忘れられた世界の最後の英雄
驚く程に接敵せずにたどり着いた魔王城。そこには、拍子抜けな程に誰も居なかった。
開け放たれた城門に、無機質な調度品が並ぶ城内。
身震いがするほどに冷たい魔城。
「おい、本当にここに魔王が居んのかよ?」
「ええ、居ます」
ガンマルクさんの言葉に応えたのは私。
魔法を使う者にだけ分かる。
ひしひしと魔王の魔力が城の奥底から漏れ出ている。
「あんたがそう言うならそうなんだろうが……」
拍子抜け、と言った様子で歩みを進め始めるガンマルクさん。それに対して、私の表情が強ばっていくのが自分でもわかる。
あまりにも重く淀んだ魔力、憎しみや恨みの籠ったドス黒い魔力を感じるから。
「なあ、王女。お前だけでも──」
「それは、ダメですよ。勇者様」
私を大切にしてくれているのは分かる。
そして、私がこの先死ぬかもしれないことも分かる。
「ここまで来たから、最後まで連れていってください」
勇者様にもしも何かがあった時、確実に回復役は必要だから。
「ああ、分かった」
渋々と言った様子で頷く勇者様。
その優しさが、少しだけ私の胸をくすぐる。
そして、私達一行は舞踏会上のような広間にたどり着く。
「やっと、来ましたか」
そこにいるのは一人の男魔族。
長身で、執事然とした風貌。
そして、あのゴーストタウンにいた魔族。
「お前が最後の四天王か」
「ええ。そういう貴方は、勇者様ですね?」
息を飲むほど剣呑な空気。
剣を構える両人に、声を上げたのはガンマルクさんだった。
「お前達は、先に行け」
「だか、ガンマルク。お前に勝てる相手じゃ──」
その表情は真剣そのもの。
ただ、真っ直ぐに敵を見つめている。
勇者様は、何も言わずにガンマルクさんの肩を叩く。
「──死ぬなよ」
「そっちこそな」
私は、何も言わずについて行く。
魔族もそれを止める様子はない。
広間を抜け、急に狭まった通路を急ぐ。
どこか焦った様子で早足になる勇者様。
「勇者様……」
「言うな、あいつは……。負けない」
自分に言い聞かせるように呟くその姿に私は思わず言葉を失う。
「俺の友は、必ず勝つ」
彼の強く握った拳から、涙のように血が滴った。
私はそれを癒せず、共に歩いた。
◇
~side ガンマルク~
「通して良かったのか?」
切り詰めた緊張の中、俺は魔族に軽口を叩く。
「ええ、魔王様の望みでもありますから」
どこか悲しげな魔族に腹が立つ。
「なんだよ、被害者ヅラしやがって」
「何を言うのですか、人間。魔王様は紛れもなく被害者でしょうに」
何を言っているか分からねぇ。
だから、言葉に惑わされる前に叩く。
「手癖が悪いですね」
事も無に初撃を防ぎ、隠すように入れた追撃も防がれる。
「そりゃお互い様だろ」
防ぎざまに入れてくる蹴りを膝で軌道を変えて流す。
「思ったより、やるようで」
「それは俺自身でも思ってたところだよっ!」
軽口を叩きながらも渾身の一撃。
右手を大きく振り、大剣自体の重みと遠心力で破壊力を増した一撃。
「甘い」
その渾身の一撃も、難なく止められる。
明らかな手加減。分かっていた、俺の攻撃が通らないことは。
他の四天王とカリムの戦いをみて散々思い知った俺自身の戦力不足。
「だが、あいつが託してくれた」
「はい?」
「お前に勝てないことは百も承知だ」
「ここに来て、降伏ですか?」
ああ、知ってる。 勝てないことは。
だけど、勝たなきゃいけねぇんだ。
「だから、命を燃やす」
カリムは言っていた、魔法は祈りで強くなると。
俺の中にも微量だが魔力はある。
「ここで勝つために、命すらかけてやる。ここでお前を倒すために、全てをかけてやる」
心臓が熱くなる。
心音が聞こえるほどに大きくなる。
熱を持った魔力が俺の中を駆け巡る。
「まさか、代償魔法を……!?」
「魔法の名前なんてしらねぇよ。ただ、俺は全てをかけてお前を倒す」
祈った、力を求めて。
祈った、託されたものを通せるように。
「ここからの俺は、負けない」
「なっ!?」
自分でも驚くほどの速度で魔族へと迫る。
眼前の魔族へ打ち込む握りこぶし。
仰け反って隙のできた首に叩き込む大剣。
だが、相手も雑魚じゃねぇ。何とか間に腕を入れてそれを防ぐ。
「何をやっている!そこまでの代償魔法を使えばお前は──」
「死んでもいい」
「くそっ!だから人間は好かんのだっ!」
魔族は顔を歪めて魔法を繰り出す。
火と氷が混じったようなそれも、腕力に任せて打ち払う。
この魔法に代償と制限があることは、なんとなく理解している。
だが、それでも俺はここでこいつを倒す。
「あがっ……」
俺の腹に刺さった一本の氷柱。
だが、歩みを止める訳には行かない。
目の前は魔法の弾幕、恐らく相手からもこちらは見えていない。
「使わせてもらうぜ、カリム」
懐から破邪の短剣を一本取り出す。
「ど、どこへ消えた!?」
俺を見失う魔族。
接近し、空いた首元に大剣振るう。
そしてその首から吹き出るおびただしい量の赤。
「くそっ、なんで……」
何やらごちゃごちゃ言っているがよく聞こえない。
ただ、その場に倒れた魔族の灰色が赤に染まるのが見える。
「なんで、片腕を飛ばされても、腹を抉られても向かってくるんだ。なんでそこまでして……」
「ごちゃごちゃと、何言ってるか聞こえねぇよ」
灰色が床に倒れるのが見える。
「お前は、もう耳も聞こえてないのか……。腕が切られてるのも気づいてない、さらに聴力も既に代償に……」
「何言ってるかよく、聞こえねぇけどよ。魔族、これだけは言える。俺はお前を倒す為ならば自分の全てを捨てるぜ」
「ああ、そうか。……そうだよな。だが、私ももう……既に、息……が……」
段々と世界がぼやけてきやがる。
まだ相手は死んでないのに。
見えない、聞こえない、感じない。
右手が動かない、いや、もう既に付いてすらないのか。
しかしだめだ、相手はまだ生きているはずだ。
自分が立っているのか、倒れているのかもわからねぇ。
ただ、視界が黒く染まるような。
ともすれば、真っ白な空間にいるような。
まだ、確実に、アイツが死ぬまで気を抜けないのに──
『もう、大丈夫だよ』
──え?
聞き覚えのある声。そんなはずはないのに。
『お疲れ様、頑張ったね』
──アリ、ス?
『立派な冒険者になったね。私みたいな子供が死なないように、ずっとギルドで気にかけてたね』
──ああ、そうだよ。俺は頑張ったんだ。
『うん、知ってる』
──君がいなくなってから。君の死を知ってから。俺は頑張ったんだ。
『そうね、見てた』
──だけど、寂しかったんだ。
『………』
──俺は……僕は、君と冒険者になりたかった。
『……私も』
──親友もできたんだ。魔族も倒したんだ。いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだ。
『全部、聞いてあげる』
──ねぇ、アリス。
『何?』
──僕、君の背中を守れるくらい強くなれたかな。
『うん』
──そうか、それなら。
──良かった。
『ねぇ、ガンマルク。大好きよ』
──ああ、アリス。ぼくも君を、ずっと。
◇
冒険者、ガンマルク。
その命を賭して四天王の一人を討ち滅ぼした。
忘れられた世界の、誰も知らない一人の英雄。
ただ一人の愛する少女への思いを胸に、その命が尽きるまで戦った。
その後、生まれ変わった後は──




