出立
勇者は召喚された翌日には城を出た。
日が真上に差し掛かり、気持ちのいい青空が広がる日だ。
城を出た瞬間に大きく深呼吸をしていたのは天気の為か、城から出られた為か。
彼は召喚された当日の夜には魔王についての資料は受け取り、読み込んでいた。
その為に粗方の行動指針は決まっていたようだ。
迷うことなく街中を進み、王城のあるこの街『王都』から出るために、街中から唯一外に出ることができる門に来ていた。
何故そこからしか出られないのかというと、魔王軍やその配下の魔物たちにより人間たちは追い詰められ、主要となる都市には高い壁を作って守ったからだ。
そこに門を入出それぞれ一つづつの計二つだけ作り、検問で危険物の持ち込みなどを検査する。
そういった理由で門が二つしかない。故に本来なら門の出入りは混み合い長蛇の列ができるはずだが、そんなことはなかった。
できている列は五メートルほどしかない。一人当たり二分ほどで終わるため待ち時間もそう長くはないのだ。
それを差し置いても短いこの列が、人類が数を減らして絶滅の危機に瀕していることの表れのようでもある。
「次の者」
勇者の番が回ってきた。
そこで検査をしているのは王国の騎士だった。
この門に重きを置いているのか、人手が足りずにここで働かされているのか定かではないが、昨日勇者のいた城の中にその騎士の姿はあった。
「ゆ、勇者様!?」
「ああ、さっさとしてくれ」
昨日の今日で街から出ているためか、騎士は勇者の姿に驚いた様子でたじろぐ。
規則にのっとり騎士が所持品の検査をしていると、勇者が口を開いた。
「それにしても、出るのにも検査がいるんだな」
「ええ、スパイの炙り出しにつかえますからね」
勇者は王に対する態度からはかけ離れた様子で騎士に話を振った。
その口調は軽く、先日の剣呑さはまるで感じない。
「そうか。まあ、だがその実は抑止力がメインか?」
「まあ、そんなところです」
こんなもので魔族のスパイが炙り出せるなど騎士も思っていないのだろう。
騎士は軽い雑談を交わしながらも手際よく持ち物の確認をしていく。
「人手が足りてないのか?」
「え?」
勇者の突拍子もない質問に首を傾げる騎士。もちろん荷物の確認をしながらだが。
「いや、昨日は城にもいただろ?」
「お、覚えてくださっていたんですね!」
騎士が驚いたのも無理はない、いくら人が少ないとはいえ国の中心部である王都には数千の兵士がいる。
もちろん勇者はその全員と会ったわけではないが、城にいた兵士だけでも数百人はいたはずだ。
ましてや会話を交わしたわけでも、特段目立つわけでもないこの兵士のことを覚えていたことは充分に驚くべきことなのだ。
「ああ、記憶力には少しばかり自信があるからな」
「流石ですね。まあ、たまたま今日が当番だっただけですよ。……と、検査は終わりです」
「ああ、ありがとう」
「はい、お気を付けて」
騎士の検査も無事に終わり、勇者はやっと王都の外へと踏み出した。
王都の周辺は見晴らしのいいい草原で、門から踏み固められたてできた道を道なりにそのまましばらく進むと東西南北四方に延びる道がある。
その情報を知っていた勇者は分かれ道が来るまでしばらく進んだ。
勇者は歩きながら地図を広げた。詳しい道などは書いていない何とも安っぽいものだが、方角と位置関係はしっかりと書いてある。
「えーと、行先はここか」
勇者の向かう先は北の方角へ進んだところにある。
都市の名前は『フリーレス』。
そこは、冒険者と呼ばれる公営の何でも屋のような者たちが多く住んでいる、王都に次ぐ大都市だ。
恐らく、魔王の住む場所も北の方角にあるため立ち寄るのにちょうどいいと判断したのだろう。
「まってくださあああい!」
地図をしまい、勇者が一歩踏み出したとき、後ろから叫び声が聞こえてきた。
何かを察したようにあきれ顔で勇者が振り向く。
「やっぱり来たのか……」
そこにいたのは、長いブロンドを一つに束ねた軽装備のかわいらしい少女。
そう、王女だった。
だが口に出した言葉のように、勇者は全く驚く様子もなく彼女を見据える。
「はぁ……はぁ……まにあった」
息を切らしながら安堵する王女。
頬を赤く染め、肩で息をしているところを見ると相当全力で走ってきたのだろう。
だが、そんな王女に勇者は冷たく言葉を浴びせた。
「言った筈だ。付いてくるなと」
声色も雰囲気も、勇者は冷たく突き放す。しかし王女はそれに動じない。
それどころか、呆けたような顔で勇者に言葉を返した。
「何のことでしょう?」
「なるほど、あくまでも王の意思ではなく自分の意志で来たというのか……」
お手本のように、やれやれと頭に手を当てる勇者。
「ん?よくわかりませんが、私はもちろん自分の意志で勇者様をお供するつもりです!」
対する王女は明るい笑みを浮かべる。きっと分かっているのだが、それを全く表に見せない。
勇者は深くため息をつく。
諦めたような、呆れたようなため息を。
「死ぬぞ?」
なんの前置きもない唐突な一言に王女の表情が一瞬こわばる。
その勇者の言葉には確信めいたものが存在していた。
まるでそれは、この先王女が死ぬことを知っていてその上で忠告しているようなものだった。
殺意ではない、可能性でもない。ただ、知っている事実を述べているような。
そんな、根拠の示せない凄みを見せる勇者に王女は笑顔で口を開く。
「大丈夫です!私は魔法が得意なんです!」
死なない根拠としては弱すぎる言葉と共に健気な少女然とした王女は、それでも同行する意を示した。
王女も王女で、死ぬことはないと確信しているようだった。
そんな王女の態度にあきらめたのか、それとも王女が死んでも問題ないと判断したのか勇者も言葉を返す。
「まあ、いい。好きにしろ」
勇者は直ぐに受け入れた。最も受け入れるというよりは諦めた様子だったが。
その受け入れの速さに少し疑問を抱いた様子の王女だったが、それも気に留めることなく笑顔に戻った。
「ところで、勇者様は今からどこに向かうつもりなんですか?」
王女の問いに勇者は端的に返す。
「フリーレスとかいう冒険者の都市だ」
「仲間集めですか?」
「そんなところだ」
「……なるほど」
勇者と王女のまともな会話は、それを最後にしばらくなかった。
これは王女が会話を苦手としている訳ではない。王女が何を話しかけても勇者は一言二言応えて終わりなのだ。
先ほどの検問では自分から話しかけるほどだった勇者だが、姫に対しては冷たい態度だ。
まるで、親しくなるのを拒んでいるかのように冷え切った態度だった。
理由は勇者本人にしか分からないが、気まずい空気がお互いの間に流れる。
そして、そのあと数時間。ほとんど人も木々もない草原を勇者と王女は無言で歩いていた。
「そ、そうだ。今日は野営ですか?」
相変わらず続く草原に日も落ちてきたころ、王女の問いに勇者が頷いた。
フリーレスまではまだ数十キロほどある。
この辺りには都市もなく、泊る所もないため必然的にこうなるのだ。
「この辺に、しましょうか」
王女が手元の袋から数本の金色の短剣を取り出す。
それを興味気に見つめる勇者。
その視線に気が付いた王女が、視線を手元の短剣から勇者の方へと向ける。
「どうかされました?」
「いや、それは……どうやって使うんだ?」
王女はたいそう驚いた様子で目を丸くする。
「破邪の短剣ですが……ご存じありませんか?」
「ああ。見たこともない」
「ふふ、そうでしたね。は別の勇者様は別の世界から来たのでしたね」
納得したように、そして少し勝ち誇ったように、王女は勇者に説明を始めた。
説明によると、その短剣には魔に連なる者、つまりは魔王とその配下の認識を阻害して寄せ付けないようにする魔法が付与されているという。
そんなものがあるなら常に使えばいいと勇者が言ったのだが、一度使用したら暫くは使えないこと、そもそもの本数が少ないこと。
そんな数々の制限からそれは現実的ではないようだ。
「まあ、そんな訳で使いますね」
王女は破邪の短剣を五つ、ちょうど正五角形の頂点の形になるように地面に突き刺す。
すると、それぞれの短剣を結ぶように薄い光の線が走り、消えた。
「はい!完成です。この中にいれば安全です。一人を守るだけならその人が持っていればいいだけなんですけどねー」
最初に光ったことを除けば見た目は何の変化もない。それ故に少々不安になりそうだが、王女が言う通りなのならば間違いはないのだろう。
勇者は疑う様子もなくその中に座り、袋から保存食を取り出した。
そのあまりにも自然な様子に、王女の方が驚いている。
「どうした?」
「え、いや。初めて見るのに信じるんですか?」
「ん?ああ。見えてるからな」
「ああ、成程」
勇者が見えているといったのも、王女が納得したのも理由がある。
この世界には、一握りとはいえ魔力をその目で見ることができる者がいるのだ。
王女は勇者がそういう類の力を持っていると納得したのだろう。
「あ、そうだ。勇者様の故郷はどんなところだったんですか?」
「……知りたいか?」
先ほどまでとは打って変わって話に応じる勇者。
何が原因で変わったのかは分からないが、王女のことを突き放すような雰囲気はもうそこにはない。
そんな勇者の様子にどことなく嬉しそうに王女は答えた。
「はい!」
保存食を王女の分まで切り分けつつ、勇者は懐かし気に語りだした。




