名も無き始まりの村
勇者様から短剣を頂いて数日。
私たちは魔王の元へと歩みを進めていた。
敵の城の位置は既に分かっている。
それは遠目で見てもわかるほど大きく、禍々しいものだった。
小声で口を開くのはガンマルクさん。
「こんなもん飾って。魔王様ってのは、悪趣味だねぇ」
ガンマルクさんが言うのも無理は無い。
魔王に近づくにつれて現れだした物が、棒に人の頭を刺したものだったからだ。
見せしめのように道端に掲げられてある。
勇者様が言うには腐らないよう加工までされているようだ。
最初は吐き気がするほどに嫌悪感があったのだが、慣れてしまった。その慣れが逆に怖い。
思えば戦場で死体を見ても吐くことは無いからそんなものなのかもしれないが。
「にしてもこの魔法はすげえな」
彼が言うのは勇者様の魔法。
今、勇者様の防具は淡く光っている。
最初は私たちも半信半疑だったのだが、一度だけ魔物が現れた時がありその時以降は疑ってない。
何があったのかは言わずもがな。
正面に立とうが、声をかけようが気がつかない。勇者様曰く、触れなければ問題のないとの事。
「まあ、だが気をつけろ。俺から離れたり、相手によっては効かない可能性がある」
「あいよ」
軽口とともに私達は進む。
基本的に森の中を進んでいる。森の中は基本的に手付かずであるため、魔族との遭遇確率が低いからだ。
とは言っても魔族とは逢うことはないが魔物は出てくる。最も勇者様の防具のおかげでこちらが気づかれることは無いのだが。
「……なあ勇者、あの先見えるか?」
最初に気がついたのはガンマルクさんだった。
そして勇者様、私の順にそれに気がつく。
「あの、もしかして……」
私の言葉に勇者様が頷く。
いま、それは前方五百メートル程のところにある。
立派で、それでいて異様に人気のないもの。見たこともないほど綺麗な石材でできている。人の建てる家ではない。
さっきまではなかったはずの物。不可解だが突如現れたのだ。
「……魔族の家か?」
ガンマルクさんが呟いたそれは、少し惜しい。
勇者様と私はそれを見たことがあった。それも、この旅の始まりの頃に。
「いや、その記憶。ゴーストタウンだ」
ガンマルクさんのつぶやきに答えた勇者様の言葉。
そこにあったのは集落。それも、今はもう存在しないもの。
「また珍しい。話にしか聞いたことないぜ」
ガンマルクさんは物珍し気に見ている。
「なあ、王女。関係あると思うか?」
それに対して神妙な面持ちなのが勇者様。
彼の言いたいことは分かる。きっと思い出しているのだ。
あのゴーストタウンの事を。
「入ってみないと分からないでしょう。記憶ですから、向こうから攻撃してくることは無いはずですし」
頷く勇者様。ガンマルクさんは状況が呑み込めていないようだが、何も言わない。
「行くか」
あの時のように村へと踏み入れる。
違いと言えば人の村ではなさそうなのと、ガンマルクさんがいることだろう。
一歩踏み入れた。
その瞬間、溢れ出す過去。
◇
そこに居たのはいつか見た少女だった。いつか見た血塗れの杭の前に、寂しげに立っている。
隣のガンマルクさんが憎しみを乗せて呟いた。
「やっぱり魔族か……」
私たちは何も答えない。
湧き上がってくるのはあの時の感情。
その少女の前に一人の男魔族が跪く。
その魔族が大人だったことに違和感を抱くが、次の瞬間に掻き消える。
『魔王様。次は何を致しましょうか』
「ああ、なるほど」
呟いたのは勇者様。
そして、私が抱いたのも同じ感想。
「なるほどってなんだ?」
ガンマルクさんだけが不思議そうに見ている。
「俺たちは旅の初めにゴーストタウンに遭遇していてな」
それ以上は何も言わない勇者様。
ガンマルクさんも深くは聞かないようだった。
『殺せ、壊せ』
光の無い瞳で無機質に言い放つ少女。
『仰せのままに』
そう言って傅く魔族。
再度少女のみが村内に残る。
「こいつが、……こいつがぁッ!全部をめちゃくちゃにしたのかッ!」
拳を握りしめて呟くガンマルクさんに、私も勇者様も何も言えない。
『全部……。壊して』
壊れたように呟く少女。
その無機質な表情に一筋の涙が伝った。
「なんで、泣いてんだよ」
ガンマルクさんの怒りも、少女には届かない。
「なあ、ガンマルク。俺は正義なんかじゃじゃない」
「あ?なんだよ急に」
「だが、お前は正義だよ」
遠い目をして少女を見つめる勇者様。
それを見てガンマルクさんが首を傾げる。
「だから、急になんだってんだよ」
「いや、伝えたかっただけだ」
そう言って、歩みを進め始める。
ゴーストタウンは霧散する。
「何があっても、お前だけは人類の正義だ」
勇者様の真意は私にも分からない。
だが、私も少しだけ同じことを思った。
「カリム、お前も正義だろうがよ……」
それを聞いて、少しだけ寂しそうに呟く勇者様。
「ああ、だといいな」
魔王城までは、あと少し。




