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女神のギフトがコーヒーってどういうことですか  作者: きゅっぽん
コボルトの巣と最初の財宝
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第16話 コーヒーをどうぞ

 「もう、しつこいのよ!」


 その時、フィオは走っていた。三つのかがり火に照らされ、広間の様子はおおよそ見渡せる。椅子に座るコボルトの足元に、箱からこぼれた金貨や財宝を見つけると、迷わず駆け出した。コボルト達はシュウ達に向かっており、自分のようなちびっ子には構わないはずだと踏んだのだ。

 だが群れの脇をすり抜けた瞬間、三体がこちらに気づき、追ってきた。そのせいで金貨を拾う余裕がない。先ほどひと掬いで取った三枚を握りしめたまま、壁際へ追い込まれそうになるが、伸びてきた手をかわし、ときに身の丈ほどの壁を駆け上がって横へ抜ける。

 足の遅いコボルトに捕まるとは思えないが、なかなか宝物を拾えないのは困ったことだった。




 シュウとアヤナは六体のコボルトを相手にしていた。本来は五体を引き受けるつもりだったが、押し切れず二体をアヤナに回してしまう。せめて壁との間を詰め、これ以上アヤナに流れないよう踏みとどまる。

 深く刺せば隙が生まれる。シュウはピックフォークを爪のように小刻みに振って牽制し、浅く斬りつけるにとどめる。しかし致命打には至らず、傷を負ったコボルト達は怒りをあらわにして圧力を強めてくる。

 右を一瞥するが、バルドもロレンツィオも複数を抱え、救援は望めない。幸い、壁際の幅のため同時に四体以上はかかれない。それでも入れ替わり立ち替わり、仲間を踏み越える勢いで襲いかかってくる。


 打開策を探る余裕もなく応戦していると、「きゃっ」と悲鳴が上がった。気づけば、二歩ほど押し下げられた隙にコボルトが割り込み、二人は分断されている。

 しかも七体に増えていた。シュウの前に四体、残る三体がアヤナを囲む。彼女は壁を背に長柄の杖を構えるが、左右から小剣で斬られ、棍棒で打ち据えられていた。


「アヤナ!」「シュウ!」


 叫び返した刹那、シュウの右腿に浅い刃が走った。歯を食いしばる。彼女のもとへ辿り着かねばならない。右中央のコボルトに体当たりし、その勢いのまま左側へピックフォークを突き出す。

 穂先は一体の横腹を貫き、さらに運よく隣の腹にも届いた。シュウは武器を放し、右端の敵に背を向けてアヤナへ駆ける。壁際で揺れる彼女の身体が、回避によるものか、打撃の衝撃かは判然としない。

 取り囲む一体に体当たりし、壁へ押しつける。続けざま次へ向かおうとした瞬間、背後から殴打を受け、視界に火花が散った。倒れかけるが壁に手をつき踏みとどまる。振り向けば、先ほどの二体が武器を振り上げていた。


 壁に押さえつけた一体は拘束を解かれ、どちらを狙うか迷う様子だ。だが別の一体がアヤナの腕を掴み、動きを封じている。さらにもう一体が小剣を構え、彼女の背へ突き立てようとしていた。

 間に合わない。あの小剣だけは止めねばならない。手は届かず、投げるものもない。身体も思うように動かない。何か――。その時、シュウは己の力を思い出し、わずかな望みに賭けた。


 「……コーヒー召喚」


 「ブワッチャァアア~」


 小剣を構えたコボルトの頭上に、白い陶器のカップが現れ、そのまま落下した。頭部を直撃されたコボルトは派手に転がり、煮えたぎる黒い液体を浴びる。悲鳴を上げ、のたうつコボルト。周囲のコボルト達は一瞬、動きを止めた。

 なぜか三十年近く前に大学で学んだフランス語が、シュウの脳裏によみがえる。


 「アン カフェ、シル ヴ プレ」


 直後、背後に迫っていた二体の頭上にもカップが落ちた。


 「ブワッチャァアア~」「ジュワッッチィイ~」


 地面を転げ回るコボルトは三体に増える。なお、シュウは「コーヒーをどうぞ」のつもりで口にしたが、実際は「コーヒーをお願いします」というフレーズだった。

 その間に、アヤナを掴んでいた一体は、彼女のアイアンクローを受けて壁へ叩きつけられる。


「アヤナ、大丈夫?」


「ええ」答えつつ、アヤナは自分の身体を確かめる。


 シュウも彼女の足元から素早く視線を走らせた。ズボンはあちこちが裂け、破れている。小剣によるものだろうが、鋭く断たれたというより、枝に引っかけたような裂け方だった。

 かがり火の影で色は判然としないものの、覗く脚に出血や腫れは見えない。不自然なほど無傷だが、ひとまず問題はなさそうだ。シュウは周囲に目を向ける。

 バルドとロレンツィオの前にもまだ敵はいるが、決着は近い。床では、熱いコーヒーを浴びた三体が転げ回り、さらにピックフォークを刺された二体も息絶えきれずにもがいていた。


 シュウは背から杖を抜き、順に止めを刺して回った。




 コボルトの王は椅子に腰掛けたまま、侵入者と配下の動きを観察していた。斧の大男は見た目通りの強敵、剣を持つ細身の男も侮れない。一方、男女の二人はそこまでの手練れではないと見極める。まずはあの二人を落とし、次に剣士、最後に大男を包囲する――それが最善と判断した。

 大男と剣士を足止めする数だけ残し、残りを男女へ回すよう指示する。小人は脅威ではない。追うのは一体で十分だ。戦況は読み通りに進んだ。数体は倒されたが、男女は分断され、あと一歩で仕留められる。

 ところがその瞬間、男女を囲む配下が突如として頭を押さえ、苦しみ始めた。形勢が崩れる。男は女と短く言葉を交わすと、もがく配下を次々に始末していく。まずい。やり方は不明だが、あの男が他の二人と合流すれば、配下は一掃される。


 打つ手はないか。王は思案し、一策を思いつく。成功すれば侵入者を退け、財宝を守れる。だが失敗すれば、配下どころか自らの命も危うい。それでも、奪われるよりはましだ。


 「グラァ! バラグ=クァン、ズロク!」


 苦渋の命令を発する。指名されたコボルトは思わず王を見返すが、牙を剥き低く唸る再命令に背を打たれたように身を翻し、慌てて駆け出した。





 シュウは長杖を振り上げ、三体目に止めを刺そうとしていた。コボルト達は熱湯を浴びて悶え、抵抗する力はない。あとは仕留めるだけだ。

 その時、視界の端を影が走る。猛然と駆ける一体が彼らの脇を抜け、広間の入口から外へ消えた。不穏な気配を覚える。だが今この機を逃し、足元の敵に反撃を許す方が危うい。アヤナも余裕はなく、追撃は不可能だ。シュウは目の前の始末を優先した。


 数瞬後、戦いは決したかに見えた。バルドとロレンツィオの前から敵は消え、生き残りは王の足元へ退いている。その数、五体。二人は一度シュウ達を見やり、すぐ王へ視線を戻すと、間合いを詰め始めた。その時だった。


 「ギィイイヤァ~」


 広間の外から、明らかな悲鳴が響いた。コボルトの声だ。場の全員が入口へ目を向ける。闇の中から手が伸び、壁を掴む。やがて半身が現れた。血にまみれ、深い切り傷を負っている。

 次の瞬間、その体は背後へ引きずられるように闇へ消えた。静寂の中、ガリ、ゴリ、と低い咀嚼音が響く。誰もが息を詰め、入口を見つめる。やがて音が止み、暗闇から人型の何かが姿を現した。


 それはコボルトではない。背丈は人並みで、バルドほどの体格はない。痩せて手足が長く、まとった布はぼろ布同然で灰褐色の肌をさらしている。

 顔は人と獣の中間のようだった。ぎょろりと赤い目が動き、潰れた鼻が前を向き、大きな口から牙がのぞく。


 それを見た瞬間、バルドが踏み込み、大斧を薙いだ。細身の体を叩き折る一撃。だが相手は痩躯からは想像できぬ力で斧を上へ弾き、がら空きとなった腹へ蹴りを叩き込む。

 バルドは転がり、広間の中央へ押し戻された。


 「コイツ」


 続いて、ロレンツィオが一気に距離を詰めて、長剣を突き込む。怪物は素手でその剣を横に弾く。ロレンツィオは、一回転してさらに横薙ぎに振り抜く。しかし、敵はそれを上体だけを逸らしてかわした。さらに上体を起こしながら、ロレンツィオの肩へと長い爪の生えた手刀を突き刺す。

 ロレンツィオは肩を押させて後退し、そのまま膝をついた。


 「くそ、麻痺毒か。ソイツは人食いのグールだ。膂力にも爪の毒にも気を付けろ」


 ロレンツィオが警告するが、シュウはどう気を付ければいいんだと叫びたい気持ちになる。そして、怪物の赤い目がシュウを向いた。

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