第8話 終わらない戦い
「怖いねぇ~、流石巨人殺しだ。だが、このトロイグ様は、グランヴォー庄で名を馳せた剛勇無双の士だぜ。これまで三十人の丈夫の背骨を砕き、七人の大力の頭蓋を潰して来た背砕丸が、今日は巨人殺し殺しになる時だぜ」
このトロイグ、気持ちが前へ出るが、言葉選びは下手だな。シュウはつい余計なことを考え、そして頭を振って戦いに集中しようとする。
「弱犬はよく吠える」
「ほざけ」
ガキン。バルドの片刃の大斧とトロイグの大槌が打ち合わされる。一瞬動きを止めるが、バルドの斧が逸らされて、大槌に押し込まれる。バルドは素早く斧を引き、体の周りを円を描くように一回転させて、再び打ちつける。トロイグは大槌を少し振り上げただけで、それを受ける。
三合目、四合目と続くが、バルドの斧はトロイグの体には届かない。バルドより大きなトロイグは、それを見てニヤニヤ笑いを浮かべて見下ろしている。バルドの方は硬い表情のまま、遮二無二で斧を打ちつけているように見える。
ブランシュモンの村人達は歓声を上げ、逆にこの村の者達は沈み込み、不安そうに見守っていた。アヤナもシュウの肩に手を置き、小声で尋ねる。
「大丈夫でしょうか。私には負けているように見えますが」
「僕にも分からないよ。でも、彼は下がっていない」
「え?」
「彼は打ち合いを始めてから、一歩も下がっていないんだ。逆に向こうの傭兵は、半歩もないかもしれないけど、ほんのちょっとずつ下がっているんだ」
「それはどういう?」
二人がそこまで話したところで、バルドとトロイグの戦いを見守っていたブランシュモンが、大声を上げる。
「ははっ、見たかお前達。やれ、トロイグ! 巨人殺しも、お前の巨体には手も足も出ないぞ」
その声がきっかけになったのか、それとも偶然だったのか、トロイグの大槌が斧を弾き、バルドの体が横に流れそうになる。トロイグはすぐさま槌を引き戻して、反対側から横振りにバルドの体に叩き付けようとする。
斧で受けられないと思ったのか、バルドはそのままトロイグへと前に踏み出し、左腕を盾に受けようとする。ガッ。槌を受けた腕から、引き裂かれた革の袖が剥がれ、その下が赤く染まる。それでも折れていないのは、さすがのバルドの剛腕だろう。
バルドが横倒しに倒れる。そう思った瞬間。弾かれたように見えた斧を追うように、バルドは低い姿勢でトロイグの横を回り込み、左の足の後ろに斧を叩き付ける。
「うわっ」
トロイグが悲鳴を上げ、彼の左足から血が噴き出す。腱が切られたのか、力なく崩れ落ちる。それを見て歓声を上げていたブランシュモンが、息を呑む。向こうの村人達も同様で、逆にこちらの村人達は期待に喝采を上げる。
「巨人殺しは得意なんでな」
そう言ったバルドは、立ち上がれないトロイグの腹を蹴ると、うつ伏せになった彼の肩を踏みつける。そのまま足で抑えつけて、まるで薪でも割るように、振り上げた斧を振り下ろす。トロイグの首が体から離れて転がった。
「やりましたね」
アヤナがバルドの逆転劇に喜色を上げる。いや、首。転がってますけど。今どきの女子高生は、みんなそんなに精神力強いんですか?
シュウの頭にそんな益体もない考えが浮かぶ。――が、次の瞬間、違和感を感じる。ブランシュモンの陣営からは、どよめきはあっても悲鳴も混乱も起きない。そこで、顔を手で覆っていたブランシュモンが、落胆はしても、それほど焦っていないことに気付いた。
彼の言葉に最初に注目したのもシュウだった。
「やれやれ、剛勇無双などと言っていたわりに口ほどにもない。あいつがバルドを倒してくれれば、それで終わりだったのだが。こうなっては総力戦をするしかないか」
そしてシュウは気付いた。いつの間にかブランシュモンの側にいた村人が増えている。最初は互いに十人ぐらいづつだったのが、向こうは今三十人くらいになっていた。こちらは、これで訓練をしていた全員だが、向こうは人口が二倍か三倍なので戦える人数が多くても当然だろう。
「おい、アイツら」
誰が言ったのか、こちらの村人達もやっと、相手の人数が増えていることに気付いて動揺する。さらにダメ押しのように、後ろからさらに十人以上の男達が現れた。しかも、最後に現れた男達は、村人ではない。トロイグほどの巨体ではないが、明らかに暴力を生業とする男達だ。
そこで、シュウは背中をポンと叩かれる。きっと、アヤナだろうが、今は正面の敵から目が離せない。バルドも斧を構え直して、奥の男達を睨みつける。その時、ふっとシュウの後ろから風が吹いた。あれ? 何かがおかしい。
自分の後ろには、村人達や何を置いてもアヤナがいるはずである。であれば、こんな風に自分に風が当たるだろうか。まるで草原にポツンと一人でいるような。シュウは一瞬だけのつもりで、目の前の敵から目を離し、後ろに振り返った。
!
誰もいない。
いや、ずっと向こうに全力で逃げる村人達がいる。しかも、先頭を走っているのはアヤナだ。シュウが一瞬、バルドを見ると、彼もシュウを見た。
シュウは一秒にも満たない逡巡の後、村人を、アヤナを追って走り出した。数が違い過ぎる。現実的に考えて、勝てっこない。ならば、どうするか。シュウの結論は村人やアヤナと一致したようだ。逃げるんだよぉ~っ。
そして、そのシュウを追い越し、バルドも逃げ出してた。ブランシュモンの男達の笑い声が聞こえてくる。笑いたければ笑え、最優先は命だ。
森に飛び込み、藪を掻き分けて進むシュウは、やがてアヤナに追いついた。意外なことに、すぐ傍にはバルドが立っている。
「バルド様、何をしてるんですか。村人と一緒に村を取り返さなくていいんですか」
「お前も逃げておいて何を言う。ブランシュモンがあれだけの手勢を集めたなら、どうにもならん。村の奴らが俺に従って、アイツらと戦うなんてことは絶対にない」
「だったら、王様に兵を借りるとか。バルド様を領主にしたのは王様なのでしょう」
「はっ、自分の村を守れない領主に罰を与えることはあっても、兵なんか出さねえよ」
バルドは一度、森の奥――村の方角を見やり、唾を吐くように息を吐いた。
「では、バルド様はどうしようというのですか」
「お前達はアローデールへ戻るのだろう。俺も行く」
当然のようにそう言うバルドに、シュウは目を見開き、アヤナは固まった。
結局、腑に落ちない気持ちのまま、二人はバルドと一緒にアローデールを目指して歩いた。村から逃げ出した三人比べ、途中の村々は収穫を終え、喜びに満ちているようだった。そんな村々を抜け、数日をかけて街道を進むうちに、三人の緊張も少しずつ薄れていった。
そして、アローデールまでの道を半分まで来たころ、その村では収穫祭が開かれていた。
三人も収穫祭の行われている村の広場の端に座り、中央の焚火の周りで踊る若者たちを眺めていた。旅人が珍しいのか、村の子供達がおっかなびっくりシュウに話しかけてきて、旅の話をねだったりしていた。
「ねえ、これから長老がお話をしてくれるんだ。一緒に行かない?」
「へえ、面白そうだね。是非案内してくれよ」
「じゃあ、付いて来て」
少年たちに誘われ、シュウとアヤナはついて行く。祭壇近くに座る老人の周りに子供たちが集まっていた。老人は二人を一瞥するものの、すぐに子供たちに話し始めた。二人は邪魔にならないよう、少し離れて話しを聞いた。
若者が踊り、大人が歓談する中、子供たちの相手をするのはこの老人らしい。話は、村人がコボルトのいる洞窟に迷い込み、宝を見つけて帰るというもの。単純だが、子供たちは目を輝かせて聞いていた。フィオのコボルドの宝探しを思い出したシュウは、子供たちが帰った後、老人に声を掛けた。
「コボルトが宝を蓄えてるって話、本当ですか?」
「もちろんじゃよ。昔からコボルドが宝を蓄えていた話はたくさんある」
冒険に満ちたこの世界を思い、シュウは胸が高鳴るのを感じた。そして、フィオにバルドの村へ行くことを言わなかったが、怒っているだろうかと、ちょっとだけ思った。




