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このセカイで笑っているのです。【完結】  作者: コモンピープル


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顔向けができるように

 翌日、重い空気を引きずったまま二人は朝を迎えた。

 勇者が王女に話した内容によると、今日中にフリーレスに到着したいようだ。

 なにも無い様子で進む二人だが、先日までと変わったことが一つだけあった。

 変わったというより戻ったの方が正しいのかもしれない。

 

 勇者がまた、王女に対してあまり口を利かなくなったのだ。

 理由は勇者も話さないため分からないが、昨日のゴーストタウンが関係しているのだろう。

 だが、そんな勇者の様子を王女は気にした様子もなく共に歩みを進めた。

 とはいえ時折何か話しかけたいようなそぶりはあったが、その度に言葉を飲みこんでいるようだ。


「そういえば、敵がいないな」


 歩みを進める中、何気ない様子で勇者が呟いた。

 数時間歩いていたが、今日歩き始めて初めて勇者から発した言葉だった。

 それに答えるのは隣の王女。

 勇者が口を開いてくれたことに喜んでいるようで、少し弾んだ声色で勇者に答えていた。


「ええ、おそらくですが魔物たちは皆魔王軍に徴兵されているのでしょう」


 この世界の魔物は魔王の配下である。それは魔王が魔物を創造した、言わば創造主だからだ。

 そういった背景から基本的に魔物は魔王には従順だといわれてる。

 それ故に命令されてしまえば逆らうことはない為、徴兵されている今はこの辺りにはいないのだろう。

 逆に言えば世界中の魔物を使役出来る魔王の脅威もそれらの事から感じることが出来るのだが。

 

「そうか、だが盗賊すらもいないぞ?」

「とーぞく?」


 王女が知らない風に首を傾げる。

 それに対して勇者は驚いた様子で話した。


「ああ。人間の生活が苦しくなった奴なんかが、道行く旅人を襲ったりはしないのか?」

「なんだか、よくわかりませんが。そんなことする人はいませんよ?絶滅の危機なのに人類同士で争いあってどうするんですか」

「……そうか」

 

 本来ならばいてもおかしくないような人間の盗賊。

 だが、この世界にはいない。

 何故なら王女が言った理由ももちろんあるが、それ以上に旅人が少ないからだ。

 小さな農村もなく、大きな都市がいくつかあるだけ。

 そんな世界で旅をする人間は魔物などと戦っても倒せるほどの自衛力がある者だけだ。

 そもそもの話、いるかも分からないそんな者達を襲うのは割に合わない。もっとも他の理由もあるのだが、二人はまだ知らない。

 

「あともう少しか」

「そうですね」


 そんな話を挟みながら進んでいると、フリーレスまではあと数キロという所まで来ていた。

 開けた草原のはるか先の方に、微かながら壁のようなものが見え始めている。

 まだ数キロも先にあるにもかかわらず、ここから見えることが壁の大きさを物語っているようだ。

 そんな歩みを進める中、ふいに数十メートル先を王女が指さす。

 

「あれは……人ですか!?」


 王女が指さす先。

 そこにあったのは赤黒く染った草に、横たわった人。

 

「っ!?行きましょう!」


 勇者は少し悩むそぶりを見せるが、王女はそんな勇者を置いて先に駆けていく。


「おい!まて!」

 

 呼び止める勇者だが、それを聞き入れない王女。仕方なく、勇者も王女に続いて走っていく。

 勇者が追いつくと、そこには薄い灰色の肌をした人間そっくりの男が横たわっていた。


 「ま、魔族……」


 王女のつぶやきに、勇者が頷く。

 王女の言うようにその男は魔族だった。

 しかし、ゴーストタウンの少女とは違い、角は生えてなく肌の色以外は人と何ら変わりはない。


 「ああ、そうだ。そしてこの世界の魔族は確か魔王の配下だったな」


 そこに血を流して横たわっているのは倒すべき相手、宿敵ともいえるような者だった。

 昨日のことがあったためか一瞬の戸惑いを見せる王女。しかし、顔面を蒼白にしながらも王女は駆け寄る。

 そっと手をかざして願うように魔法を発動していた。

 

 「……そいつは俺たちの敵だぞ。倒すべき相手だ。昨日の少女とは何も関係はないんだぞ?」


 感情を押し殺したように淡々と話す勇者。

 敵である魔族に回復の魔法をかける王女に勇者は近づいて行く。

 

 「勇者様。……私は神様ではありません」

 「……ああ」


 一生懸命魔族に回復の魔法をかける王女が、勇者の方を振り向きもせずに呟く。


 「だから、正しいことなんてわかりません」

 「……」


 やはり恐怖があるのか、王女は震える手で必死に回復を施している。

 

 「少し、昔の話と馬鹿な話をします」

 「……ああ」

 「勇者様と出会う前、つい先日まで私はほとんどを王城で暮らしました。こんなご時世だから、戦場には何度か行ったことはあります。そこでは、皆が必至な顔をして人を斬り、魔法で打ち、殺していました。人間だけでなく、魔族も。私はそれが当たり前に見えて、同時に違和感を抱えていました」

 「……そうか」

 「ここから馬鹿な話です。笑ってくださっても構いません」

 「……」

 「先日話した好きな人って、実は会ったことないんです。顔もまともに憶えていない。だって、彼は夢の住人だから。……言ってしまえば私の妄想みたいなものなんです」

 「……」

 「夢の中で私は時に魔族に、時に人間に、時に亜人になっています。そんな夢の中で彼は、人間も魔族も亜人も分け隔てなく救うんです。どんな私であろうとも救ってくれた」

 「……」

 「私は神様でも何でもないから全ては救えない。だから手の届かないところまでは知らない。でも、今ここでこの彼を見殺しにしたらきっと私は彼に見合わない。顔向けできないんです」

 「……そうか」


 少しの沈黙。

 数十秒にも、数時間にも感じるような沈黙。

 そして、口を開いた勇者。

 

「夢の中のそいつはそんなことを気にするのか?」


 何気ないようにも、真摯な質問にも聞こえるそれに、王女が振り向いた。

 その顔は切なく、困っているような、それでいてどこか清々しいような。


「きっと気にしないです。でも、私が気にしますから。それが偽善だとわかっていてもするんです」


 微笑みだった。

 今まで王女が見せたことのない、純粋な微笑み。

 それは、優しいものだった。

 とてもとても、優しいものだった。



 三十分、四十分と時間が過ぎていく。無言が続く。

 勇者は王女を見守るように、王女は祈るように。

 そして、次に発せられた声は勇者でも王女でもない第三者の者。

 

「……人間?」


 倒れていた魔族がその目を開いた。

 

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