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女神のギフトがコーヒーってどういうことですか  作者: きゅっぽん
ギフトを勘違いした男
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第4話 森を抜け、街へ――

 朝靄が淡く漂う森の中、柴田は焚き火のそばで小鍋に水を張り、ナイフで塩の強い干し肉を削いで放り込んだ。じわりと湯の色が変わり、香りが立ち上る。アヤナは眉をひそめて鍋を覗き込む。

 「明日は、塩スープ以外の物が食べれてるといいですね」


 「そうだね。昨日森で何か採れば良かったけど、考えてなかったから。少なくとも街までいけば森のレストランよりはマシな物が食べられるさ」

 柴田はパンをナイフで切り分け、鍋の中身をそれぞれの椀に分けた。アヤナが礼を言うと、柴田は軽く頷く。パンの切れ端をスープでふやかして口に運びながら、二人は静かに朝の時間を過ごした。




 森の中を歩き始めると、木漏れ日が斜めに差し込み、ひんやりした空気が二人を包む。落ち葉の擦れる音や小鳥のさえずりが、静かな森の緊張感を漂わせる。道なき道をかき分け、濃い木陰と明るい空間が交互に現れる森の中を、二人は少しずつ進む。枝や低木に引っかかりながらも、慎重に歩みを重ねた。

 歩き続けるうち、アヤナが立ち止まり、柴田に声をかけた。

 「……ねえ、柴田さん。本当にこの道で合ってます?」


 森の奥は深く、見慣れた鳥の鳴き声がこだまするだけで、道らしい道は見えない。柴田は額の汗を拭い、周囲を見渡す。木の上から街の方向を確認したはずだが、同じような景色が延々と続き、森を抜けられている実感はなかった。

 「もう一度、登って確認するか」

 「そうですね、お願いします」

 柴田は近くの大木を選び、手をかけ、枝を頼りに慎重に登り始めた。湿った樹皮は滑りやすいが、昨日よりはコツが掴めていた。


 枝が軋む音と共に視界が開け、強い日差しが顔を照らす。てっぺん近くにたどり着くと、柴田は目を細め、遠くを見渡した。

 「……あった! 森の端がすぐそこに!」

 森の境界線は意外に近く、あと数百メートルも進めば抜け出せそうだ。視線をさらに遠くに向けると、草原の向こうに石造りらしき街の輪郭がかすかに見えた。


 柴田は慎重に下り、地面に着地すると、アヤナに笑顔を向けた。

 「間違ってなかった。森の端まで、あと少しだ!」

 「本当ですか? 良かった!」

 二人は気持ちを新たにし、歩みを再開した。




 木々がまばらになり、頭上に広がる空が増えていく。森を抜け、緩やかな丘を越えると、視界が一気に開けた。二人は思わず顔を見合わせ、深く息をつく。長く続いた森の閉塞感から解放され、ようやく安堵が訪れた。丘の向こうには、街の輪郭がかすかに見える。二人はほっと肩の力を抜いた。

 「やっと……抜けられましたね」

 「ああ、長かったな……」


 柴田は立ち止まり、湯気の立つコーヒーを二つ召喚してカップを一つアヤナに渡した。香りをゆっくり味わい、口をつける二人。深く染み渡る温かさに、緊張がほどけていく。


 「ふ~ぅ、染みるなぁ」

 柴田がつぶやくと、アヤナは笑みを浮かべ、いたずらっぽく首を横に振った。

 「この瞬間が、世界を名作にするんですよ」

 柴田は苦笑し、二人はしばし静かな時間を楽しんだ。




 森を抜けた柴田とアヤナは、柔らかな陽光に照らされた草原に足を踏み入れた。背の高い草が風に揺れ、金色の波のように輝く。赤や青、紫の小さな花々が点々と彩りを添え、広大な緑の中に宝石を散りばめたようだった。果てしなく広がる草原を前に、柴田は息をつき、目を細める。「……いい景色だな」自然の穏やかさを噛みしめるように視線を巡らせる。

 「本当に。でも、油断はできませんね」アヤナは周囲を警戒しつつ歩を進める。「何が潜んでいるか分かりませんから」

 柴田は頷き、少し笑みを浮かべた。「とはいえ、森の外なら視界が利く。近付かれる前に気づけるだろう」

 二人は足並みをそろえ、草を踏みしめながらゆっくり歩く。


 アヤナがふと思い出したように口を開く。「柴田さん、街で素性を正直に話すのは危険でしょう。でも単純に農村出身にするには、私たち手や肌が綺麗過ぎますよね。それで、地主の子だったけど、親が死んで親戚に乗っ取られ、追い出されたことにしましょう。それなら誰も深くツッコミませんよ」


 柴田はしばらく考えてから、頷いた。「それでいこう。あと、僕らは兄妹ってことにするかい?」


 「顔は似ていませんし、現地の人に口説かれるのも面倒なので、当分は夫婦ってことにしましょう。ただし、お触りは禁止です」

 柴田は肩をすくめ、笑みを漏らす。「三十以上歳下に手は出さないよ。そこは安心して」


 丘が連なる草原を慎重に進む二人。登っては下り、柔らかな緑の波を踏みしめながら歩く。風に揺れる草の香りと、小鳥のさえずりだけが静かに周囲を満たす。歩みの合間に柴田は呼び方の話を切り出す。「そう、この世界の一般人は苗字がないかもしれないから、シュウって呼んでくれないか?」


 「ブフッ、シュウスケじゃなくて? ちょっと若作りっぽいかも」アヤナは思わず笑いをこらえる。

 「わ、笑うなよ」柴田こと、シュウはむっとする。


 アヤナは口元を押さえた。「じゃあ私はアヤナで」


 「アヤナか……余所のお嬢さんを名前呼びは緊張するな」シュウが照れくさそうに言うと、アヤナが覚めた表情で釘を刺す。


 「ここでは何が足を引っ張るか分からないから、慣れてください、シュウ」

 「す、すんません……」


 二人は慎重に草原を進みながらも、互いの設定を確認し、街へ向けて歩みを続けた。風と光に包まれた道程は、森の緊張を少しずつ溶かしつつあった。




 やがて草原を抜け、踏み固められた街道へと出ると、前方には街の輪郭がはっきりと見えてきた。街道には馬車の轍が残り、人の往来も徐々に増えていく。夕刻の空気の中、二人はその流れに加わり、やがて街の門前へと辿り着いた。

 門の前には数人の旅人や商人が並んでいた。荷馬車を引いた商人が門番と話し込んでいるのを横目に、シュウたちは列の後ろに並んだ。他の人達の話から、この街の名前がアローデールというらしいことが分かった。


 「余所者だな。どこから来た?」

 順番が回ってくると、中年の門番が渋い声で尋ねてきた。


 「東の辺境の村さ。名前は……まあ、村としか呼ばれてなかったから、正確には分からないな」

 シュウはできるだけ自然に答える。


 「何をしに来た?」

 門番の目が鋭くなる。


 「家を親族に乗っ取られて追い出されたのよ。あの裏切り者のダリアンのせいでね。世の中滅茶苦茶よ! あなたもそう思うでしょう?」

 アヤナは悔しげに息を吐き、腕を組んだ。


 「まあ、不幸は誰にでも訪れるもんさ。幸運と同じようにな」

 門番は一瞬面食らったような顔をするが、すぐに賢人ぶったようにそう言った。


 「慰めありがとう。それで、夫と二人で仕事と住む場所を探してここまで来たの。農作業はできないけど、小作人の管理なら得意よ。ねえ、この街にはそういう仕事はある? あなた、管理人不足の農場主に知り合いはいないかしら?」

 流れるような口調でまくし立てながら、アヤナは一歩前に出る。門番は思わず一歩引いた。


 「……すげぇカミさんだな」

 「えっ?」シュウは思わず疑問を声に出してしまったが、後ろで腕を組むアヤナを見て門番が眉をひそめる。

 「街の中で変な騒ぎを起こすなよ。通ってよし」

 手を振って早く通れと促す門番。しかし、アヤナは足を止め、さらに質問を続けた。


 「ねぇ、あなた。清潔で安全な宿ってどこにあるかしら。それで安ければなお良いのだけれど」

 門番は少し眉をひそめ、答えに困った様子でしばらく黙る。やがて、うーんと考え込んだ後、ぽつりと言った。

 「安くは無いが、それなら『白楡の館亭』がいいかもしれんな。」


 礼を述べ、門をくぐると、外とは異なる気配が肌に触れる。石畳を踏む音や人々の話し声、屋台の匂いが重なり、街の中へ入ったのだと実感した。二人は目立たぬよう歩調を合わせ、門番に教えられた方角へ進む。通りをいくつか折れるうちに、喧騒は背後へ遠ざかり、建物の並びも次第に落ち着いていった。




 やがて、白く整えられた木壁の宿が通りの先に姿を現す。張り詰めた時間が続いていた分、その佇まいに胸の奥がわずかに緩んだ。中へ入ると、暖かな灯りと人の気配に包まれる。宿の者と言葉を交わし、最低限の手続きを済ませると、ほどなく部屋へ通された。扉が閉まった瞬間、二人はほとんど同時に息を吐く。


 「……やっと、休めますね」

 「ええ。本当に」


 簡素な部屋ではあったが、身の安全が確かな場所に落ち着けたことで、二人はようやく安堵した。

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