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作者: 長田エリカ
掲載日:2026/01/13

『木』



俺は木の役を演じ続けている。


憧れだった高校生活。受験戦争を勝ち上がり、都内の有名私立高校に華々しくも入学した俺は、親の許しを得て、ずっと決意していた演劇部に入部した。そして今まさに、その洗礼を浴びているのだった。


木。入部した一年はまず、舞台の練習はおろか、先輩から演技を学ぶことも許されず、ひたすら部活"外"で四六時中、一見意味のない木になりきることを強制させられる。常に木になりきるわけだから、炎天下であろうが、吹雪が吹いていようが、お構い無しで校舎の外に整列させられ、黙して修行僧のごとく、己は木であることを、徹底的に叩き込まれるのである。顧問いわく、余計な願望や固定観念等を一切棄てるためだそうだ。例えば、役者に憧れてある役を演じるというのは、たとえどんな悪役であろうと、それは女子にモテたいという欲念が変化したものであったり、自己顕示欲や変身願望のあらわれで、役というのは、セリフ、すなわち言葉が産み出した霊のようなもので、その霊を憑依させるには肉体的にも精神的にも己を克己していないといけない。


そういうわけだから、俺は長いこと校舎の花壇の隅で、時には誰も見ていないのに木を演じ続けている。いや、演じるという意識がある以上はまだまだだと叱られるだろう。しかし、もうどれくらい経っただろうか。



木を演じはじめてから、しばらくして、春の花粉は次第に感じなくなった。梅雨の大雨と台風に鼻水も涙も尿もことごとく流されて、感情の麻痺したまま、夏の太陽と燃え尽きるまで語らった。やがて秋の風に吹かれて、一切が過ぎ去り、冬に、かすかに魂が発光するのを感じた。


今や腰のあたりから地中に沈み深く根を張っているから、もう舞台を降りることはできない。


顧問の声がする。


いやあ、君ほどの逸材はいないよ。たいがい数日で根をあげるのだが。まさしく適役だよ。合格だ。


俺は木の役を演じ続けている。



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