第9話 まだ見ぬ森への誘い
バルドの村を出て――いや、逃げ出してから四日後の夕方、シュウとアヤナはアローデールに戻って来ていた。
「バルド様、村のことは残念でしたが、一日も早く再起されますことをお祈り申し上げます。これは些少ですがお納めください。銀貨が百枚入っています」
シュウは、アローデールに入った時点でバルドに別れを切り出した。彼は、あまり信用出来そうな性質ではないし、村が無くなった彼に用はなかった。
「俺を厄介払いしようってのか?」
「ご縁があれば、またどこかでお会いできるでしょう。その時はよろしくお願いします」
バルドは上から睨むように見るが、シュウは何を怒っているのか分からず、戸惑っているかのような顔をして見つめ返す。内心では足がすくみそうだったが、シュウは笑みを崩さず、その場をやり過ごした。バルドはそれ以上何も言わずに、金を受け取って去っていった。
だが、あの巨躯が背を向けた時、シュウは、近いうちにまた会うことになる気がした。
それから二人はまず、前と同じ宿で部屋を取った。ところが、着くのが遅かったせいで、夕食はもう用意できないと言われてしまった。二人は夕暮れが近づく街へと出て行った。
二人が店を探していると、突然シュウの首に腕が回される。驚く彼と、それに気付いて振り返るアヤナに声が掛けられた。
「よおっ、一緒に飯でも食おうぜ。この街には知り合いが少なくてな」
「バルドさん」 「バルドだって?」
それは先ほど別れたバルドだった。
「ちょっと、放して下さいよ」
「まあ、いいじゃねぇか。そこでいいだろう」
そう言って、グイグイとシュウを近くの店へと連れ込むバルド。仕方なくアヤナも続いた。
店に入ると、シュウが適当に注文した。しばらくして料理とエールが運ばれると、三人はしばし無言で皿に向かった。猪の肉は焦げの香ばしさと脂の匂いが混じり、旅の疲れた胃にしみる。周囲の客たちが陽気に騒ぐ中、この卓だけが静まり返っていた。やがてシュウが口を開く。
「今日は旅の疲れも溜っているし、ゆっくりしようか」
「これから冬に向けて街の環境や市場も変わるでしょうから、明日からはその辺りを調べましょう」
アヤナがそう答える間、バルドは新しい肉を無造作に噛み千切っていた。
そんな折、不意に隣の席から声が掛かった。どうやら、先ほどからこちらの話を聞いていたらしい。
「ふむ。村を奪われた領主とその従者か。よくある話だな」
驚いたシュウが相手を見ると、それは皴一つない白いシャツを、着帳面に襟元まできっちり止めた男だった。
「それよりリヴェンベルクの近くにいたなら、その辺りで古い神殿や遺跡を見たことはないかね」
「何ですか、あなたは」
偉そうで少しカチンときたシュウが聞き返す。
「質問をしているのは私なのだから、君が私の質問に答えてからだ」
彼にそう言われて、シュウはイライラする。そこでアヤナがシュウの耳元で囁いた。
「この人、確か神官のロレンツィオさんです。神殿で写本をしている時に、書類を突然持っていった」
そういえば、貴族家の子弟という神官がいた気がした。仕方なくシュウは、穏便に対応することにした。
「僕たちが知る限り、古い神殿や遺跡なんてものはありませんでしたよ。ロレンツィオさん」
「そうか。ならいい」
そう言った途端、ロレンツィオは既に興味を失ったようだった。もうお手上げだと、アヤナに手を上げて見せた時、ちょうど店の扉が開き、軽い足音が近づいてきた。騒がしい店の空気が一瞬和らいだ気がした。
「ああっ、シュウ。こんなところにいた!」
それは聞いたことのある声だった。目を向けると、やはりというべきか、そこにはフィオがいた。
「君はフィオ。どうしてここへ」
「シュウを探してたのよ」
「春からずっと、この街にいたのかい?」
「そうよ、誰も一緒に行ってくれなかったの。でも、シュウなら一緒に行ってくれるのよ」
シュウとフィオの話を横から聞いていたアヤナが、ここで口を挟んだ。
「フィオ、あなたまだコボルトの宝を諦めていなかったの?」
「わたし、コボルトの宝を見てみたいのよ」
「コボルトの宝?」 「それはもしや、ジルバータール王朝の」
アヤナとフィオの言葉に、これまで動かなかったバルドの体が僅かに傾き、こちらに興味を失っていたロレンツィオの瞳が光を増したように思えた。
「それは何だ」「それはどこにある」「それは……」
バルドとロレンツィオ、二人の男に詰め寄るように聞かれ、言いよどむアヤナ。そこにシュウが割って入って二人に説明する。
「彼女はフィオ、旅好きなクルルボーです。実は以前、彼女にコボルトの宝を取りに行こうと誘われたんですよ。グラウエンブルクの方にある岩竜の森らしいのですが」
「クルルボー、そこへ案内しろ」
途端にバルドが食いついた。
「なるほど、なるほど、それは興味深い」
それに続くロレンツィオ。
「シュウのお友達なら大歓迎なのよ。大きくて強そうだし、よかったわ。じゃあ、明日には出発よ」
フィオが歓声を上げた。
「いや、まだ僕たちは行くとは」
弱々しく言うシュウ。横を見るとアヤナも乗り気のようだった。
シュウは小声でアヤナに聞いた。
「え、アヤナってそんな山師みたいなのって、乗らないと思っていたけど」
「だって、資金はロレンツィオさんから引っ張れそうですし、武力はバルドさんがいるでしょう。これで冬が来る前に財宝が手に入れば、美味しいのでは?」
「でも、僕たちを連れて行って、彼らにメリットは無いんじゃない?」
「脳筋に、研究者、考え無しの小人だけで、旅が続けられると思います? ロレンツィオさんのお財布を使って、私達が物資手配や管理をするしかないでしょう」
ダメだ、瞳が輝いている。そう思うシュウも、冒険は満更ではなかった。それに生活を立て直す算段も、冬越しの備えも、金が要る。結局、シュウも宝探しに同意した。
翌日から、アヤナの差配で旅の準備が進められた。ロレンツィオの名前で神殿から一頭引きの荷馬車と馬を借りた。保存の効くパンや干した肉や野菜を買い集め、馬車の荷台に積む。そして街に戻って三日後には、五人は街を出た。
コボルトがいるという岩竜の森は、アローデールから農耕都市グラウエンブルクへ向かう街道に沿って南下することになる。一行は、アローデールを出た翌日にはルヴォン川に辿り着き、川を越えて一日経ったところで街道を逸れて西に向かった。
街道の西は、岩竜の森まで平原が続いた。幾つかの小さな村が連なる小路に沿って進むと、ヒュートヒェン男爵の村まで辿り着いた。そこでロレンツィオが挨拶をすると、男爵の館に泊めてもらえることになった。馬車で進める道はここまでなので、馬車を預け、ここを拠点に村々を回ってコボルトの情報を集めた。
村々を回ってもコボルトの情報はなかなか集まらなかったが、古代ジルバータール王朝の痕跡を見つけてロレンツィオが喜んでいた。そんな中、村と村の間を移動中に、フィオが村の子供に教わったという歌を歌っていた。
森かげ小道 小さな足
夕陽色の石 ひろってはこぶ
だれも見てない ひみつ道
小さな手が そっとかくして
くすくす笑い いっぱい踊る
地面の下で 見ている誰か
ずっと深くで 覗く赤い目
舌がさぐる 息のぬくもり
骨のかけら ころんと落ちた
その歌に薄気味悪いものを感じたシュウだったが、その場では聞き流された。そしてアローデールを出て十日ほど経った頃、森でコボルトを見たという猟師を見つけた。




