第7話 村に迫る災厄
トカゲは地面からばかりでなく、木にも駆け上がって上からバルドに噛み付こうとしていた。これに対してバルドは斧を振り下ろそうとするが、寸前で頭を引き、かわす。
さらに彼の死角から尾を振って、足に打撃を与えようとしたりもする。バルドも身を引いて躱すが、尾の先だけは避けきれず、ビシッと痛そうな音を立てる。だが、バルドはフラつくことなく、遠ざかる尾に向けて斧を振り下ろした。
「ゲェー」
斧が空中で尾に当たり、赤い血を撒き散らす。トカゲは鳴き声を上げるが、切り落とすには至らなかった。
トカゲは怒りに駆られたのか、木から地面に降りてバルドに突進する。バルドは斧を頭上まで振り上げて、一気に地表のトカゲを振り下ろそうとしたが、トカゲは逆に斧に向かって飛びあがる。
跳ね起きざまに頭突きを繰り出すトカゲ。ガッと岩を砕くような音が響き、同時に血しぶきが舞う。トカゲの頭はバルドの頭と同じ高さで、斧を受け止めていた。トカゲは頭から血が流れるのも構わず、そのまま彼に倒れ込む。バルドもさすがにその重量を押し止めることはできず、倒れ込んでしまった。
トカゲはバルドの上に乗ったまま、口を開いてその頭に噛み付こうとする。バルドは両手でその口を逸らして、噛みつきから逃れる。バルドはトカゲの下から逃れることはできないが、両手で顎を押し返し、必死に何度も噛みつきを防ぐ。そのたびに尾が振り回され、森の土や藪が跳ね飛ばされた。
シュウは長杖を握って、バルドに加勢しようと一歩を踏み出すが、後ろから肘を掴まれる。振り返ると、長い黒髪の美少女が首を振って、その行動を止めようとした。シュウは彼女と、トカゲに組み敷かれたバルドを何度も見比べる。
その時、勢い余ってバルドのすぐ横の地面に噛み付いたトカゲの首に、バルドが両腕を回した。トカゲは何度も首を振るが、バルドを振り解くことはできなかった。シュウはその様子を見て、この戦いに割り込むことは止める。自分が手を出せば、かえって邪魔になるかもしれないと考えたからだ。
首を離したら終わりだ。手を離すなよ、バルド。シュウは手に汗握りながら、その様子を見守った。首を振るだけでは引き剥がせないと思ったのか、トカゲは周りの草木を巻き込んで体ごと転がる。しかし、バルドはそれでも離さない。
それが五分か十分続いただろうか、突然バキリとトカゲの首から音がした。その瞬間、トカゲはガックリと動かなくなる。
「まさか、噛まれないようにしていたのではなく」
「どうやら、首を締め上げていたようですね。さすが巨人殺しの英雄です」
シュウとアヤナは英雄の力を目の当たりにして驚愕した。
その後、バルドはそのまま地面に大の字に寝転んだ。さすがの彼もだいぶ疲れたのだろう。シュウは、大丈夫かと声を掛けたが、少し待ってろと言われただけだった。
対してアヤナは、睨むように大トカゲを見てから、馬車の周りを見て回る。それから、先程の鶏の骨の辺りに行って、拾った木の枝で草や藪をどけたりした。その後も、落ちているロープを拾って、その切れ目をしげしげと見る。
「う~ん、やっぱりこの大トカゲは、鶏か何かでここに誘導されたのでしょうか」
アヤナの呟きに、バルドは起き上がって森を睨む。そして吐き捨てるように言った。
「今、考えてもしょうがねぇ。さっさと村に行くぞ」
簡単に傷を確かめ、荷を整えると、一行は森を後にした。それから約一時間後、彼らは森を抜けてバルドの村に到着した。
二人はバルドの家の空き部屋に住むことになり、翌日から村の状況を確認した。
畑は形が歪で耕しにくい上に、中や境界に大きな岩や木が残っている。鍬などの農具も古く、錆びたり曲がったりと整備不足だった。また牛で挽く犂は小さすぎてすぐ木の根に引っ掛かるものと、大きすぎて村の牛だけで引けずに人手がかかるうえ、切り返しに時間がかかるものしかなかった。
二人は村までの道中で稼いだ銀貨で、土地にあった大きさの犂や、新しい鍬など買って貸し出し、農業の効率を上げた。さらに新しい農具で畑を広げ、村全体の畑の境界をなるべく方形になるよう図面を引き、なるべく不満が出ないように元の農地の割合で再割り当てして、農作業をしやすくした。
おかげで二人は、領主の相談役として村に受け入れられていった。
この森に囲まれた村の農夫は、農作業だけしていればいいわけではなかった。森から現れる野生動物や魔物から畑を守り、近隣の領地と揉めた時には戦わねばならなかった。そこで、村人達はバルドの指導の元、朝、夕に戦闘訓練をしていた。
シュウはこれにも加わった。日本で特に武術などの経験のない彼は、最初は村人達に叩きのめされる一方であった。彼は剣の技術だけでなく、体力面でも村人達に劣っていることに気づいた。そこで彼は、訓練以外に早朝にアヤナと一緒にランニングを始め、体力増強を図った。
日々の訓練のおかげで秋も近付く頃には、シュウの木剣の腕は他の村人達と遜色ないものとなっていた。平和な日々が続いていて、二人は秋の収穫後の穀物を、どうやって売りさばこうかと相談していた。村人達も収穫を今か今かと待ちわび、その一点に気持ちと力を貯め込み始める。
そんなある日の昼前、村人の一人がバルドの家に駆けこんで来た。
「バルド様、大変です。ブランシュモンの奴らが攻めて来ました」
シュウ達が外に出てみると、斧を持ったバルドが村の入口へと歩いて行くところだった。彼の背中越しに見ると、村の入口辺りに人が集まっている。十人ぐらいの村人がこちらに背を向け、その向こうでほぼ同数の男達がこちらを向いている。
二人は頷いてから、急いで村の入口へと向かった。
「アレがブランシュモンかな?」
「恐らく、そうですね」
シュウの問いに、アヤナが答える。二人の視線は村の入口へと注がれる。
村の入口ではバルドと見慣れない男が怒鳴り合っていた。初老とまでは行かないが、髪が灰色になりかかった壮年の男で、この村の誰よりも身なりが整っている。豪華とは言えないが、きっと中堅の商会の店主くらいだろう。アローデールの街の雑貨屋の店主よりもいい服を着ている。
その二人は、それでもまだ五メートルくらいは距離を空けていて、それぞれを中心に十人くらいの男達が列を成して対峙していた。どちらも鎌や鍬、木の棒などで武装しており、服装は村人のそれである。もっとも、こちらの村人の方が若干、みすぼらしいが。
そこに並ぶ村人達も互いにヤジを飛ばしており、シュウ達同様村の女子供もそこから離れて様子を見守っており、不安そうだ。そこに二人が村に来た時にバルドに話し掛けていた村長が出て来て、村の女達に何かを言っていた。それを聞いて女子供は慌てて逃げ出していく。
二人は村の入口へと近付いていく。相手側の一番後ろに最も目立つ奴がいた。バルドよりも上背がある筋肉質の男で、金属の片を縫い付けた革の鎧を着ている。石像のように感情の見えない顔をしており、その手は地面に突いた大槌の柄が握られている。まだだいぶ離れているのに、シュウはその男が怖かった。
「ブランシュモン、隣の領主はあまり強そうに見えませんでしたが」
「ああ。後ろにいる奴で、バルド様に対抗しようというんだろうな」
立ち並ぶ村人達のすぐ後ろまで来た時、既に二つの集団の緊張は最高点まで達しており、ついにバルドが相手へ向かって歩を進める。それに呼応するように、あの恐ろしい男が相手の村人を押し退けて前に出て来た。
「お前のような奴は、ブランシュモンにはいないと思ったが」
「ああ、彼に雇われたんだよ。アンタを殺したら金貨百枚だ。すごいだろ?」
「命が惜しいなら、帰れ」
斧を構えたバルドが低く唸るように告げたが、相手も槌を構えてニヤニヤとしていた。




