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このセカイで笑っているのです。  作者: コモンピープル


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深まる。芽生える。

「もう、遠い昔に感じるな」


 辺りは薄暗くなってきている。

 そんな中で、どこか虚空を見つめながら、ぽつりぽつりと思い出すように話し始める勇者。

 

 それまで仏頂面だったその表情が、どこか懐かしむような、優しげな表情に変った。


「俺の故郷は、地球という星の日本という所だった」

「星?あの夜空に浮かんでいるものですか?」

「ああ、正確にはこの世界とは別の世界の星だがな」


 勇者が説明をしても、首を傾げる王女。

 必死に考えてはいるようだが、彼女は理解できていないようだった。

 そもそも、王女たちの考えではこの星そのものが世界であり、星は空の一部であるという考えなのだ。

 勿論勇者は王女の考え方を知ってはいないはずなのだが、そんな王女の様子に穏やかな微笑みを浮かべて、勇者は話を続ける。

 

「まあ、この世界とは別の世界だと思っていいさ」

「むー、分かりました」


 王女は思考の糸が絡まってしまったのか、考えることを止めて不思議そうに首をかしげながら話を聞いていた。


「その世界では魔法ではない技術が発展していてな。この世界よりは豊かで人間が多かったよ」

「え?魔法が発展していないなら魔王を倒すことはできないのでは?」


 王女がそう思うのも無理はない。

 この世界では人類の悲願は魔王を倒すことであり、魔王の存在が伝説やおとぎ話ではなく常識として刷り込まれていた。

 

「いや、そもそもいなかった。魔王も、魔物も、魔法が使える人間すらいなかったはずだ」


 王女は驚いたような、理解できないものを与えられたような様子だ。

 また一生懸命に考えているようだが、それでも頭を悩ませている。

 

「ふ、不思議な世界ですね。でも、この世界より平和そうですね……」

 

 勇者の居た世界を羨んでいるのか、王女たちの今いるこの世界を憂いているのか。

 王女がどこか寂しげな顔をする。

 その王女の表情を受けてか、『平和そう』という言葉を受けてか、あるいはその両方からか。

 勇者の表情も暗くなった。


「まあ、種としては敵がいなかったからな……」


 呟く勇者の表情は寂しげで、悲しげ。

 故郷を懐かしむようなものではなく、憐れむようなものだ。

 勇者が平和だったと言い切っていないのが、その表情の答えのようにも見える。

 すると、今度は王女が何かに気がついたように口を開いた。

 

「え?てことは勇者様は魔法が使えないのですか?」


 彼女がそう考えるのも無理は無い。

 勇者の故郷には魔法が存在しなかったと、本人の口から言われたのだから。

 しかし、勇者は何故か少し困ったように言う。

 

「んー、いや。俺はこの世界に来る前にいくつか世界を渡っていてな。魔法は使えるんだ」

「おお、もう幾つもの世界を救ってきたのですね!」

「……ああ。そうだな」


 また、悲しげな顔をする勇者。王女はなにかしらの勇者の持つ地雷を踏んでしまったのだろう。

 その場に流れるのは気まずい沈黙。

 何も言えなくなり、黙り込んでしまう王女。

 

 だが、そのまま沈黙が支配するようなことはなかった。

 意外にも先に口を開いたのは勇者の方だ。

 砕けた明るい口調で言った。

 

「というか、お前は昨日とずいぶん雰囲気が変わったな。そっちが素か?」


 あまりにも不自然で急な話題の転換ではあったのだが、彼なりの気遣いだったのだろう。

 それを察した様子で王女も話題を変えた。

 

「まあ、あんな態度では疲れますし、話しづらいでしょう?」

「まあ、そうだな」

「そーゆーことですよ!」


 得意げに胸を張る王女。

 それを、優しげな瞳で見つめる勇者。

 それは、親が子を見つめるようなものと、愛するパートナーや恋人を見つめるような感情が混ざったような、とにかく優しげな瞳だった。

 その瞳には哀愁すら漂っている。

 

「そっちのほうが好きだな……」


 口をついたように勇者から出た言葉は、その言葉のままに王女のもとに届く。

 自分が発した言葉にもかかわらず、驚いたような顔をする勇者。

 

 そして、言葉を受け取りにやける王女。それはまるで子供が好きな人を聞いてからかうときのような顔で。

 

「まさか、たったの一日で私に惚れました?」


 にやにやとしながらからかうように言う王女。

 そんな王女にお返しと言わんばかりに勇者はにんまりと笑って答える。

 

「はっ、一日そこらで惚れるほどピュアじゃないんでね」

 

 その顔は今までの仏頂面の勇者からは想像もつかないほどの明るい笑顔で、十代半ばの年相応の笑みだった。

 

 そんな、それまで仏頂面だった勇者の唐突な笑みに王女は目を見開く。

 驚いたのか惹かれたのか。そして、王女はまるで照れているのを隠すように、すこし恥ずかしそうに早口で言った。


「そ、そうですか。いいですもん。私にはカッコイイ憧れの人がいますから」

「ほう、婚約者か?」


 からかうつもりか、王女の発言に今度は勇者が興味を示す。

 だが、勇者のその表情はどことなく驚きが含まれているものだった。

 

「いえ!でも、私がピンチの時に必ず助けてくれるんですから!」

「……そうか」


 王女の自信満々な話しぶりに何故か表情を曇らせる勇者。

 そんな表情に影を落とした勇者に王女は勝ち誇ったようににやけた。


「まあ、寝るか」


 分かり易くテンションの下がった勇者は横になった。

 それに続いて王女も横になる。

 何とも言えない空気感のまま、お互いは横になった。

 暫く目を開けたままの王女だったが、次第にすやすやと寝息を立てて意識を落とす。

 

 しかし、勇者はまだ眠っていなかった。

 王女が寝息を立ててしばらくして上半身を起こす。

 徐に王女の方を向き、瞳に涙を浮かべて今にも泣きそうな表情で呟いた。

 

「お前がそんな夢を見るこの世界を、この世界のままに俺は救えるのだろうか……」

 

 勇者の言葉の意味は本人にしか分からない。

 瞳に浮かんだ涙の意味も、今まで彼が経験してきたものも。


「まあ、寝るか」

 

 彼は独りごちると、再び横になった。

 そして、数時間後。朝日が昇る。

 何事もないままに、次の日の朝を迎えたのだった。

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