想いが紡ぐ魔法
私達は今、人類の住んでいた大陸の外にいる。
それも人類の大陸から遥か離れた所だ。
地図がないのでなんとも言えないが、王都からバーゼアの塔までの道のりよりも離れているのは間違いない。
魔力で強化した駆け足で昼間は進み続けて一週間。
勇者様は「三十キロは出ている」と言っていた。
どうやら速さの単位らしい。
重さや、時間の単位はあっても速さの単位は存在しないので新鮮に感じたのを覚えている。
そんなわけで進んで分かった、幸運なことがまずひとつ。
この大陸は思ったよりも広いようで、魔王の手が届いてない場所があった。
私達は魔王の住処を大きく迂回して、一週間ほど前に魔王軍の手の届いていない範囲で隠れ家となる洞窟を見つけた。
そしてもうひとつ幸運なこと。
この大陸の魔物は魔物であって、魔物では無かった。
勇者様の発案で私達はそれらを魔獣と呼ぶようにした。
見た目や種類はほとんど魔物と一緒。だが、どうやら魔王の配下では無いようで私達を見ても攻撃をしてこないものまでいた。
ちなみに魔王の配下かどうかは勇者様が見れば分かるらしく、それで判断している。なんでも魔力の色が違うようだ。
勇者様の言うには元がこちらで、それを魔王が真似して創造したのであろうということ。
この辺りが手の届いていないと言う判断も魔獣の存在からした。魔物が全くいなくなって魔獣の数が増えてきたからだ。
襲撃に逢い、バーゼリアの塔を出てから約二週間。勇者様は今は洞窟の奥に篭っている。
集中力の必要な作業なうえに、それを行っている時は手が離せないため私達は警戒と食料調達に回っている。
私達は何も出来ぬままに、勇者様が篭って一週間。彼はまだ洞窟から出てくる気配は無かった。
洞窟の前でガンマルクさんは狩ってきた魔獣のお肉を焼いている。お肉には当然味付けはなく、脂と身の味だけだ。
こうなって初めて調味料のありがたみが分かるのだから、人間とは不器用なものだと思う。
「なぁ、王女さん。カリムはいつ出てくるんだ?」
そんなことを言いながら味のついていないお肉にかぶりつくガンマルクさん。何気ない様子で言っているが、ここ数日どこか忙しない。
こう見えても心配はしているのだろう。
「私にも分からないです。そもそも何をしてるのかすら……」
「そうかい。まあ、そうだよなぁ」
暫し続く無言。
ここ数日はこんな話しかしていない。
そもそも私とガンマルクさんはそんなに親しい訳でもないのだ。
ストレスにはならないが、こうやって顔を合わせると気まずくはある。
それは彼も同じようで、先程のようになんでもない話を振ってきたりして気まずい空気を和らげようとしている。
「ガンマルクさんは、その。恋人や家族とかは……」
聞いてもいいのか分からなかった。
だが、この状況で気を使っても仕方がないと思った。だから聞いた。
それが正しいのかは私には分からないが。
「んー、そうだな。家族や恋人はもう居ねえ。俺はよ、孤児だったんだ」
私の話に答えたのは意外だった。
勇者様と三人でいた時もあまり身の上話をするような人ではなかったからだ。
焼ける肉を見つめ、時折手元のお肉を食べながら、ぽつりぽつりと話し出す。
ふと、とある日の勇者様を思い出す。あの時は旅に出てすぐの夜だった。あの時勇者様がしていたのも故郷の話だった気がする。
目の前のガンマルクさんはその時の勇者様と同じ目をしていた。
「戦争で親が死んじまってよ。ずっと孤児院で育ったんだ」
こんな世の中だ。王族である私が言うのも良くないが、孤児になるのは何も珍しい話では無い。
お父様もその状況を憂いて 孤児院の支援には力を入れていた。もっとも最後の数年は何かにとりつかれたように別のことに取り組んでいたが。
「こんな状況だから言うけどよ。その孤児院で好きな女が出来たんだわ」
「……そうですか」
きっとその方も、もう居ない。
そう思うと途端に居た堪れない気持ちになる。
全ては魔族が原因か、はたまたあのゴーストタウンでの……。
「勘違いすんなよ。あいつはとっくの昔にくたばってらぁ」
「っ!?……そうなんですね」
もしかしたら、勇者様もどこかにそういった人居たのかもしれない。
あの時も、もしかしたらそれを思い出していたのかもしれない。
「まあ、なんだ。俺から言えることはよ、後悔しないうちに想いは伝えとけ。伝わってると思うだけじゃ、伝わりはしてねぇ。想いは言葉に出して初めて伝わるもんだからよ」
「……はい」
きっと、ガンマルクさんは私と勇者様のことを言っているのだと思う。
実際、私は勇者様のことが好きで彼もきっと私のことを気にかけてる。
だが、こんな話を聞いたら余計に伝えられないと思う。
他の世界の想い人が居たのだとしたら私以上に伝えることが出来ないのだから、それは、きっとずるい。
「まあ、どこぞの勇者様がヘタレなのも悪いのかもな!」
豪快に笑うガンマルクさん。
きっと、その心の内は計り知れない想いが渦巻いてるのだろう。
そんなことを考えてしまい、私は何も言えずに微笑む事しか出来なかった。
「随分、楽しそうだな」
そんな時、洞窟の中から聞こえてきた声。
「遅せぇぞ。勇者さま」
ガンマルクさんはニヤリと笑う。
「おかえりなさい!」
「ああ、ただいま!」
そこに立っていたのは入る前と変わった様子のない勇者様だった。
しばらく篭っていたせいか、鎧や肌は汚れてはいるのだが。
「王女。飯余ってるか?」
「ええ、その前に体を綺麗にしてください!」
勇者様に防具や身体を洗ってもらおうと私はその場に水球を生み出す。
しかし、何故か勇者様はそれを使おうとしない。
「ああ、そうだな」
勇者様の手から光が漏れる。
それは魔力だ。
可視化するほと濃密な魔力。
そして、直後に彼の汚れは消え去った。
「おい、カリム!魔力が戻ったのか?」
「んや。説明は後でするが、こっちの魔力に適応した」
なんでもないように言う勇者様。
魔力が使えないはずなのに使った。
全くもって不可解な話だが、目の前で起こったこともまた事実。
「とりあえずお腹すいたんだが……」
詳しい話は気になるがその前に食事になった。
その為、焦らされたようになって私たちが落ち着かなかったのは仕方の無いことだろう。




