表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神のギフトがコーヒーってどういうことですか  作者: きゅっぽん
ギフトを勘違いした男
3/19

第3話 静かな森に、風が吹く

 ゴツゴツした石に腰を下ろし、柴田は紙コップを傾けた。

「……ふぅ、染みるな」

 異世界だとか転移だとか、まだ半信半疑ではある。それでも、自分の恩恵で出したコーヒーの湯気を見ていると、ここが現実であることだけは疑いようがなかった。

「初めて出したコーヒーなんですよ? もう少し感想があってもいいと思いますけど」

 アヤナは肩をすくめつつも、同じように紙コップを包み、味を確かめている。

「この瞬間が、世界を名作にする……とか?」

「今考えましたよね、それ」

 ジト目を向けられ、柴田は苦笑した。


 森は昼間でも薄暗く、奥へ目を凝らせば獣の気配が滲んでいた。街へ向かうには進むしかないが、地上からでは方角すら判然としない。

 柴田は木に登り、枝越しに広がる森と平原、そのさらに先に、かすかな街影を見つける。

 人の手が入った痕跡はどこにもなく、ただ自然だけが果てしなく続いていた。

「……ここが、俺の今いる世界か」

 地上へ戻ると、柴田は一度だけ頷き、二人はその方角へ歩き出した。


 だが、実際に原生林を進み始めると、その距離は想像よりも重かった。

 踏み固められた道などなく、落ち葉と湿った土が足元を不安定にする。枝葉が視界を遮り、進んでいる実感すら曖昧なまま、二人は木々の隙間を縫うように歩き続けた。

 やがて空は茜色に染まり、森の影が静かに長く伸びていく。


「……そろそろ限界だな」

 柴田が足を止めた先には、岩に囲まれた小さな空間があった。周囲を遮るように転がる岩のおかげで、風も弱く、火を使うにも都合が良さそうだ。

「ここなら、今夜は何とかなりそうですね」

 アヤナも周囲を確かめ、静かに頷く。二人は街へ向かう歩みを一旦止め、野営の準備に取りかかった。


 荷物から鍋を取り出し、水と干し肉、硬いパンを放り込む。簡素だが、今の二人には十分だった。

 焚き火の前で湯気の立つスープを口に含むと、張り詰めていた身体が少しだけ緩む。

「……温かいな」

「ええ。歩き通しでしたから」

 短いやり取りのあと、二人は火を挟んで腰を下ろした。

 原生林の奥、岩に守られた小さな明かりだけが、静かな夜の始まりを告げていた。



 火を挟んで腰を落ち着けると、夜の冷えがじわりと伝わってきた。

「寝る前だけどコーヒーを出そうか?」

 柴田の言葉にアヤナが頷く。その時、森の奥で微かな羽音がした。焚き火の明かりに照らされ、闇の中から女の姿――いや、上半身は人、下半身は翼と鉤爪を持つ鳥の魔物が現れる。


 その大きな体躯で二人を見下ろし、妖艶な笑みを浮かべていた。

「リーヨリーヨ。こんな所に人間がふたり……いいじゃないの」

 甘く響く声に、柴田の思考が鈍り、身体の力が抜けていく。警戒すべきだと分かっているのに、頭が働かない。無意識のまま、手にしたコーヒーを口へ運んだ。


「鳥のようだけど……顔は人間?」

 アヤナの警戒した声に重なるように、温かい苦味が舌に広がる。途端、柴田の意識がはっきりと戻った。目の前の存在が、人と獣の境を越えた魔物であることを、ようやく理解する。


 魔物は二人の様子を勘違いしたのか、得意げに胸を張る。

「そんなに見とれちまってぇ……私の魅力は無敵なんだからさ」


 魔物は、ゆっくりと視線を巡らせ、楽しむように笑った。そしてその視線はアヤナへ向けられる。

「リーヨリーヨ。あんた、鼻が低くて、平べったいお皿みたいな顔ね。手足も細くて、ずいぶん貧相だわ!」

「何ですって!」


 怒りに満ちた声が上がった刹那、柴田の意識がはっきりと戻る。(今しかない)足元の杖を掴み、全身の力を込めて振り下ろした。

 鈍い衝撃音とともに、ハーピーの翼が不自然に折れ曲がる。

「ぎゃああああっ!!」


 魔物は地面に転がり、苦悶の声を上げた。

「やった……?」

 一瞬そう思った柴田だったが、ハーピーはすぐに身を起こし、憎悪を剥き出しにして睨みつける。

「リーヨリーヨ。よくもやってくれたね。でもアンタ達に風は吹いて無い。結局アンタ達は、私に縊り殺されて食われる運命に変わりは無いのさ」


 折れた翼を引きずりながら、ハーピーは地を蹴って突進する。鉤爪が振り下ろされ、柴田の腕に痛みが走った。

「くそっ……まだ動けるのか!」

「アンタのせいで飛べなくなったんだよぉ! 許さねぇぞ!!」


「柴田さん!」

 アヤナは距離を取り、小石を拾って投げつける。

「ちっ!」

 石が顔に当たり、魔物がわずかに怯んだ。

「憎たらしい小娘め……」

 魔物は鋭い目つきでアヤナを睨む。


「ちょ、ちょっと待ってよ、なんでこっちに来るの!?」

 アヤナは慌てて後ずさるが、魔物の爪が彼女の外套を裂く。

「きゃっ!」

 紙一重でかわしながら、アヤナは柴田に叫ぶ。


「早く何とかしなさいよ!!」

「無茶言うな!」


 飛べない鳥の魔物と、戦闘経験のない二人──戦いは次第に泥仕合となった。決定打を欠いたまま、互いに息を荒げ、倒れ、起き上がる。やがて柴田は押し倒され、魔物が覆いかぶさる。

「リーヨリーヨ。これで止めさ」


 その時、夜の森を風が抜けた。片翼を失ったハーピーの体勢が崩れる。

「風が吹いたぜ!」

 柴田は渾身の力で魔物を押し倒した。その背後で、アヤナが杖を振り上げていた。

 鈍い衝撃音。ハーピーの身体が跳ね、力が抜けていく。


「リーヨリーヨ。あなたの顔、平べったいどころか歪んで見えるわ。それに鶏ガラみたいに貧相ね。……あら、ハゲワシみたいな鳥だったわね」


 冷たく言い放つ声を最後に、魔物は動かなくなった。焚き火の爆ぜる音だけが、再び夜の森に戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ