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女神のギフトがコーヒーってどういうことですか  作者: きゅっぽん
コボルトの巣と最初の財宝
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第15話 いっぱい踊る

 「あれ、開けますか?」

 脇道の突き当たり、閂の掛かった扉を指してシュウが言う。だが一行は、あと三歩が踏み出せない。


 「何だか嫌な予感がするわ。開けちゃいけない気がするのよ」

 フィオが声を落とした。


 「部屋の外から閂を掛けるのは不自然だ。何かを閉じ込めているのか」

 ロレンツィオの低い声に、空気が重く沈む。


 短い沈黙のあと、シュウが無理に明るく言った。

 「コボルト達のおしおき部屋、とか?」


 フィオは扉に歩み寄り、隙間に耳を当てる。やがて戻り、首を振った。

 「たぶん、コボルトも、生きている物は何もいないわ。呼吸の音も、気配も全くしないのよ」


 ロレンツィオは腕を組んだまま扉を見据える。


 アヤナは唇に指を当て、少し考え込んでから口を開く。

 「私たちは、ここまで全ての分岐を確かめてきました。背後には、もうコボルトはいません」

 ひと呼吸置いて続ける。

 「私達が広い通路の奥のコボルトを通さなければ、ここを開ける者はいません。仮に中に何かがいるとしても、それが出てくることはないでしょう」


 「そうだな。それに」

 ロレンツィオがそこまで言って、一行を見回す。

 「そんな理屈を抜きに、ここは開けちゃいけないって感じているのだろう」


 彼と目が合うと、それぞれが頷き、あるいは渋い顔を見せた。一行は扉には手を付けず、来た道を引き返すのだった。




 くすくす笑い いっぱい踊る

 地面の下で 見ている誰か


 ずっと深くで 覗く赤い目


 引き返す途中、シュウの脳裏にフィオの歌がよぎった。続きを聞こうか――そう思ったところで、分岐に立つバルドの松明が見える。シュウは意識を現実へ戻した。


 合流後に奥の扉のことを伝えると、バルドは「そうか」とだけ答えた。開けなかった判断に異を唱える様子はなかった。




 通路の奥へと二十歩ほど進んだところで、先頭のバルドが低く言った。


 「明かりが……点いているな」


 通路は左へ緩やかに曲がり、その先から光が漏れている。慎重に進み、ほどなくしてバルドが足を止めた。


 「やはり、いやがったな」


 全員が彼の傍らまで寄り、奥を覗いた。数歩先で通路は広い空洞に通じていた。三つのかがり火が揺れ、空間をぼんやり照らす。だが光は闇を深くするばかりで、奥行きは掴めない。少なくとも十メートル以上はある。

 火の明かりの縁で、影が動く。目を凝らすが、シュウにはそれが何か見えなかった。


 「コボルト達、二十匹はいるわね」

 フィオがそう言うので、シュウは聞き返した。

 「見えるの?」

 「火を取り囲んでいるわよ。あと、奥の方に、高い椅子にふんぞり返ってる奴がいる」


 二人の会話にバルドが割り込む。

 「武器は何を持っている?」


 「えっと、槍に小剣、あとは棍棒ね。椅子の奴以外は、全員が何か持っているのよ」


 「すっかりお待ちかねか。なら堂々と行こうじゃないか」

 バルドは軽口を叩いて、大斧を握りしめる。


 「あの、ここから石でも投げて数を減らせませんか?」


 シュウの提案に、バルドは鼻を鳴らす。


 「この暗さで、そう当たるかよ。それに数は向こうが多い。石の投げ合いで勝てる気がしねえな」


 「ですよね」シュウはあっさりと引き下がった。




 「覚悟を決めろ。行くぞ」号令とともにバルドが踏み出す。

 フィオが続き、ロレンツィオも剣を抜いて前へ出た。シュウはアヤナと目を合わせて頷き、ピックフォークを構えて進む。

 広間に足を踏み入れると、コボルト達が前へ出て、かがり火に照らされた。十匹以上はいる。だが、高い椅子の姿は見えない。バルドが中央へ進み、右にロレンツィオ、左にシュウが並ぶ。視線を交わした瞬間、奥の闇から大声が響いた。

 「グルァク=ナ・バル! ザグ=ザグ・ドゥルマァ!!」


 それに応えるように、コボルト達が叫ぶ。

 「バルドァグ! バルドァグ! ザグ=ドゥルマァ!! ザグ! ザグ! ザグルァァ!!」


 コボルト達は膝を高く上げ、床を踏み鳴らし、武器を頭上に掲げた。背丈は子供ほどでも、数が揃えば圧がある。シュウは息を呑んだ。


 だが、バルドが吠え、大斧を振り上げる。

 「おお~っ! 吠えるだけか、チビども! 命がいらない奴は、前に出ろ!!」


 その声に、シュウの背筋が伸びた。叫びが止み、赤い服の四体が進み出る。間を取って並ぶと、左端の一体が声を張った。

 「グル=ザルド。オル=バル・ガル=ナァ。ズグ・クラァ=ドゥルマァ!」

 槍を振り、威嚇の舞を始める。他の三体も続いた。


 今のうちに仕掛けたらダメなのか。シュウがそう迷ったとき、背後から小声が落ちる。「またダンスバトル」振り向けば、アヤナが呆れたように首を振っている。やがてロレンツィオが一歩前へ出た。

 「我が名はロレンツィオ、クロワサン子爵の子である。ジルバータール王朝の秘密を汚す、卑しき化け物どもよ。我は歴史の番人としてその方らを断罪する」

 ロレンツィオは剣を振って名乗りを締めた。決めの一振りに、効果音でも付きそうだとシュウは思う。


 だが次は自分だ。バルドとロレンツィオ、そしてコボルト達の視線が集まる。額に汗が伝い、アヤナはそっと目を逸らした。

 「俺はシュウ、ただの風来坊さ。どこへ行くかは剣に聞け。アンタ達に恨みはないが、ここは押し通る!」

 言い放ち、ピックフォークを三度突き出す。胸の内の気恥ずかしさを押し殺し、周囲をうかがう。バルドは頷き、ロレンツィオも感心したように目を細める。コボルト達は身構えた。

 ただ一人、アヤナだけが顔を覆い、「昭和の時代劇かしら」と小さく呟く。シュウの目から光が消える。だが、戦いは待ってはくれない。


 「グル=ザルド! ブルガァ=ドゥ! バル=グロァ・ガル=ナァ! ザキル=ナァ、リグ=シャァ!

 ムル=シャァ、クラァ=シャグ! ハァス……ハァス・ザグ!」


 再び奥から怒号が響く。合図と同時に、コボルト達が一斉に踏み出した。ゆっくりと、だが確実に距離を詰めてくる。

 「いくぞ!」バルドが突進し、ロレンツィオは右に構えて剣先を低く向ける。左を押さえつつ、シュウは空間の広さを掴みきれないことに焦りを覚えた。

 「ちょ、ちょっと、フィオ。この部屋、どのくらい広いの?」


 「え、コボルト達のすぐ後ろが壁だよ。見えないの。あっ、奥の椅子の下、箱から金貨や宝物がこぼれてるよ!」

 言い切るや否や、フィオはシュウの横をすり抜け、コボルト達を迂回して奥へと回り込もうと走り出す。


 「ちょっと、フィオ!」

 アヤナの声も届かない。フィオの姿は、そのまま闇に消えた。




 同時に、バルドが正面へ踏み込み、大斧を横薙ぎに振るう。重い刃が数体をまとめて薙ぎ倒し、床へ叩き伏せた。怯んだ一団を前に、彼は不敵に笑う。

 右では、ロレンツィオの側面を狙うコボルトが回り込む。先頭の一体が逆手の小剣で突こうとした瞬間、長剣が閃いた。刃は胸を貫き、引き抜かれる。続く棍棒の振り下ろしも弾き返し、体勢を崩した相手へ即座に追撃を構える。広間は、瞬く間に怒号と殺気に満ちた。


 シュウの前にも三体が展開する。彼はピックフォークを突き出し、左右に払って間合いを保った。敵は射程の外で足を止める。踏み込もうとするたび、先端を向け、前進を阻んだ。

 だが、相手は小柄でも武装し、明確な敵意を向けている。経験も訓練も積んだが、刃を向けられる緊張には慣れない。傷を負わせれば、反撃は苛烈になる。そう思うと、踏み込めずにいた。


 膠着を保ち、後方を守ればバルドかロレンツィオが来てくれるだろう。そう思っていると、右端の一体が深く踏み込んできた。咄嗟に腕を浅く刺す。鈍い手応えが残る。だが同時に、左の一体が間合いを詰め、小剣を突き出した。

 間に合わない。受ける覚悟を固めた、その瞬間。背後から伸びた長柄の杖が、コボルトを押し返す。視線を向けると、さらに左にアヤナが立っていた。杖を構え、静かに告げる。

 「私も手伝いますから、ここは、何とか持ちこたえましょう」


 「ごめん。でも助かるよ」

 シュウは前を見据えたまま短く応じる。アヤナも視線を外さず、小さく頷いた。彼女は左端の一体に杖を突き出し、間合いを保つ。シュウは残る二体へピックフォークを振り、同時に牽制を続ける。その時、三体のさらに後方に、新たな影が三つ現れるのだった。

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