差し伸べて、裏切られて、それでも懲りずに結局は助けちまう奴が」
勇者の言葉を聞いて王女は突拍子もないことを呟く。
それは、何気ないような、それでいて確信を持っているような一言。
「もしかして、私の言った人は実在するんですか?」
そんな王女の問いに、勇者は「ああ、多分な」と一言、首を縦に振った。
「……そう。ですか」
それを聞いても王女は嬉しそうにするわけでもなく、ただ、少しだけ寂しそうに俯いた。
「別の世界にいるから会えない……か?」
「……はい」
「だが考えてもみろ、別の世界から来た人間がここにいるんだぜ?」
「あっ……」
勇者の言葉に顔を上げて目を見開く王女。
すこし、ほんの少しだが表情に色が戻る。
「必ず会えるなんて無責任なことは言わない。だがな、諦めるには早いんじゃないか?」
「……そうですね」
「ああ、世界を救ったらそいつを探す旅にでも出よう。大丈夫きっと見つかるさ。最悪俺を呼んだ時みたいに呼んでみればいいだろ?」
決して軽薄ではなく、されど軽い口調で言う勇者に王女は嬉しそうに笑顔を見せた。
そんな王女を見て勇者が嬉しそうに言う。
「あとな、魔法は想いで強くなるんだ。強い思いを持てばなんだってできるからな」
「なんですか?急に精神論ですか?」
突飛もない勇者の言葉に笑って答える王女。
その瞳の憂いは限りなく薄くなっていた。
「まあ、そんなもんだな。とりあえず今晩の宿取りはまかせる」
「はい!では改めて、今晩の宿をとってきますね!」
「ああ。たのんだ」
王女はすっかり元気を取り戻した様子で病室を出ていき、そこには勇者だけが残った。
勇者は体調が少しは良くなったのか、上半身をゆっくりと起こした。
自分の手のひらに視線を落とす。
「単純なんだか、馬鹿なんだか」
そう言って呟く勇者の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。




