人類最後の王(国王視点)
ああ、頭のモヤが晴れない。
マリアは、娘は元気にしているのだろうか。
「バーゼリアの塔の状況はどうなっている?」
私が尋ねると、目の前の兵士が頭を下げたまま答える。
「は!伝令によりますと数日前に勇者様が到着し、その力で四天王を一人落としたとのことです」
「……ふむ。そうか」
頭の中のモヤは晴れない。
本当は娘の安否を聞きたかった。
なぜ私はこんなことを報告させているのか。
ずっとずっと分からないままだ。
◇
「……人の王よ」
その声を聞くと頭のモヤが急激晴れていく。
クリアになる脳内。
すぐさま隣を見ると、そこにいるのは憎き魔族の男。
「貴様ぁっ!?」
胸の内でふつふつと湧き上がるのは怒り。
それは果てなく、粘着質でナニカ黒いもの。
――憎い。
思わず手を振りかぶる。
全ての元凶はこの魔族。
勇者が召喚されたのも、娘が旅に出たのも。
全てはこの魔族の差し金。
――殺してしまいたい。
しかし、振りかぶった手は何にもぶつかることはなく。降ろされる。
そんな様子の私を見て笑みを浮かべる。
この魔族は知っているのだ。
今の私に何も出来ないことを。
無力な私を見て満足気に頷く。
「はっ!はははっ!よろしい、よろしい。稀代の魔術師も魔力がないのでは型なしですねぇ」
嘲笑っている。
勇者召喚で魔力を消費させられて、まだ回復して無い。
魔法のない私はただの中年なのだ。
昔は初代の再来などと持て囃された魔力量だったが、この時ばかりは魔力量が多いことを恨む。
「それで、お前はなぜ出てきた?普段かけている呪いまで外してまで」
こいつは普段はどこかしらに隠れて姿を見せないのだ。今になっていきなり現れたと言うことは、きっと何か理由があるはずだった。
普段私にかけている思考制限まで外して出てくるほどの理由が。
少し嫌な予感がする。
「呪いとは失礼な。祝福ですよ?まあ、お疲れ様を伝える時くらいは意思があった方がいいだろうと思いましてね」
私とて察しは悪くは無い。
分かってしまった。ただし、それは最悪の話。
気づくことの無い方がきっと幸せだったであろう。
「まて!約束が違うはずだ!」
「ふふふふ。勇者を召喚したら王妃を生き返らせる、でしたか?」
いくら魔族でも何もなんの制約もなしに思考制限をかけることが出来るほど、力の差がある訳では無い。
五年前、妻を亡くした私は魔族と取引をしたのだ。
「馬鹿ですねぇ、王がこんなのだから人間は馬鹿なのでしょうね」
ケラケラと笑う魔族。
信じた私が馬鹿だったのか。 そもそもどうして信じてしまったのか。
「どういうことだ!?妻は、サリアは生き返るのでは無いのか!?」
「生き返らせる術など我々にはありませんよ。まあ、魔王様が言うには自分の寿命や命と引き換えになら可能な者もいるらしいですがね」
「くそっ、何故あんなに簡単に信じてしまったのか……」
「貴方の思考は掌の上ですよ。王妃が死んだあの日、弱っている者の思考を誘導することなど難しいことでは無い」
ああ、世界というのは、こうもおぞましいのか。
きっと人類の希望は無いのだ。初めから全ては魔族の掌の上だった。
「ああ。そうか、人類の抵抗などは無駄だったのだな……」
「ええ、そうです。貴方の祖先が魔王様を呼んだその日から、全ては始まった」
祖先が始めた事を、子孫の私がケジメをつけるのか。私にも初代程の力があれば幸せだったのだろうか。
「……なあ、魔族よ」
「なんでしょうか?」
その言葉が出たのは諦めからだった。
答えすら望んでいない。
「どうしたら、我々は敵対しなかったのであろうな……」
どうせ死ぬならと尋ねてみる。
どうしたって分かり合えない。きっと、それが答えなのだろうが。
だが、帰ってくるのは予想の外の答え。
「……知っていますか?」
「何をだ?」
「魔王様が人類を滅ぼすのは、たった一人の人間のためなんですよ?」
「……なん、だと?」
この魔族から過去の話は粗方聞かされてていた。
全てが真実かは分からない上に、主観はもちろん入ってはいるだろう。しかし、実験のついでに勝手に別の世界から召喚されて迫害されたという話を聞いて魔王には同情すら感じてしまった。
「魔王様は『真実は然るべき者の為に残してある』と言っていました。私も全ては知りません。しかし、先程の答えを返すのなら『人類が受け入れて居れば』でしょうね」
魔族も被害者と言うことなのだろう。
だが、人類もまた被害者。
なんと争いとは無意味なものなのだろう。
なんと平和とは叶わぬものなのだろう。
「人の業か」
「ええ、良いも悪いも」
もう私にできることは無い。
この国は、いや人類は既に魔王の手中か。
「腹を括るしか無いか……」
怒りは消え失せていた。もう、諦めていた。
思考誘導のせいなのか、本心で消えたのかは知りえない。
願わくば、マリアの無事を。
願わくば、サリアとの再会を。
「来世があるならば分かり合えることを願います」
「ふんっ。長年支配しておいてよく言うわ」
「だからこそ、ですよ」
情なんて要らなかった。
寂しさが産まれるから。
情なんて要らなかった。
期待が産まれるから。
そして、後悔が産まれるから。
もしも、来世があるのなら家族三人での慎ましい幸福を。
◇
人の王が死ぬと魔族は進行を始めた。
元々潜伏していた魔族が動き出したため、人類は後手にしか回ることが出来なかった。
結果、一晩にして大陸の人類の過半数が死亡。
他の者達も、次の晩には生きてはいなかった。
残りは大陸の外に逃げた三人のみ。
人類の長きに渡る抵抗は呆気なく終わりを迎えた。
人類側の敗北と言う結果で。
――人類最後の王【名称未詳】享年38歳。
忘れられた世界の最後の王。敵対する魔族に利用された挙句に殺され、その生涯を終える。
――【ザミ・アルセヌ】享年38歳。
忘れられた世界のとある男。
利用された挙句にその者の手によって死を迎えたが、その後生まれ変わった際は家庭を持ち幸せに暮らした。




