あなたの隣にいるために
あの後、護衛に着く冒険者は案外すぐに見つかり、三日ほど歩いてバーゼリアの塔付近まで着いた。
ちなみに、依頼を発注した後に女性限定にすれば良かったと軽く後悔したのだが、受付嬢の計らいで女性の冒険者だけが何人かついたのは非常に助かった。
そして、道中は何事もなく進んだため、冒険者たちもいい仕事だったと言ってほくほく顔で帰って行き、今。
私は最前線の作戦基地、バーゼリアの塔で捕まっていた。
「だーかーらー。本当に私は王女ですって」
「信じられるか、本当ならば何故そんな御方がこんなところに一人で来るのだ」
送り届けてもらったのはいいものの、そこから一人で来たため不審者として捉えられたのだ。
実はお父様から貰った勇者を証明するコインを勇者様は持っているのだが、私は王族を証明するコインなんてものは持っていない。
それに一般兵が私の顔を知っているはずもなく、証明が出来ずに捕まっている。
幸いなのは人族と分かるためかスパイなどの疑いはなく、不審者どまりなどころか。
「まったく、こんなところに一人で来てお前は何を考えてるんだ」
横柄な態度の兵士。
牢屋の前で暇そうに立っている。
不審者に情をかけないという点ではちゃんと仕事をしているだけに、文句を言えないのがもどかしい。
「とある人に会いに来たんですよ」
「なんだ?兵士の中に彼氏でもいるのか?」
「兵士じゃないんですけどね……勇者様なんですけど、信じます?」
「ふんっ、お前が本当に王女様だったら信じるのかもな」
兵士は相も変わらず不遜な態度だ。
「それに、勇者様とガンマルク殿は今はもうここにいない。もう前線に戻ってしまったよ。まだ傷も癒えていないというのに」
「っ!?それは本当ですか?」
この兵士の言ったことが本当なら、早く行かなきゃならない。
自慢じゃないが私は回復魔法だけは得意だ。
使いすぎると何故か髪が傷んだり肌の調子が悪くなったりするのだがそんなことは今ここで言ってられない。
そんな話をして、どうしたものかとやきもきしていると外がざわめき出した。
「おお、言ったそばから帰ってきたようだな。本当にお前が王女が勇者様に聞いてこようか?ん?」
兵士が煽るように言うが今はそれを気にしてられない。
本当に勇者様が来てくれるのなら、そうしてもらった方がいい。
「お願いします。今すぐ聞いてきて、出来れば呼んで確認してください」
精一杯、真摯に頼み込む。
ここで上手くいかなかったら私は最悪この牢の檻を壊してでも行かなきゃならない。
「ちっ、本当に違ったら諦めろよ。王女様を騙った犯罪者として大人しく捕まっとけ」
兵士は面倒くさそうに仲間に伝える。
その仲間は渋々部屋を出ていった。
勇者様は来てくれるだろうか、来てくれなかったら自力でここから抜け出せるだろうか。
分からない。分からないがやらなきゃいけない。
人知れず覚悟を決めていると、扉が開いた。
「ほんとに居るのか……」
入るや否や目に入ってきたのは憧れの人。
相も変わらず冷たい表情で。
冷たくも、どこか優しい声色で。
「そ、それではこいっ、この方は本当に!?」
先程まで横柄な態度だった兵士がたじろぐ。
彼はきっと悪くないのだが、少しすっきりしてしまった。
「ああ、本物だ。とりあえず出してやれ」
「かしこまりましたっ!」
兵士の牢を開ける手が震えている。
そんなに怯えなくても何もしないのだが。そういえば昔「立場が上の者は意図せずも恐れられることがある」とお父様も言っていたし、そういうものなのかもしれない。
「も、申し訳ございません!」
「大丈夫です。傷つけられたわけでもありません。あなたは職務を全うしただけです」
「はっ!ありがとうございます!」
牢から出ると、勇者様の元に駆け寄る。
部屋があまり明るくないため、気づかなかったがその表情は少し強ばっていた。
「王女。どうしてここにい……」
「とりあえずここから出ましょう勇者様」
勇者様の言葉を遮るように被せると。
彼は渋々頷いて部屋を出ていった。
案内されたのは彼が滞在しているという部屋だった。
そこにはガンマルクさんもいた。
「さあ、聞かせてもらおうか」
勇者様が少し怒りを滲ませて言った。しかし、そんなことは後だ。
「先におふたりとも上着を脱いで向こうを向いてください」
「おいおい、姫さん。そういうことか?」
「茶化さないでいいから早く!」
にやにやと笑みを浮かべてからかうガンマルクさんに思わず大きな声が出る。
「お、おう。お前の嫁さん怖ぇな」
「嫁じゃない」
まだふざけたことを言っているが、二人とも言う通りに上着を脱いでくれた。
そこにあったのはおびただしい程の生傷。
常人じゃこんなに軽口を叩けず意識すら保てない程のものだ。
「なんでこんなになるまで回復しなかったんですか!?」
「俺らが回復する分で他の人が助かるならその方がいい」
「ああ、こんなのは唾でもつけときゃ治るってもんだしな!」
陽気に見せているが、その実は苦しいはずだ。
二人とも額に汗が浮かんでいる。
私は黙って傷口に手を添える。
痛むのだろう。触れた瞬間顔を歪めるが、そのまま回復の魔法をかける。
肩から始まり、足まで回復を施したがその間、彼らは終始無言だった。
「よし、これで一通り終わりましたね」
「ああ、ありがとう」
「あんがとよ」
最初の空気も何処へ、旅の最初や宿での別れの時ような気まずい空気が流れていた。
ガンマルクさんにいたってはこの部屋から出たいのか常に出入口の扉を凝視している。
先に口を開いたのは、私。
「ご飯は、食べれてますか?」
「……ああ」
「おかんかよ」
私の言葉にガンマルクさんが何か言ってるが気にしない。
「私は、あなたに会いに来ました」
「そうか……」
気まずそうに目を逸らす。
それはまるで喧嘩した後の子供のようで、少し可愛かった。
「どうして、どうしてきたんだ?あの時、来るなと言ったと思うんだが」
「それは、勇者様が傷ついていると聞いて……」
息を飲んだ顔、そしてそれに続く優しい表情。
「そうか、ありがとうな」
「……っ!?」
それは、ずるい。
「だが、これ以上は一緒にいられない。安全なところに帰ってくれ」
「でも……」
「なぁ、カリムいいんじゃねぇか?」
一緒にいる理由を見つけられずにどもってしまう私に助け舟を出したのは、以外にもガンマルクさんだった。
「だが……」
「元々俺ら二人だけでこの先を行くのは無理があったんだよ。雑魚を俺が倒して、格が違う四天王やらなんやらをお前が倒す。そのやり方に異論はねぇしこの先もそれでいいと思う」
ガンマルクさんの言葉に息を飲む。
私と離れてからはまだ10日ほどで、それにしては傷が多かった。
不思議に思っていたが、そんな危険なやり方で戦っていたとは思ってもみなかった。
勇者様たちのやり方は負担が大きい。
大きすぎる。
魔王の幹部たちは個の力が強いため、人類はそれを上回る数の力で押していた。
そんな、多人数でやっと押え込めるような相手に勇者様は一人で戦っていたのだ。
考えただけでも怖い。
「この先前線を抜けたら一緒に戦う兵士も冒険者もいねぇ。そうなったら戦闘中は回復の時間も割けなくなる。それはお前も分かってたはずだ」
「だが……」
勇者様とガンマルクさんの話は私は黙って見ている。
彼は見て分かるほどに悩んでいた。
きっと優しいから気を使ってくれているのだと思う。
召喚されるまで知らなかった世界の、召喚されるまで知らなかった私を傷つけまいとしてくれているのだと思う。
「カリム。お前のそれは優しさじゃないぞ。王女様は決して強くは無い。それは能力だけじゃなく、精神の面でも。だからあの時泣くまいとしていたし、今だって震えてんだ」
ガンマルクさんは私の方を見る。
震えている。
ああ、確かに手が震えて、動悸だってしている。
命を無くすかもしれない所に身を置くなんて、怖くて怖くて仕方がない。
「そんな、王女様が震えを、怖さを必死に抑えてここにいるんだ。お前はそれに応えないのか?」
「それなら尚更隣には……」
勇者様は逸らしていた目を動かして私の顔を見る。
「ああ、そうか。俺はもしかしたら怖かったのかもしれないな。その力強い眼差しが、真摯な心が」
「お願いします。一緒に連れて行ってください」
「ああ、分かった。こちらこそよろしく頼む。王女」
「ええ、もちろん!」
「ただ、どうしても力不足で危ない時は抜けてもらうからな?」
「そうはならないように頑張ります!」
私はやっと彼と仲間になれたと思う。
これは自分の意思で、そして本当の意味で。
今度はお父様の命令じゃなく、私の想いでついて行く。
あなたの隣にいるために。




